第3話 修行 ~剣と魔法と~

 薬草採取で訪れたエルネスの森で出会った老人、テューンは、レオネスを弟子に取り、剣の修行を付ける事となる。

 そして、テューンによる修行が始まった。


魔熊イビルベアとの攻防を見るに、体力はそれなりにあるみたいだな。反射神経や動体視力も悪くない。だが、それは冒険者としての話だ。剣士としては、まだまだ足りないものが多い」


 テューンの言う通り、レオネスは体力には自信がある方だった。

 野を駆ける牙獣ワイルドファング回収者レトリーバーとして荷物を背負って走り回り、多少は鍛えられていると自負している。

 そのつもりだった……。


「も、もう駄目だ……」


 レオネスは現在、疲労困憊こんぱいで地に伏している。

 息は絶え絶えで、全身の筋肉が悲鳴を上げ、動くこともままならない状態である。


「たかだか、一回崖を登った程度で情けない事を言う」


 テューンに小言を言われるが、レオネスには反論する体力は残っておらず、荒い息を吐くしかできなかった。

 レオネスは体力づくりのために、15メートルはあろうかという断崖絶壁を登っていたのだ。

 崖の中間地点で既にレオネスの体力は限界だった。

 しかし、落ちれば命が危うい距離まで登って来ていた。

 降りるのも、登るのも同じ、ならば、自分は登る。

 崖を登ることを選択し、レオネスは気力で崖を登り切った。

 そして、起き上がることも出来ないほどに、疲れ果てていたのであった。


「この崖を5分で登れるようになれ、そうすれば次の段階へ移る事が出来る。俺は先に帰るぞ。お前は家まで走って帰ってこい、10分以内にな。でなければ、晩飯は抜きだ」


 崖を登り切ったレオネスに対し、テューンはさらなる試練を与える。

 テューンの指導は厳しかった。

 レオネスもある程度の覚悟をしてテューンの弟子になったが、そんなささやかな覚悟など無意味な程にテューンは厳しかった。


「……そろそろ行かないと。この疲労で晩飯抜きは死んじまうよ」


 レオネスはフラフラと覚束おぼつかない足取りで師匠の家を目指す。

 制限時間は10分、その内の3分を休憩に使ったのだ。

 残りは7分。

 家から修行で使う崖は、軽く走って15分は掛かる距離にある。

 それをほぼ半分の時間である7分で帰る必要がある。

 しかし、この試練を超えなければ、一晩を空腹で耐えなければならない。

 疲れた体に鞭を打ち、ひたすらに家を目指してレオネスは全力疾走する。



「ギリギリだな、あと30秒遅ければ、晩飯は無かったぞ?」


 すでに帰宅していたテューンは意地の悪い笑みを浮かべながら夕食の準備をしていた。

 死に物狂いで帰ってきたレオネスは、家に入るや否や倒れ込んだ。

 今度こそ起き上がる事が出来ない。

 限界まで身体を酷使した。

 レオネスの体力への自信は、完全に粉砕されていた。


「明日は座学だ、ゆっくりと身体を休めると良い。明後日はまた崖登りだがな!」


 愉快に笑い声を上げながら、今後の予定を話すテューン。

 疲れ切ったレオネスは返事すらも返せなかった。



 そんな修行生活を続けて一カ月が経過した。


「ふむ、そろそろ体力作りは終わりでいいだろう」


 レオネスの崖登りのタイムは5分を切っていた。

 レオネスはこの一カ月で、自分の成長を感じていた。

 当初はテューンの厳しい指導に何度も心が折れそうになった。

 しかし、ここで諦めて、再び不要と言って切り捨てられるのは、修行で命を落とす事より恐ろしかった。

 ゆえに、レオネスは厳しい修行も投げ出さずに、ひたむきにこなしてきた。

 違いに気付いたのは一週間が経過した時だ。

 崖上りの後の家までの走り込みが、以前ほど苦ではなくなったのだ。

 テューンの指導は厳しい。

 しかし、その分、成長効果も大きかった。

 自身の成長を実感したレオネスは修行が徐々に楽しくなり、のめり込むようになっていった。

 そして、一カ月がたった現在、崖登りの目標である5分を切り、次の段階へと移ろうとしていた。


「これからは、いよいよ本格的に剣術、『アルハザード流』を教えて行く。」


「はい師匠!」


 アルハザード流。

 グレイン・アルハザードを開祖とする剣術流派であり、最大の特徴として、『魔法剣』を扱うという点がある。

 魔法剣とは、剣に魔法を付加、纏わせて繰り出す剣技と魔法の複合技である高等技術。

 魔法を扱うには先天的な才能が必要であり、その魔法を用いる魔法剣も誰にでも扱えるものではなかった。

 また、魔法と剣技の両方の知識が必要なため、習得難易度は非常に高い。

 しかし、魔力自体は誰にでも備わっているものである。

 そこに目を付けたグレイン・アルハザードは魔力を圧縮し、『闘気』として練ることで、剣に闘気を纏わせるという、魔法の才能に頼らない魔法剣を編み出したのだ。

 魔法の才能が必要ないとはいえ、魔力を闘気として練ることは難しく、習得難易度が非常に高い事に変わりはない。


 テューンによるアルハザード流の指導が始まった。


練気呼法れんきこほう、アルハザード流の初歩的な技だ。これをマスターできなければ、アルハザード流は使えない。これは魔力を闘気として練る特殊な呼吸法だ。寝るとき以外はこの呼吸法を意識しろ」


 アルハザード流の修行を開始して三カ月、レオネスは練気呼法れんきこほうをマスターし、さらに発展技である集魔闘法しゅうまとうほうも身に付けていた。

 集魔闘法しゅうまとうほうとは、アルハザード流の技の一つで、身体に魔力を流し、一時的に身体能力を強化する技である。

 攻撃力パワー防御力ガード速度スピードを上昇させるが、強化による身体への負荷で持久力スタミナが低下するという特徴がある。


「アルハザード流の基礎は出来るようになったな。さて、教えているうちの、もう一つの方はどうだ?」


剣魔法つるぎまほうですね、しっかり修練していますよ」


 剣魔法つるぎまほう、テューンが編み出した剣属性の特殊魔法である。

 剣魔法は魔力を刀剣や刃に変換し、攻撃する魔法であり、属性には縛られない、アルハザード流を基に作られた魔法である。

 剣魔法の特徴として詠唱が要らず、発動が速い。

 また、魔力由来の力を切り裂いて無効化する事が出来る。

 ゆえに、対魔法使いとの戦いでは無類の強さを誇る。

 しかし、剣魔法の習得には高度な魔力操作を必要とし、習得難易度が非常に高い。

 そのため、テューンは座学として、修行初期から時間をかけてレオネスに剣魔法を教えていた。

 その甲斐あり、レオネスは剣魔法の基礎を習得していた。


「剣魔法の基礎、魔刃剣フォースエッジ。魔力操作により、魔力を剣の形に形成する魔法。これを習得していないと、他の剣魔法は使えない、ですよね?」

 そう言い、レオネスは師匠に魔力で形成された青白い幽剣、魔刃剣フォースエッジを見せた。


「ああ、アルハザード流も剣魔法も基本は出来るようになったな。だが、どちらも覚える事はまだまだある」


「はい、精進します!」

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