3.巨大ロボ乗りはエリートだ。

 カケルはガリッと奥歯でラムネを噛んだ。それは、いつもカケルが考えごとや悩みごとをするときの癖だ。

 今、カケルは葛藤していた。いや、葛藤するという、ステージにすら立てていない。その悔しさがなお一層、カケルが奥歯に込める力を強くした。

 首を振り、あきらめたように樫太郎が呟く。


「これは、無理だな」


 遠い目をしていたカケルが、その目を閉じる。


「越えられないハードルも、この世にはあるってことか」


 イーイが二人の肩に手を乗せ首を振る。


「僕たちが今見ているのは、壁の一つに過ぎないんだなあ」


 三人の前に立ちはだかるショーケースの中に鎮座する、ロボットアニメの玩具。子供たちが、いや一部の大人たちが喜ぶ、『手提げつき』の大きな箱。『スーパープラネットソーダー』の玩具名が書かれたその箱の前には、15万円もの値札が置いてあった。

 深いため息を、三人は腹の底から吐き出した。

 プラネットソーダーはカケルたちの憧れだった。遠い宇宙からやって来た、機械生命体のプラネットソーダー。彼は総司令官として同じ機械生命体たちを指揮し、悪の機械生命体からこの地球を守るのだ。その終盤、数話しか出てこないパワーアップ形態スーパープラネットソーダーが彼らの前にある。プラネットソーダーとスーパーレオンが合体するその大箱玩具は、登場回数の少なさもあり、また、個別の分箱での販売もあったためか流通数が少ない。


 彼らは拝むように、その箱を眺めた。


 カケルは小さくため息を吐き、気持ちを切り替えるように言った。


「今日は、見れただけでも良かったと思おう」

「そうだな、プラネットソーダーの当時品てだけでもな。それにしてもまさか、日本のアニメが宇宙でも人気だとはな」


 樫太郎に言われて、イーイはにっこりと笑う。


「うん、地球のアニメは宇宙でも大人気だよ。もちろん、このプラネットソーダーも人気だし、僕は大好きだなあ」


 先ほどのカケルとイーイの衝突事故の際、イーイの帽子についていたプラネットソーダーの部隊マークピンバッジを見つけたカケル。同じロボットアニメオタクであるカケルと樫太郎がイーイと打ち解けるには、さほど時間は必要ではなかった。


「それにしても」残念そうにイーイは言う。「完品、美品、箱痛み以外の特記事項、特になし。あーあ、もっとおこずかい持ってくるんだったなあ」


 その発言に、カケルと樫太郎は「もしかして買えんのかい!」と突っ込みたいところだったが、飲み込んだ。


「樫太郎さん、もしかしてこの方、大変なお金持ちなんじゃござんせん?」

「カケルさん、あたしたちも、潜在財産だけは大したものなんですけどね」


 二人の会話を聞きながら、イーイはぴょこっと両手を上げてニッコリ笑う。


「うん、僕お金持ちだよ! だって、巨大ロボのパイロットだからねえ!」



「パイロットだからさ」ミーズは格好つける。



「パイロットなんですよ」マダッコーはもりもり焼き鳥を食う。



「「ええっ!?」」と、あちこちで声が上がった。


          ○


 カケルの前に置かれたパンケーキに、チョコソースでハートマークが描かれる。描いてくれているメイドさんの絶妙な距離感。あまり近すぎず、かといってときめきを感じないほどの遠さもなく。ほんのり、お菓子のような甘い香りが鼻を誘う、そんな距離。


 カケルはメイド喫茶なるものは初めてであった。今までは、可愛いなと思うことはあっても、極度に何か感じるものがあった訳でもなく。それがカケルにとってのメイド服であった。だが今、至近距離にて見る彼女たちに、カケルの頬は赤く染まり、鼻の下は見事に伸びた。


 アリアーシラに怒られるだろうか?


 罪悪感。それを感じてしまったらもう、メイドさんにほだされ始めている証拠である。

 カケルはそれを払拭するように、ふるふると首を左右に振った。

 いかんいかんぞ、こんなことでは。でもメイドさんて、可愛いんだなあ。

 再び、ぼんやりとメイドさんを眺めるカケル。そんなカケルに、メイドさんは振り返る。


「どうぞ、ご主人様、召し上がれ」


 にっこり笑うメイドさんに、デレデレの表情になるカケル。


 ——良いなあ。


 カケルの中に、新しい嗜好が生まれ始める。だがその状況を、イーイの声が打開した。


「一度来てみたかったんだあ、メイド喫茶!」


 そう言って大喜びでナイフとフォークを使い、上手に筒状の口にパンケーキを運ぶイーイ。その光景に、カケルは現実に引き戻された。


「おい!」


 ニヤニヤしながらメイドさんに手を振っている樫太郎を肘で小突く。


「あ?」

「さっき確かに、パイロットって言ってたよな?」


 カケルに言われて樫太郎も真顔になり、カケルの方に向き直る。


「言ってた」

「だよな。まさか、ギョ・カイゴンのパイロットなんて言わないよな?」

「聞いてみるか?」

「うん」


 イーイは器用にナイフとフォークを使い、パンケーキを切り分け、生クリームとソース、そしてアイスクリームを乗せる。彼はそれを筒状の口の中に入れると、おいしさにぷるぷると震えた。その姿になんとも愛らしいものを感じながら、樫太郎は聞いた。


「あのさ、イーイ?」

「ん?」

「君、どこの星の人?」

「カイゴン星だよ」


 カケルと樫太郎は顔を見合わせ、やっぱり!という表情をした。カケルが続けて聞く。


「もしかして、ギョ・カイゴンなのかな?」


「そう! 巨大ロボ、ヒトゥッテン乗りのエリートなんだなあ」


          ○


 条件反射とは言え、両サイドから蹴りつけてしまったお詫びに、アリアーシラと鈴は一杯だけミーズに、お茶につき合うことにした。

 他のテーブルから少し距離の空いたテラス席に三人はいた。何も知らずにエスプレッソを頼んだミーズが、その味の濃さに驚いているのを隠そうとしている様を見ながら、こそこそと鈴はアリアーシラに聞く。


「この人、パイロットだって言ってたけど?」

「はい。外見からして、カイゴン星人です」

「ってことは不味くない? 私たち、『相手』のパイロットを攻撃しちゃったの?」

「大丈夫じゃないですか。正当防衛ですよ。全然、気にしてないみたいですし」


 意外と雑な物言いをするな、と鈴は思う。まあ実際、私の向かいで帽子の鍔を気にしているタコ的な者は、蹴りが効いたんだかどうだか分かんない弾力をしていた。あと、ちょっと嬉しそうだった気もする。

 それにしても、気になるのはあの言葉だ。


「ミーズさんは、パイロットなんですか?」


 鈴の質問にミーズは「ふっ」と笑うと、帽子の鍔を撫でて格好つけた。


「ああ、そうさ。僕はパイロット。しかも巨大ロボ、ヒトゥッテンのエリートパイロットなのさ」


          ○


「あなた、カイゴン星の方ですね?」


 マジョーノイはその疑問を、隠すことなくマダッコーに告げた。


「はい」マダッコーは答える。「これでも一応、巨大ロボ、ヒトゥッテンのパイロットなんでさあ。しかも部隊を率いる隊長でして。聞こえは良いが、苦労の絶えない中間管理職なんですよ」


 ――中間管理職!


 その言葉に、伝は反応する。特に意味は無かったが、人馴れした鳩が、バサバサと伝の左肩にとまり「くるっぽー」と鳴いた。


 中間管理職。その言葉の指す範囲は広い。職種、企業の規模、会社の体制、それらによって厳密に中間管理職とされる範囲はまちまちだが、主に上位の立場の管理職がいる管理職を表す言葉だ。円満に、円滑にいっている職場ならば問題はないが、そうでない場合、例えば上司からは仕事を押しつけられ、部下はあまり働きが良くない、などの状況に陥ると最悪の立場である。

 伝は何か心に当たるものを感じ、目を細めた。

 鳩が、伝の肩を「ぽっぽー」とついばむ。


「分かります」


 そう言った伝の目を、マダッコーが見つめる。

 伝にとっては過去、マダッコーにとっては現在進行形の問題であったが、二人の間には妙な共感が生まれた。それを感じ取り、自分もまた全くの他人事ではないマジョーノイは、瞳に潤むものを感じる。


「俺の場合は——」マダッコーは視線を下げ、遠い目をしながら言う。「部下たちは、個性的で自由で、でも憎めない奴らというか。仕事はあんまり出来る奴らじゃないんだが、可愛い奴らで。だが、それを放任しちまうと、ひどく嫌味な上司が一々突っかかって来て——」


「大変だ」


 伝が言ったのはただの一言だったが、マダッコーは彼に『理解された』と感じた。再び顔を上げると、じっと伝を見つめる。


「俺の名はマダッコー。ギョ・カイゴンのパイロットだ」

「僕の名は伝。ゴオライガーのパイロットだ」

「ゴオライガー!?」


 その単語に、マダッコーは目を見開いた。そして、今しがた強い共感を得た人物が、敵のパイロットである事実に、葛藤し悶えた。彼の戦士の誇りが、二度の敗北を味わされた相手にいきり立った。だがそれ以上に伝の態度が、心から共感してくれているという事実が、彼を冷静にさせた。

 真剣な表情で伝を見つめるマダッコー。

 伝の肩から鳩が、ばささっと飛び立った。


「ならばゴオライガーのパイロット。お前に——お前に頼みたいことがある」

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