第2話 師事 ~運命の出会い~

「とりあえず、こんなものかな」

 必要な量の薬草を取り終え、あとは町に帰るだけであったが、アクシデントが発生する。


「なっ! 魔熊イビルベア!? こんなところになんで!」


 魔熊イビルベア、角を持ち、熊に似た姿の魔物である。

 普段は森の奥に生息しているが、まれに餌を求めて、森の奥地から出てくることがある。

 レオネスは運悪く、餌を探して徘徊していた魔熊イビルベアに遭遇してしまったのだ。

 魔熊イビルベアは空腹であり、機嫌が悪く、レオネスを見るなり襲い掛かってきた。

 魔熊イビルベアの突進をレオネスは間一髪で避ける事に成功する。

 突進は空振りに終わるが、方向転換し、魔熊イビルベアはレオネスと対峙する。

 先に動いたのは魔熊イビルベアだった。

 剛腕を振り回し、斧の様な爪による攻撃を繰り出す。

 レオネスは身をかがめ、また身を反らし、魔熊イビルベアの爪撃をかわす。

 魔熊イビルベアの猛攻と、それをギリギリで避けるレオネス。

 一進一退の攻防は続き、決着はなかなか付かない。

 攻めているはずの魔熊イビルベアだが、その攻撃はレオネスに当たらず、次第に焦りと怒りを滲ませていく。

 爪撃、噛み付き、突進、頭突き、持ちうる武器、あらゆる手段を用いて眼前の獲物を倒さんと攻撃を仕掛けるが、獲物レオネスは未だに健在であった。


「こんなところで、やられてたまるか!」


 レオネスは魔熊イビルベアに向かって吠え立て、己を奮い立たせる。

 冒険者として、回収者レトリーバーとして、数多の冒険を行い、鍛えられたレオネスは、魔熊イビルベアを倒せないまでも、倒されない実力を持っていた。

 互いに決定打を持たず、戦いは膠着こうちゃく状態となる。

 睨み合いが続く中、先に動いたのはレオネスだった。

 レオネスは魔熊イビルベアに向かって薬草を入れた袋を投げつける。

 咄嗟に投げつけられた袋を払い落す魔熊イビルベア

 魔熊イビルベアはレオネスから視線を外し、袋を払い落とす、その一瞬の隙を突き、レオネスは魔熊イビルベアに正面から飛び掛かる。

 狙うは生物の急所である眼、採取用のナイフを魔熊イビルベアまなこに向かって突き立てる。

 魔熊イビルベアの右目に採取用のナイフが深々と突き刺さる。

 突然の痛みに暴れ出す魔熊イビルベア、その四肢を振り回し、痛みから逃れようともがく。

 ナイフを手放し、暴れる魔熊イビルベアから距離を取るべく、離れようとするレオネス。

 だが、荒ぶる魔熊イビルベアの腕がレオネスの腹部に直撃する。

 衝撃により吹き飛ばされたレオネスは木に背中から激突する。

 

「がはっ!」


 木に背面から叩き付けられた衝撃で、肺の中の空気をすべて放出し、また、魔熊イビルベアの腕が直撃した腹部の痛みでうずくまる。


「うぐぅ……」


 右の眼球を襲う痛みに怒りの炎を灯す魔熊イビルベアは、うずくまるレオネスを見つけ、好機と捉え、一気に畳み掛ける。

 痛みにうずくまり、満足に動く事が出来ないレオネス。

 確実に仕留めるべく魔熊イビルベアは近づき、そしてレオネスの首を落とさんと腕を振り上げる。

 もはやこれまで、そんな言葉がレオネスの脳裏をよぎる。

 振り下ろされる魔熊イビルベアの剛腕。


 だが、地面に転がったのは魔熊イビルベアの腕の方だった。

 一閃、目にも留まらぬ剣閃が魔熊イビルベアの剛腕を斬り落とした。


「ここらで助けてやるか」


 そう呟き、草陰から現れたのは老齢の男だった。

 老齢の男は、老齢とは思えぬ身のこなしで魔熊イビルベアとの距離を詰め、その手に持つ剣で魔熊イビルベアの胸部、その深奥にある心臓を刺し貫き、魔熊イビルベアを絶命させた。

 一瞬の出来事だった。


「今晩は熊鍋だな」


 老齢の男は息も切らさず、何事もなかったかのように剣に付着した血を払う。

 突然の出来事で、何が起きたのか理解できないレオネスだったが、自分はこの老齢の男に助けられた、それだけは理解できた。


「ありがとうございます、おかげで助かりました」


 レオネスは力を振り絞り、何とか立ち上がり、老齢の男に礼を言う。


「気にするな、俺が勝手にしたことだ」


 老齢の男はレオネスを観察する。


「お前、冒険者か?」


「まあ、そうです。この前まで回収者レトリーバーだったんですけど、リストラされちゃって……」


 老齢の男の質問に答えるレオネス。

 だが、老齢の男はレオネスの言葉に驚いた。


回収者レトリーバーだと? 非戦闘職で魔熊イビルベアの攻撃をさばき、片目を奪ったというのか」


 老齢の男はレオネスを見て考え込む。

 実は、老齢の男はレオネスと魔熊イビルベアの攻防を途中から見ていたのだ。

 森にたった独りで訪れた少年が魔熊イビルベアを相手にどのように立ち回るか興味があり、しばらく観察していたが、魔熊イビルベアの一撃により少年が窮地に陥ったことで姿を現したのだった。


「ふむ、磨けば光るかもしれんな。お前、剣術に興味は無いか?」


「剣術に興味はあります。冒険者として強くなりたいですから。でも、どうして?」


 老齢の男の問いの意図がわからないレオネス。


「俺がお前に剣術を教えてやる」


 老齢の男は答える。

 剣術を教えてやると。


「本当ですか!」


 レオネスは驚きを隠せなかった。

 目にも留まらぬ身のこなし、魔熊イビルベアの腕を切り裂き、胸部を刺し貫く剣さばき、そんな剣の達人が、仲間に必要ないと言われた自分に剣術を教えてくれるというのだ。


「俺はテューン、お前は?」


「レオネスです。レオネス・レオルクス」


「よし、レオネス。お前は今日から俺の弟子だ!」


 突然の弟子への勧誘、しかしレオネスは喜んだ。

 クランから追い出され、孤独だった自分に居場所が与えられたのだ。


「お前を一人前の剣士にしてやる、覚悟しておけ!」


「はい、師匠!」


 これが、レオネスと剣の師匠、テューンの出会いだった。

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