2.出逢いは文字の中。

 緊張に耐え切れず、ギックーは脚で酷い貧乏揺すりをしていた。


「新たな敵、ミノ・タルタロスとの戦争中だというのに、私は全く何をやっているのだ」


 緊張は極度に達し、ギックーは全身をぷるぷる震わせる。テーブルのコーヒーカップが、カタカタと音を立てて鳴った。


「ギックー、落ち着いてください!」


 姫、という立場のアリアーシラの一言は、今だギックーに取っては絶対なものの一つであった。ピタリと、貧乏揺すりが収まる。

 喫茶店の円く白いテーブルの前に座るギックー。向かいにはカケルとアリアーシラの姿があった。「ふう」と落ち着かぬ様子で息を吐くギックーに、カケルは言った。


「取りあえず、今日はミノ・タルタロスのことは忘れましょう。で、その彼女とはどうやって知り合ったんですか?」


 少々鼻息の荒いカケルの横から、アリアーシラも大きく身を乗り出す。


「私も、私も興味津々です」


「出逢いは――」ギックーはコーヒーを一口、口に含んでから続けた。「恥ずかしながら出逢いは、宇宙でも有名な小説投稿サイトでした」


「小説投稿サイト!?」カケルは驚く。


「文才があったのですね」アリアーシラはこくこくと頷く。


「そんな、文才というほどのものではないのですが、以前から細々とやっておりました」


 カケルはやや興奮気味にタブレットケースをカシャカシャ振ると、ラムネを取り出した。「「私も」」と、アリアーシラとギックーは手を出した。


「何系を書くんですか?」カケルはラムネを口に入れながら聞いた。

「ミステリーをね。なかなか上手には書けないけれど」

「後で読ませて貰いましょう」


 アリアーシラの提案に、カケルはこくりと頷く。


「話が逸れましたね。で、どうやって出逢ったんですか?」

「私はね、割と書くだけではなくて投稿されている小説も読むほうでね。いろんな人の投稿作品を読むんだ。自分の作品の参考になることや、勉強になることも多いからね。色々と読んでいるうちに、ある日ふと、気になることが起きた」


 ギックーの話に、カケルとアリアーシラは「ふんふん」と相槌を打つ。


「読んだ作品を、気に入ったりまた読みたいと思ったら『フォロー』というブックマーク的なことをするんだけど、私が読む小説に、ことごとく同じ人物がフォローしていることに気が付いたんだ。その人のペンネームはミスG。奇しくも私のペンネーム、ミスターGと似ていた」


 そこでギックーは水を飲んだ。カケルとアリアーシラは、好奇心の塊となってギックーの話の続きを待っている。


「いつもなら同じ作品をフォローしているものがいることぐらい、気にも留めなかった。同じ趣味の人がいるんだな、くらいに。だが、私とそのミスGの被りは凄まじかった。ストーカーでもされているのかと思うくらいに!」


「気になるね」

「気になりますね」


「そう、気になったのです!あまりの被り具合に、流石に私は気になった。気になった私は、そのミスGの投稿しているページを開いた!」


 ごくりと、唾を飲み込むカケルとアリアーシラ。


「そこにあったのは、彼女が投稿していた小説のタイトル。そのタイトルを見ただけで、私は急速に彼女に惹かれていったのです。先ず、タイトルが良かった!」


「「おおーっ」」と、カケルとアリアーシラは感嘆する。


「私は貪るように、彼女の作品を読んだ。時間を忘れ、黙々と、それはもう、黙々と。良かった。非常に良かった。私が読みたいと思うものすべてが、その作品にはあった。いつの間にか私は、彼女の作品にたくさんの感想を書き込んでいた。そして我を忘れて彼女の作品を読んでいた私がふと気が付いたとき、彼女もまた、偶然同時に私の作品にたくさんの感想を寄せてくれていたのだ。私たちは意気投合した。それからどうにかこうにかして個人で連絡を取り合うようになり——」


 ギックーは感慨深い表情で目を閉じると、コーヒーカップを口に当て一口飲んだ。


「そして今日、知り合って半年目にして、ついに直接逢うことになったのです」


 ギックーの言葉に、カケルとアリアーシラは「おおー」と喜んだ。


「なるほど」カケルは聞いた。「それで、俺たちに協力して貰いたいことっていうのは?」

「それはね」急にギックーの表情が赤くなり、挙動が不審になる。「私たちと、ダブルデートしては貰えないかと思ってね」

「良いですよ」と即答するカケル。そんな彼を、「待ってください」とアリアーシラが制した。


「ギックー、あなたの不安がる気持ちは分かります。ですが、よろしいのですか?相手の方に、失礼には当たりませんか?」

「その点なら問題ありません。もう既に、相手の方にはダブルデートだと伝えてありますから」


 ギックーにそう言われて、アリアーシラはまだ不服そうだったが、「そういうことでしたら」と折れた。


          ○

 待ち合わせの場所に到着した三人は、周りを見渡す。見渡しながら、カケルは聞いた。


「そのミスGって人、服装以外には特徴分からないんですか?」


「うん」ギックーは答える。「白いワンピースを着て、花の髪飾りを着けていること以外は何も」


「そうですよね」アリアーシラはきょろきょろする。「あんまり外見の特徴を聞くのは、それはそれで失礼ですよね」


「そんなもんかあ」とカケルは呑気に言う。「俺だったら自分の画像のやり取りくらいしそうだけど」


「カケル君」アリアーシラの表情が怖い。「私というものがありながら、別の人との出逢いのシミュレーションですか?」


 アリアーシラに頬をつねられながら、「そんなんじゃない」とカケルは目を逸らす。すっかりアリアーシラの脅かしに対する恐怖が身についてしまった彼は、基本、怒り気味以上のアリアーシラとは、視線を合わせたくないのだ。哀れな処世術である。


 だが、逸らした視線の先に収穫があった。また、アリアーシラの無駄な怒りを逸らす材料もそこにあった。


「あれ」

「何ですか?」


 カケルが指さす先をアリアーシラは見る。そこには、白いワンピースで髪に花の飾りを着けた女性が佇む。


「あの人かな」

「あの人でしょうか」


 女性のほうを見てからカケルとアリアーシラは、難しい表情で顔を見合わせる。


 そういった女性が、駄目だという訳ではない。人には好みがあり、その好みは多種多様に渡る。ただ、その女性はひときわ大柄で、体型は丸く、おかっぱに眼鏡で、なかなか個性的だった。ある意味、可愛いとも言える。


 だが問題は、ギックーがその女性をどう思うかである。


 カケルとアリアーシラは言葉に詰まった。

 そんな二人の視線にギックーは反応する。

 カケルとアリアーシラの考えなど、彼の前には懸念に過ぎなかった。その女性を見つけたときの、ギックーの輝かんばかりの笑顔といったらもう!


 男ギックー地球年齢38歳。額の後退が気になる小男の彼にとって、外見の問題など些細である。それ以上に、例えどんな外見の相手が登場しようと許容してしまえるほどに、彼のミスGへの思いは本物であった。

 ふらふらと、だがきらきらとした輝きを感じさせながら、ギックーは女性のほうへと向かう。カケルとアリアーシラは、ただただ見守るばかりであった。少し、感動を感じながら。


 しかしこの、女性に向かうギックーを、予期せぬ不幸が襲う。


「お待たせ」「ううん」との会話をしながら、なんとその女性は他の男性とその場から立ち去ってしまったのだ。


 何とも言えない焦燥感に、立ち尽くすギックー。


 何か強烈に可哀想なものを感じて、ギックーの背中を見るカケルの背中を叩いて、アリアーシラが言った。


「カケル君! 見てください!」


 言われてカケルは、大柄な女性が立っていた場所のほんの先を、アリアーシラが指さす先をみる。

 大柄な女性が立ち去った奥に立っている、白いワンピースに花の髪飾りの女性。


 それは、聖女だった。



 身長は高く、モデルのようにスラッとしている。特徴的なのはその胸。花音と来花で豊かな胸には慣れ始めていたカケルから見ても、大きい。年の頃は二十代半ばといったところか。長い黒髪は清潔感に溢れ、整った顔からこぼれる笑みは、ある種の高貴さすら漂っていた。

 震えながらギックーは、その女性に声をかけた。


「ミスG——ですか?」


 女性の表情が、一段明るくなった。


「ミスターG——ですか?」


 女性の問いに、ギックーの表情は一段と輝いた。


「はい。ミスターGです」

「あなたが——。私が、ミスGです」


 見つめ合うギックーとミスGの間に、周りとは明らかに違う時間が流れる。ゆっくりとした沈黙。それは二人にとって、けして嫌なものではなかった。むしろギックーにとっては、心地よい、穏やかな空間であった。


「はじめまして。ミスターGこと、ギックーです」

「はじめまして。ミスGこと『ギアナ』です」



 目をまんまるにして、ギアナのことを見ながら、「すごい美人だ」と呟くカケル。アリアーシラは複雑な表情で、自分の豊かとはいえない胸を見る。それから軽く咳払いすると、カケルの耳を引っ張った。


「いてて」と引っ張られた耳のほうに傾くカケルに、「視線が失礼ですよ」とアリアーシラは咎める。カケルの態度に若干、不機嫌になりながらアリアーシラは、ギアナのスカートからときどき見え隠れする、尻尾のようなものを見つけて目が止まる。


 あれは——。


 その尻尾につけられた、赤や緑の宝石で装飾された金色のリングに、彼女は見覚えがあった。

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