5.樫太郎、動く。

「なるほど。君たちの話が本当ならば、このアポイントメント戦争を回避することが出来るかもしれない」


 ラインマシン司令部に集まったカケルたちラインマシンパイロットとマジョーノイ、そしてタコ三人衆。マダッコーたちから詳しい事情を聴いた神宮路は、彼らの言葉や態度から、その話が嘘や偽りではないことを感じた。


「分かった。私からこの星の首脳部には話を通すとしよう。だが、形式として、国連地球防衛軍の長たるディアドルフ大統領と、そちらのパレオテトラ陛下との会談はセッティング出来るかな?」


 神宮路の問いに、マダッコーは中折れ帽を抱きしめながら、感極まったように答えた。


「絶対に、絶対に何とかします! 何があっても陛下に、会談を行って貰います」

「ではその席で、正式なアポイントメント戦争の終結を宣言して貰うことになるが?」


「はい」マダッコーは一度目を閉じ、開いてから遠い目をした。「パレオテトラ様も、本当はアポイントメント戦争を良くは思ってないんです。地球側が水族館の建設に協力してくれるとなれば、もうこんなまどろっこしいやり方は必要ないはずです」

「そうか、ではそちら側の準備は、君に任せよう」


 握手を求める神宮路の手を、マダッコーはタコの足で握る。それを見てイーイが、「うわーい」と喜んだ。



 アリアーシラと鈴に、ずっとちょっかいを出しているミーズ。二人はそれに対して、嫌がっているとか、迷惑そうだとか、そんな雰囲気をビリビリに出している。


 それは分かっている。


 分かっているが、何だか気分が悪いなと、カケルは思う。


「聞いたか?」


 樫太郎に話しかけられたが、「何が?」とカケルは少し荒っぽい返答をしてしまう。


「あいつら、あのタコチューとお茶したんだってよ」


 樫太郎の言葉にカケルは、自分の額の血管が、ぴくりぴくりと蠢くのが分かった。

 イラッとした。嫌な気分になった。怒りのような物が、心を満たすのを感じた。何だか俺は心が狭いなと思いつつ、それでもなお、あのへらへらとした奴を野放しにしておくのは大変不愉快だと思った。


 思ってふと、樫太郎を見た。


 そこには、明らかに顔を真っ赤に染めて腕を組み、鼻息も荒く——分かりやすく怒り心頭している樫太郎の姿があった。

 まるで発射前の蒸気機関車のような樫太郎に、カケルは驚く。


 何? どしたの樫太郎?なんでそんなに怒ってるの? あ、アリアーシラのことで俺に気を使って怒っているのかな? それともあれか、幼なじみとして、お鈴の保護者的立場から怒ってるのかな?


 戸惑うカケルを置いて、樫太郎はずかずかとミーズに近づく。


「その辺にしときな」


 鈴とミーズの間に割って入る樫太郎。突然の彼の行動に鈴は驚きつつも、ガスコンロの火のように、ぼんと赤くなる。

 カケルも遅ればせながら、アリアーシラとミーズの間に割って入る。もちろん、アリアーシラは喜んだ。

 鈴を庇うようにして立つ樫太郎。


「嫌がっているじゃねえか、止めろよ」


 その樫太郎の行動に、言葉に、鈴の心臓は早鐘のように鳴った。血圧が上がり顔が上気し、瞳にハートの形が——宿ったのはミーズだった。


「素敵だ!」


 べったりと、樫太郎に抱き着くミーズ。状況を見ていた周りがぽかんとする中、ミーズは樫太郎の頬に手(?)を当て、うっとりと見上げる。


「その物怖じしないきっぱりとした物言い。良く見ればこの眼鏡も、なんて色っぽいんだ」


 擦り寄ってくるミーズに、樫太郎の顔は赤みをどんどん失い、最早青くなっていた。



「始まった」

 ポツリと言うマダッコー。


「あいつ、男も女も見境ないんですよ」


          ○


「というわけで、地球の人たちは、大変協力的なんですよ」


 マダッコーは玉座に座るパレオテトラの前で、興奮気味に今日の出来事を語っていた。マダッコーの報告を、時折入るイーイの楽しそうな身振り手振りの話を、微笑みながらパレオテトラは聞いていた。


「良くやった、マダッコー。そしてイーイ、ミーズ。あなた方の活躍で、我らの水族館建設の悲願は、ようやく達成されることでしょう」


 パレオテトラにそう言われて、マダッコーは喜び、きゅっきゅと頭を掻いた。


「それで——陛下、アポイントメント戦争のことなんですが——」

「任せるがよい。会見でもなんでも開いてやろう。戦争は終わりだ。我々に必要なのは戦いではなく、水族館の建設だ。忙しくなるぞ、マダッコー?」


 強い意志を感じさせるパレオテトラの瞳が、慈愛を満ちてマダッコーを見下ろす。いよいよ照れてぐにゃぐにゃになるマダッコーを、しかし、陰から憎らしげに見つめる瞳があった。


「おのれマダッコー、余計なことをやりおって。このままで済むと思うなよ」


 ギンサッハはそう呟くと、偉そうな表情で「くっく」と笑った。


          ○


 翌日。ディアドルフ大統領とパレオテトラの会談は、宇宙中に中継された。大統領はカイゴン星の水族館建設に協力することを約束し、パレオテトラもまた、地球に対する侵略の撤退を約束した。

 両者の会談は和やかなムードで行われた。そしてこの会談を見た他の惑星が、カイゴン星の水族館建設に協力を申し出たのは後日談である。

 良いことづくめの会談となった。大統領が中年の親父の、いかにもエロい視線でパレオテトラをみた映像が、宇宙中に放送されたこと以外は。


 これで戦争が一つ終わる。そう、誰もが思ったときだった。



「アポイントメント、着弾角度で降下! 個数は1! 枝の数から、20個相当のアポイントメントです!」


 落下していくアポイントメントを追うように、最大長70メートルもの巨大ロボがそれに続く。イカを、脚を揃えて真っ直ぐに伸ばしたような機影は、ギョ・カイゴンが誇る最強機動兵器『ゲソリオン』であった。



「バカな! 一体誰がゲソリオンを!」


 顔面蒼白になりながら、映像を確認するパレオテトラ。彼女に、大統領は語尾を荒らげて言った。


「一体どうなっているのですか!? 和平は、偽りということなのですか!?」


 狼狽えるパレオテトラに、イソギンチャク型のお付きの者が耳打ちする。


「何だと!? ギンサッハが!」


 再びモニターを確認するパレオテトラ。大統領が、再び聞いた。


「何か問題が発生したのですな?」

「はい。私の部下が、単独で、アポイントメントの射出とゲソリオンの起動を行ったようです。こんなときにこんなことを言って、信じてもらえないかもしれませんが、私たちの和平の意志は本当です! この戦争を終わらせ、故郷に水族館を建設したい!」


 大統領はじっと、パレオテトラの目を見る。彼を大統領にまで押し上げた勘が、それは偽りではないと告げた。大統領はパレオテトラの目を見、それから流れで、彼女の水着のような召し物からこぼれんばかりの胸をちらと確認した。


「信じましょう。あなたの言っている言葉を」


 そっと大統領は、パレオテトラの肩に手を置いた。そこで彼は、目じりの端で走り出そうとしている神宮路を見た。


「何処へ行く気だ、神宮路!」


 大統領の声に、神宮路は背中を向けたまま、顔半分だけ後ろに向けて答える。


「ラインフォートレスへ。——問題が発生しているのでしょう?ならば、それを解決するのが我々の力だ!」

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