2.遭遇。
「うん。やっぱり服のお買い物は男ども無しに限るわあ」
そう言って鈴は、お店の軒先に並べられた服を手に取り、自分の胸に当ててくるりと回る。心底嬉しそうに、瞳を閉じ笑みを浮かべる鈴を見て、アリアーシラもまた嬉しそうに微笑む。
「たまにはこういうのも良いですね」
「全く、年がら年中あのポンコツバカオタクコンビを見てるじゃない?目が劣化すると思うの。それに比べてこの、見た目は文句なしのあんたと二人でお買い物。日頃溜まった目の毒が、浄化されていく気がする。綺麗な服、美味しいスイーツ。限られた女の子の時間を有意義に使えてる気がするの——」
その発言には、賛成しきれない部分もありますがと、アリアーシラは困ったように笑う。
でも確かに、お鈴ちゃんと二人というのも、楽しいです。
そう思うアリアーシラの胸元に、鈴はワンピースを当てる。
「どうこれ? 良いんじゃない?」
「えっ?これはちょっと、大胆過ぎませんか?」
鈴は人差し指を左右に振って、「いやいや」と答える。
「アリアーシラが普段からバラ撒いてるのは、清楚。聞こえは良いけど、清楚なのよ。貴女に必要な次のステップは、色気。ちょっとイメージから外れたくらいの色気が必要なのよ、これからは」
言われてアリアーシラは、「なるほど」と真剣な顔つきに変わる。なるほど色気、確かに私に欠けているものかもしれません!
露出多めのワンピースをまじまじ見つめるアリアーシラ。その背後から、不意に見知らぬ声が聞こえた。
「そうやって悩んでいる顔も素敵だよ、ベイビー?」
あまりにも無視したくなる声色と言葉の内容に、アリアーシラと鈴は完全に無視を決め込む。
「お鈴ちゃん、色はどうなんでしょう?」
「そおーね、あなた色が白いから、黒できっぱりコントラストを強調するのはどうかしら?」
一向にこちらを向かない二人に、見知らぬ声の主は口を尖らせた。
いや、元から筒状に突き出している。
「こっちを向いておくれよベイビーさんたち」
声の感じはクールだが、言葉が気持ち悪い。思わず、目の端で発言者を確認してしまうアリアーシラと鈴。
蛸。
青いシルクハットと青いスーツを着こなしてはいるが、紛れもない黒いタコがそこに立っていた。
「やあ、僕の名はミーズ。やっと気付いてくれたねベイビー」
ミーズは二人の目の動きを、変わった雰囲気を見逃さず、自己紹介をして来る。
「お鈴ちゃん」
アリアーシラは小声で鈴を呼び、ミーズに背中を向ける。鈴もそれに倣った。
「お知り合いですか?」
アリアーシラから発せられた言葉に、鈴は「はあ!?」と声を荒らげる。
「あんたの立場差し置いて、私が知り合いな訳ないでしょ!」
「でも、私も知らない人です」
「知らない人かどうかの問題じゃなくてね——」と、鈴がアリアーシラに強めの口調で言ったときだった。
にゅう、とミーズの手が二人の肩に伸びる。
「こっちを向いて、その笑顔を見せてくれよ」
そう言って、二人の肩に触れたのが良くなかった。
「触るんじゃないわよ!」
「触らないでください!」
振り返りざま、右からは鈴の右ハイキックが、左からはアリアーシラの左ハイキックが、ミーズの顔面を挟み込んだ。
○
わたくしはまた、伝に試されているのでしょうか?
ねぎま。
正しくは葱とマグロの組み合わせだというが、今、マジョーノイが手にしている物も広くそう呼ばれている。鶏肉、葱、それぞれが交互に並び、ぴかぴかの茶色いタレがかかったその串をマジョーノイはじっと見つめた。
ぽっぽー。
公園という場所には付き物の、鳩が地面をついばむ。
マジョーノイは知っていた。この串に刺さった先ほどから食欲を誘いまくる匂いを放つ焼き鳥と言われるものが、鶏の肉だということを。今、目の前にいる円らな瞳のやたら首を前後する鳥とはまた別のものであるということを。
そんなマジョーノイの葛藤を知ってか知らぬか、伝は美味そうにねぎまにかぶりつく。
「やっぱり焼き鳥は焼きたてだね。うまい」
仕方ないことなのだ。公園に焼き鳥の屋台が出ていたことも、この公園にハトさんがいることも、焼きたての焼き鳥を食べたい(食べさせたい)伝の気持ちも。
だが、わたくしのこの葛藤を、このままにしていてはいけない。今までとは違うのだ。
そう、わたくしたちは夫婦なのだから!
話し合わねば、話し合って、夫婦の関係を円満に取り持っていかなければ。
思いながらマジョーノイは、無意識のうちにねぎまを口に運ぶ。美味しそうな匂いに、最早彼女の右手は限界であった。
——美味しい。
表面は香ばしく、中はふわっと、それでいて肉の繊維がさきさきと心地よく口の中に当たる。絡んだタレとのコラボレーションに、マジョーノイはうっとりした。ほんのり甘く、程良いしょっぱさのタレは、肉の旨味を引き立たせる。
葱、そして葱。しっかりと火の通った葱は甘く、表面の軽い焦げ目はほんの少しだけ苦く。同じタレを使っているお蔭で絶妙な肉との一体感を見せつつも、肉に対しての食感、味のアクセントにもなっている。
ああ。美味しい。
願わくば、この閉じた目を開いたとき、ハトさんと目が合いませんように。
そう思って目を開いたマジョーノイが見たものは、鳩ではなく蛸であった。
——タコ!?
伝と行った水族館で見たものとも、タコ焼き屋の看板に描かれていたものとも違っていたが、マジョーノイはそれが蛸だと認識した。
中折れ帽にチョッキとワイシャツ姿の蛸、マダッコーは、まじまじと焼き鳥を見つめていた。
あまりにも強い視線に、マジョーノイは思わず声をかけた。
「どうか、なさいましたか?」
「すんません!」マダッコーは慌てて視線を外す。「あんまり、美味そうだったから」
マジョーノイは、答えるマダッコーを見てから、一度伝と視線を合わせ、再びマダッコーを見る。
「地球の方ではありませんね?」
見れば分かることだったが、改めて聞いた。マダッコーは帽子を脱いで答える。
「はい。仲間と一緒に調査――観光に来ていたんですが、別行動をとることになって。それでこの近くを歩いていたら、あんまりにも美味そうな匂いがしたもんだから、つい」
「そうですか」伝はにっこりと笑う。「どうです? 良かったら一緒に食べませんか?」
「ええっ! 良いんですかい!?」
「どうぞ、どうぞ。僕たち二人分にしては買い過ぎたな、と思っていたところです」
伝の申し出を理解し、マダッコーの座る場所を作るべくベンチから立ち上がりかけるマジョーノイ。伝はそれを察して、彼女を座らせたまま、自分が立上がる。
申し訳なさそうにマダッコーはベンチに座ると、焼き鳥を1本手に取った。
「素晴らしいなあ、地球の方はなんて優しいんだ。本当に、良い星だなあ」
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