6.大雪山お◯しぃっ!

 ヒトゥッテンのコックピットの中、黒いタコ型カイゴン星人マダッコーは武者震いしていた。全身をプルプルと震わせて、怯えているようにも見えるが、彼が武者震いと言うのだから、武者震いなのだろう。いや先ず、タコに武者震いがあるのかどうかというところから始めるべきなのかもしれないが、彼は異星人であり、タコではないので、ここはとりあえず彼の意見を尊重するべきであろう。


「隊長、ぷるぷるしてゼリーみたい」


 採取作業をしているヒトゥッテンから、

『イーイ』がマダッコーにのんびりした口調で言う。イーイはマダッコーよりも、気持ちぽってりした体格のタコに見える。


「うるさい! 今俺は猛ってるんだ。ゴオライガーめ、前回は地上での戦いだから遅れをとったが、今回はそうは行かんぞ!」


「威勢の良いことで。期待してますよ、隊長」


 また別のヒトゥッテンから、『ミーズ』が言う。彼は二人より細身な感じのタコで、声の感じも若干クールだ。

 鼻息も荒く、マダッコーが声を上げた。


「行くぞ! ゴオライガーに目にもの見せてやる!」



「戦闘開始、10秒前」

 海中だというのに、アポイントメントの声はしっかりと響く。

「5、4、3、2、1、戦闘開始」



 合図とほぼ同時に、グランラインの砲塔から光弾が発せられる。だが光弾は、砲塔の角度から攻撃方向を読んでいた、マダッコーとミーズの乗るヒトゥッテンが展開したバリアに遮られる。


「ぐふふう。きかんぞう」


 コクピットの中で操縦桿を握りながらマダッコーが笑う。


「やれやれ、やはりイーイを一番先に狙うか」


 こちらもコックピットで、前髪をかき上げるような仕草でミーズが言う。もちろん、前髪など無く、つるつるだ。


「隊長——」イーイが申し訳なさそうな声を出す。「守ってもらってすんません」

「気にするな。それよりお前は資源の回収に集中しろ」

「はぁーい」

「良い返事だ。行くぞミーズ、今度はこっちの番だ!」


 マダッコーとミーズは自身の乗るヒトゥッテンと、それぞれが遠隔操作する1機づつのヒトゥッテンを、時計回りに回転させる。巨大な円盤ノコギリと化した4機のヒトゥッテンは、海中を恐るべきスピードでゴオラインとグランラインに襲いかかった。



 速い!


 カケルはゴオラインのゴオブレードで、かろうじてヒトゥッテンを受け流す。だが、その衝撃は、コックピットのカケルまで、ビリビリと伝わった。不安を感じながら、カケルはグランラインのほうを見る。そこではグランラインが、ヒトゥッテンのすり抜けざまの体当たりに直撃していた。


「伝さん!」

「大丈夫だ!」


 持ち前の防御力でしのぎはしたが、グランラインの機動力では、ヒトゥッテンの体当たりを躱すのは至難の業だ。

 ならば——。

 伝は突撃してくるヒトゥッテンを正面に据えると、新造のアームを大きく広げた。


「新しいグランラインの力! なめるなよ!」


 突進してきたミーズのヒトゥッテンを、正面でガッチリ受け止めるグランライン。回転は次第に弱まり、止まり、ついにはミシミシと機体は悲鳴を上げ始めた。


「ミーズ!」

 ミーズのコックピットにマダッコーの声が響く。


「フッ。俺もヤキがまわったな」

 ミーズが格好つけながら呟いた。そのときだった。


「!?」


 ミーズのヒトゥッテンが、先ほどまでとは違う方向に、横にぐるぐると回り始める。突然のことと、コックピットが逆回転に対応していない方向の回転に、ミーズは「おおおお!」と声を上げ回転した。


「大雪山お○しぃっ!」


 伝の声が響き、グランラインは凄まじい回転を掴んでいたヒトゥッテンにかける。ヒトゥッテンは先ほどまでと違う方向からの回転に激しく機体を振り回され、ぶるんぐるん回されてから放り投げられ海上へと上昇して行く。途中、ミーズが遠隔操作していたヒトゥッテンが豪快に弾き飛ばされた。

 驚いたのは、伝である。

 ポカンと口を開いたまま、モニターと操縦桿を交互に見る。

 何が起きた?今口走った単語は一体?


「伝さん」


 カケルから通信が入る。


「ゲッター○ボが好きだとは思わなかったよ」

「ゲッター○ボ?」


 伝はどこかで聞いたことがある、くらいの単語を復唱した。


「今、伝さんが使った技は、ゲッター○ボが使うダイナミックな投げ技だよ」


 まだ呆然としたまま、伝はぼんやり操縦桿を見る。

 さっきの座席のことと言い、まさか本当に、グランラインが勝手に動いているのか?

 いや——。

 そんなことはないなと、伝は頭を掻いた。



 海上上空にぽつんと浮かぶクウライン。本当に周りに何もない。ぽつん。


 海は広いですねー。


 ぼんやり海を眺めるアリアーシラ。すると突然、海が割れ、えらい勢いでヒトゥッテンがこちらへと飛んでくる。


「うわぁ! 何ですか!?」


 条件反射でアリアーシラはレバーを引いた。


「えい!」


 クウラインの腕が、容赦なくヒトゥッテンを叩き落とす。再びすごい勢いで、海中へと突き刺さるヒトゥッテン。


「驚きました。油断禁物ですね」



 海に戻されたミーズのヒトゥッテンが、海水をかき分けながらイーイのヒトゥッテンへと高速に迫る。そしてそれは、のんきに「お魚さん~」と呟いていたイーイのヒトゥッテンに直撃した。

 壊れる採取箱。散らばる海藻。逃げていくお魚さんたち。

「ああああーっ!」と、悲鳴を上げるマダッコー。


「大丈夫かイーイ! ミーズ! おのれせっかく集めた海産物を! 許せん! かくなる上は戦闘上等! オクトパスモードに変形合体だ!」


          ○


「ちっ! こいつら、ちょこまかと!」


 ツインラインのコックピットで、舌打ちして悪態をつく樫太郎。その横に座る鈴が、軽く樫太郎の頭をひっぱたいた。


「うるさい。あんたが悪態ついたって状況は好転しないんだから。それにしても厄介ね」


 鈴がモニターを確認すると、そこでは、日本のエナジウムフレーム・旋風が、やはりヒトゥッテンの速度に苦戦している。ツインライン、旋風、共に装甲へのダメージ等は微々たるものだったが、攻勢に出るきっかけが掴めない。


 良くない状況ね。


 鈴は思う。このままズルズルと時間を稼がれたら、相手に防衛されてしまう。


 何か、打開策を——。


 鈴がモニターを再び確認したとき、ちょうどそのタイミングでモニターの端にゼオレーテの顔が表示され、鈴は「うわっ」と声を上げた。


「善戦しているかね? 地球の諸君」


 鈴の反応などお構いなしにゼオレーテは得意げな顔で言う。


「本来、あまり増援というのは美しくないのだが、ご容赦願おう。同盟たる地球の諸君!これが我らゼールズの力だ!」


 水泡を纏いながら落下してくる3機の双円錐の物体。横向きになったタイラードに、ヒレとスクリューをつけたその物体は、水中を高速で推進し始める。その速さは、ヒトゥッテンに引けを取らないものだった。


「いかがかな? 水中特化型タイラード! これで戦況は覆る!」


 同じ光景は、世界4ヶ所で確認された。ゴオライガーの所だけは、ゼオレーテの「いらんだろ」の一言で増援されなかったのである。


「やるわよ! 樫太郎!」

「おう!」


 鈴の声に樫太郎が答える。二人は同時に、

「「先ずあの不法採取野郎を叩く!」」と叫ぶと、ツインラインをアポイントメント近くで採取に専念しているヒトゥッテンへと向かわせた。


          ○


 マダッコーのヒトゥッテンとイーイのヒトゥッテンが前後に合体し、変形し、球体を作る。その下にミーズのヒトゥッテンと残りの2機が細長い脚に展開し、球体とさらに合体した。


「完成! オクトパスモード!」


 最大長50メートルはあろうかという、巨大タコの完成である。

 その姿を見たカケルは、アリアーシラと伝に叫んだ。


「ならば! こちらも合体だ!」

「はい!」

「おう!」


 カケルが、アリアーシラが、伝が、そしてラインフォートレスの艦橋で神宮路が、それぞれの前にある『G』のマークのボタンを押す。とたん、3機のラインマシンから膨大なエネルギーが溢れた。

 グランラインがゴオライガーの腰から下を、クウラインが胸から上に変形し、最後に腹部に変形したゴオラインを挟み込むように合体する。頭部が露出し、胸に『G』のマークが輝く。


「輝け雷光、轟け雷鳴、蒼き地球を守るため。雷神合体ゴオライガー、正義の光をその身に纏い、猛き雷ここに見参!」


「出たなゴオライガー! これでも食らえ!」


 先に動いたのは巨大タコであった。長い脚を振りかぶり、ゴオライガーへと叩きつける。脚はゴオライガーを支点にぐるぐると巻きつき、最後にぴちんとゴオライガーの顔をはたいた。


「鞭的なもので圧殺! 縛り潰されてしまえ!」


 ギュウギュウと、それはもうギュウギュウと、ゴオライガーに巻きついた脚は締めつけて来た。


「バラバラに砕けてしまえ! ——って、え?」


 良い調子になっていたマダッコーは、そこでふと気がつく。明らかに、ゴオライガーの反応が薄すぎる。


「あれ?何だか効いていないような? え? ——ミーズ! 圧力足りんぞ! 何やってんの!」


「愚かな——」ぽつりと、カケルが言う。

「ゴオライガーにこの程度の圧が効くものか!」


 ゴオライガーの目が光を放つ。腕を交差させ、ググッと力を籠め、解き放つゴオライガー。とたん、巻きついていた脚はバラバラに吹き飛んだ。


「いとも簡単に! ならばこれでどうだ!」


 マダッコーは巨大タコの脚を回転させ、ゴオライガーへと迫る。ヒトゥッテンの回転攻撃よりも格段に強力な斬撃が、ゴオライガーを襲う。


 ガンガンガンガンガンガン!


 だが脚は、ゴオライガーに触れることなく、その手前に展開されたバリアにことごとく止められた。ゴオライガーの前に、全ての脚をビーンと真っ直ぐに伸ばした間抜けなタコが出来上がる。

 ゴオライガーはスッと、バリアで巨大タコを押すと、その手を上に翳した。


「轟雷剣!」


 カケルが、轟雷剣を呼ぶ。ゴオライガーの頭上、衛星軌道上に設置された新造のウェポン・ラックから轟雷剣が飛来し、ゴオライガーの翳した手に収まる。

 その光景に、マダッコーたちは何かを悟った。


「隊長、何だかやばい気がしますよ」呟くイーイ。


「バカ野郎! 弱気になってどうする!」吠えるマダッコー。


「フッ。散り際は潔く」格好つけるミーズ。


 三者三様の体を見せるが、そのときはやってくる。


「「雷光! 轟雷覇斬!」」


 カケル、アリアーシラ、伝の三人の声と共に、ゴオライガーはまさに光速の輝きと化す。光は一瞬でアポイントメントに達し、真っ二つに斬り裂いた。


「一刀両断!」


 すり抜け様、全ての脚を短く斬り揃えられてしまった巨大タコの脚とアポイントメントが爆散する。マダッコーたちは「覚えてろよー」の捨て台詞と共に空へと帰っていく。

 光り輝く剣は、海の青とゴオライガーの姿を映すのだった。


          ○


「タコが食べたい」


 ラインフォートレスの艦橋で、カケルが呟いた言葉が飛び火する。


「確かに」


 伝は顎をさすりながら言った。


「そうですね」


 アリアーシラは髪を撫でながら言った。


「タコしゃぶ、タコわさ、ショウガ醤油でコリッと」


 もう、一杯やってる想像の来花。


「今日は皆でタコ料理と洒落込もうか。どうだね、花音君も?」


 神宮路の提案に、花音は「よろしいですね」と答える。


「どうなってんだ?」


 首を傾げる樫太郎。


「大方、向こうはタコでも出たんでしょ」


 鈴の言葉に、樫太郎はなるほどと頷いた。


          ○


 偉そうな魚の前に、マダッコーたち及び、イソギンチャクやらカニやらの姿をした兵士たちが跪いていた。


「失態だな、マダッコー」


 偉そうな態度の魚『ギンサッハ』は頭ごなしにマダッコーへそう言い放つ。


「15ものアポイントメントを使用し、成果はゼロ。しかも、ことごとく海産物の採取を阻止されてしまうとは」

「はっ。申し開きもございません」


 頭を下げるマダッコーの背中を、イーイが擦る。


「しょうがないですよ隊長、あのゴオライガーとやらが、強すぎるんですってば」


 マダッコーを慰めるイーイを、ギンサッハが大きな目で睨みつける。イーイはこれほどは無いってくらい、平たくなった。


「まあ、良いではないか」


 口を開いたのは、玉座に座る人魚『パレオテトラ』であった。


「アポイントメント戦争は始まったばかり。成果は、これから見せてくれるのであろう? 期待しているぞ、マダッコー」


 パレオテトラに言われて、マダッコーはニヤリと笑う。


「ご期待を、陛下。パワフルにしてサイコー、スーパーウルトラグレートデラックス、ステキで美しい作戦をご覧に入れましょう」

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