3.想いは遊園地に溢れて。

 カケルとアリアーシラをギックーはギアナに紹介する。

 美しい声で「お邪魔じゃありませんか?」とギアナにアリアーシラが聞いたとき、ギアナは少し驚いたような顔をしていたが、ギックーは、姫様の美貌に驚いたのだろうくらいにしか思わなかった。


 かくして、言ったらそんなに冴えてるほうではない男二人と、比較にならないくらい冴えわたる女性二人の道中が始まったのである。

 目的地は遊園地。ギアナの希望であった。

 目的地に向かう列車の中、このときばかりはカケルが、ギックーとギアナに悪い虫が邪魔をしないかと、その眼光は冴え渡っていた。

 やたら目付きの悪いカケルの傍で、ギックーとギアナは幸せそうに談笑する。会話の主立った部分が小説関係の内容だったが、ギックーもギアナも、ことあるごとにカケルやアリアーシラに関連付けて話を振って来た。しかしアリアーシラはその度に、ギックーとギアナへの質問で返し、二人の会話をお互いのことをより深く知るための会話に切り替えさせた。


 ギックーもギアナも、そうやって会話しながら、お互いの配慮出来る態度にも惹かれていく。


「私のような冴えない小男が現れて、がっかりしたでしょう?」


「私が好きになったのは、あなた自身です。外見は、そのあなたの部分でしかありません。それに、あなたが思っているより、私にとっては素敵な外見よ?」


 ギアナの言葉に、ギックーは頭が沸騰するのではないかと思うくらいに赤くなる。聞いていたアリアーシラも、頬を赤らめながら、カケルに寄り添う体重を少しだけ多めに乗せる。カケルもまた、赤い顔をしながら、アリアーシラのぬくもりを受け止めた。


          ○


 くるくる回る、メリーゴーランド。こんなものに乗って何が楽しいんだとギックーは思っていたが、ギアナと二人で乗るメリーゴーランドは、彼にとって途轍もなく楽しかった。

 白馬に乗るギックー、馬車に乗るギアナ。気持ちはまるで姫の騎士だ。


 コーヒーカップがくるくる回る。ゆったりと。ただカップが回っているだけなのに、流れる背景の前に座るギアナを見るギックーは、楽しくて、幸せだった。


 ジェットコースターはあまり得意ではなかったが、隣ではしゃぐギアナの手前、ギックーは引きつる笑顔を必死に自然に見せようと努力する。



 楽しかった。


 なにもかにも楽しかった。


 ギックー自身の人生の中でも、これほど楽しい日は無いに違いないと思った。今までは何処かバカにしていた遊園地が、きらきらに輝いてギックーのことを包んだ。


 幸せだ。


 心からギックーは感じたという。


 観覧車の中、隣り合わせで座るギックーとギアナ。

 今までは、顔すら見えなかった。声すら聞けなかった。通信機器を使えば簡単なことだったが、二人は今日という日まで、それを取っておいたのだ。だから二人を繋ぐものは言葉だけだった。だが言葉は、巧みにギックーとギアナのお互いのことを表現し、二人の気持ちを結びつけた。


 今は近くにある、先ほどまで身長差で遠かった距離よりも、大分近くになったギアナの呼吸を、ギックーは感じた。


 ドキドキした。


 良い大人なのに、少年のようにドキドキ出来るものだと、ギックーは思った。そしてその鼓動は、ギアナの手が彼の手に触れたことで、より一層、喉から飛び出さんばかりに大きく波打った。


「ギックー」

 彼女は彼の名を呼んだ。


「私はあなたが好きです」


 その言葉にギックーは、業務用の巨大なハンマーで殴られたかのような衝撃を感じた。しかし、嫌な気分じゃない。

 頭がくらくらして視界があやふやになる。

 何とか平静を装い、ギックーは答えた。


「私も、あなたが好きです」


 見つめ合う二人。ギアナの瞳に映る自分をギックーは見たような気がした。そしてギアナの瞳に映る自分の瞳に映るギアナを感じた。映り合う瞳と瞳は無限に続いてるような気がして、ギックーはその無限の中に放り込まれてしまったような錯覚に陥る。だが、そこは幸福に満たされていて、心地よかった。

 ほんの一瞬だったが、数時間にも感じるギックーのトリップは、ギアナの瞳が閉じられたことで終わりを告げる。

 現実に戻ったギックーは、その行動の意味を理解した。

 緊張でがちがちになりながら、ギックーはギアナに顔を近づける。息が嫌なかかり方をしないか、気を使った。


 ゆっくりと、柔らかく、ギックーの唇はギアナの唇に触れた。


          ○


 自分たちの観覧車の前を行くギックーたちの観覧車を、まじまじと凝視するカケルとアリアーシラ。ここから中は見えなかったが、中から漏れ出る良い雰囲気を直感的に二人は感じ取る。

 椅子の上で後ろ向きに正座して、外を見るカケルを見ながら、アリアーシラはふと思う。


 ギックーたちが良い感じになっているであろうこの状況、もしかしなくても、私たちにとっても良い状況ではありませんか!?


 目をきらきら輝かせて、アリアーシラはカケルを見つめる。両手を胸の前あたりに組んで、可愛く、アリアーシラは見つめる。


「カケル君」


 呼ばれてカケルは、アリアーシラのほうを見た。潤んだ瞳をまんまるにして、彼を見つめるアリアーシラ。その瞳がそっと閉じられたことに、いくら恋愛バカのカケルでも、状況を理解出来そうだったそのときだった。


 ピビップー、ピビップー。


 素晴らしいタイミングで鳴り出す、カケルとアリアーシラのブレスレット。みるみる不機嫌になるアリアーシラに気付きもせず、カケルはブレスレットを開く。アリアーシラも相当な不機嫌顔で、ブレスレットを開いた。


「私だ、神宮路だ」


 ブレスレットのモニターの中で、先ずカケルを、次いでアリアーシラの映像を確認したであろう神宮路の顔がおののく。


 また、悪いタイミングで登場してしまったか。


 モニターに映る神宮路の表情は語る。


 カケル君はともかく、アリアーシラ君の表情が抜群に悪い。これは以前、二人がいい感じのときに邪魔した状況と同じ対応だ。


 しくじったなあ、と思いながらも神宮路は、「どうしましたか?」と積極的に聞いてくるカケルに、真顔になって答えた。


「大変な事態だ。月軌道上の外に、ミノ・タルタロスの軍勢が集結している」

「何ですって!?」

「ほぼ、全軍と思われるほどの規模だ。今のところアポイントメントの降下は確認されていないが、緊急の事態がある可能性に、気持ちは備えていて欲しい」

「分かりました」


 もし、アポイントメントが落ちて来たら、ギックーさんもこんなことをしていられなくなってしまうだろう。今日だけは、邪魔しないであげて欲しい。と、拳を握りしめながらカケルは思う。

 そこでふと、カケルは、アリアーシラのほうを見た。

 いろんな感情が混ざり合った彼女の威圧感は、主に怒りと思われるその感情によって、髪の毛はうねり逆立つかの錯覚を感じさせる。


 思わずカケルは、「うわっ」と小さく悲鳴を上げてのけ反った。


          ○


 ゴーカートでデッドヒートを繰り広げるカケルとギックーを見ながら、アリアーシラとギアナは二人に手を振る。

 振る手を止めて、アリアーシラはふと、ギアナに言った。


「失礼を承知で申します。ギックーのことは、お戯れではありませんね?『ギアナ王女』様」


 アリアーシラの言葉に、ギアナはあまり表情を変えることなく、しかし彼女のほうを見た。それから一度瞳を閉じ、再び開くと、今度はギックーの姿を視線で追いながら言った。


「私の気持ちは本物です。ご心配なさらずに、『アリアーシラ姫』様」


 ギアナの気持ちを聞いて、アリアーシラは安堵の息を漏らす。


「安心しました。失礼なことを聞いて申し訳ありません。ですが、あのギックーというものは、非常に素直で優しい男なのです」


「存じております。そこに私は、惹かれましたから」


 アリアーシラとギアナは顔を見合わせて、微笑む。微笑んでからアリアーシラは、真剣な顔になって言った。


「わたくしは、兄の愚行を止められませんでした」


 その表情と言葉に込められたものを、ギアナは察した。


「ミノ・タルタロスの実権を握っているのは私の双子の弟、『クロッド・ス・ペンサーロール』です。彼のやり方を私は、快く思っていません」

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