4.カイゼル髭、まるで蝶のように。
その後、披露宴は大きな問題もなく、プログラムに沿って進められた。相変わらす伝はがっちがちで、終始、顔が強張っていた。対してマジョーノイは三度に渡るお色直しもそつなくこなし、羨望の眼差しを浴びつつも自然な立ち振る舞いで皆を魅了した。
披露宴の後、伝とマジョーノイは新婚旅行へと旅立った。場所は、地方の温泉である。もっと豪華なところを、と伝は思ったそうだが、マジョーノイの希望で温泉となったらしい。そしてまた、披露宴上がりの他の者たちも、温泉にいた。
「くれぐれも伝君とマジョーノイ君の邪魔はしないように。もし出会っても他人の空似で押し通してしまうように。それでは、かんぱーい!」
ひとっ風呂浴びて浴衣姿の神宮路が、飲み物片手に挨拶する。ここは、伝とマジョーノイが今夜泊まる旅館とは別の旅館。だが、同じ温泉街に立地する旅館の広間であった。アポイントメント戦争中である現在、ラインマシンの搭乗者同士が大きく距離を開けてしまうのを防ぎつつ、プリムルムの申し出で話をする場を設けて欲しいとのことから、この状況となった。
カケル、アリアーシラ、樫太郎、鈴、神宮路、花音、来花、ゼオレーテ、ギックー、リゴッシ、さらにはディアドルフ大統領と間宮総理までが、なかなか気の利いた造りのこの広間に集まっていた。
「集まって貰ったのは外でもない」浴衣姿に教鞭を持ったプリムルムが、教鞭で手を叩きながら言う。「君たち地球の新たなる敵、『侵略兵団ギョ・カイゴン』に関することだ」
仲居さんたちが、皆のお膳に肉を並べていく。察しの良い者には、お膳に乗せられた出汁の入った小さな一人用の鍋というヒントもあって、それがしゃぶしゃぶだと認識された。皆の注意が散漫になる中、プリムルムは続ける。
「カイゴン星を母星に持つ奴ら侵略兵団ギョ・カイゴンの目的は、地球の侵略だけではない。奴らのもう一つの目的は、地球の資源、『海産物』だ!」
「海産物だと!?」
総理にビールを注がれ、注ぎ返しながら大統領は聞き返した。
「そうだ、海産物だ。前回、初戦は様子見であったのか陸上での戦闘だった。だが、おそらく次以降の戦場は海だ!」
「噂には聞いたことがある」とゼオレーテが続ける。「戦闘の最中に機体などに付着した資源を、不当に持ち帰ろうとする輩がいると」
「その通り!」ビシッと教鞭を、プリムルムはゼオレーテに突き付ける。それからぐびっと、ビールを一口飲んだ。年齢上は問題ない行為だか、見た目は幼い少女なので、見るものを無駄に不安にさせた。
「宇宙法上の抜け道、アポイントメント戦争による戦闘で機体に付着した資源は、原則持ち帰りを禁じない。これを悪用しているのだ!」
来花にお酌されたビールを、ぐいっと飲んでギックーがプリムルムに続く。
「確かに、戦闘中に付着した土埃やらを完全に落として退却することなど不可能。それを緩和するための法を悪用している訳か」
「うむ。奴ら、それを利用してやりたい放題だ」
プリムルムが教鞭で空間をタップすると、何もないところに映像が出た。その映像には、ギョ・カイゴンの主力兵器ヒトゥッテンの外装に付けられた籠のような物に、もりもりの海産物が入っている画像であった。それは地球ではないどこかの星の海と海産物であったが、そうであることは容易に分かった。
「悪辣だな」カケルが呟く。
「そうなのだ、流石分かっているなカケル」
カケルに対して露骨に媚びるポーズと投げキッスをするプリムルム。アリアーシラの目がつり上がった。アリアーシラの視線を無視するようにプリムルムは続けた。
「今回のアポイントメント戦争では、このことに注意して戦って貰いたい。可能ならば、毎回、カイゴン人たちの採取を阻止して貰いたい!そしてもう一つ」
プリムルムはコップのビールを飲み干す。
「奴らが採取した海産物をどう利用しているのか、その調査の協力もお願いしたい」
「調査?」聞き返す神宮路に、プリムルムは答えた。
「実は奴らが不当採取した海産物の行方が分からんのだ。大方ブラックマーケットで密売しているのだろうが。積極的にとは言わない。だが、手掛かりになりそうなことがあったら、ぜひ捜査の協力をお願いしたい」
「うむ」神宮路は言った。「パイロットに危険が及ぶのは避けたいが、可能な範囲で協力しよう」
そう言って神宮路はカケルたちラインマシンのパイロットを見る。その視線に平行に、四人を見た花音が言った。
「皆様は少々血の気が多いようですから、あまり首を突っ込みすぎないように注意して下さい」
言われてカケルたち四人は「はあーい」とにこやかに返事した。
○
アルコールが入って大騒ぎな大人たちと、アルコールが入ってなくても大騒ぎな樫太郎、ツッコミ役の鈴を残し、カケルとアリアーシラは夜の温泉街を二人歩いていた。温泉街というと、早々と店が閉まってしまうイメージがあるが、この温泉街は別で、それなりに夜も良い時間だというのに、にぎわっていた。
「綺麗ですね——」
アリアーシラの視線の先には、みやげ屋や射的場の明かりがきらめく。人通りも多く、温泉街を縦に流れる川にかけられた幾つもの橋には提灯の明かりが灯り、まるできらびやかな夜祭のようだ。
「そうだね、とても綺麗だ。樫太郎とお鈴も、来ればよかったのに」
答えるカケルにアリアーシラは、樫太郎君とお鈴ちゃんには申し訳ありませんが、お蔭でカケル君と良い感じで二人きりです。と、微笑みながら思う。
ですが——。
アリアーシラは首を振った。ですが、と彼女は思う。せっかくの良い雰囲気だというのに、なかなか上手く行きません。
先ほどからアリアーシラは、失敗していた。何度となく。この場で彼女なりに二人の距離を詰めるべく、繰り出された掌。カケルの手と繋がるべく繰り出されたその掌は、無残にも幾度となく空を切る。
ここです! とアリアーシラが手を出せば、カケルは絶妙なタイミングで腕組みしてみたり、カメラを手にして風景を撮ったり、提灯を指差してみたり。いつものことながらこの人は、とアリアーシラが痺れを切らし、縄か手錠でもつけてくれましょうか?と思ったときだった。
「アリアーシラ、そこに立ってみて」
優しい声で微笑みで、カケルがアリアーシラを促す。言われるがままに、カケルの指示する場所に立つアリアーシラ。
「良いね、すごく良い!」
出会ったときからいつもカケルが持っているフィルムカメラが、自分の方を向いている。少し恥ずかしいけど、アリアーシラはこの時間が好きだった。この時間の最中は、カケルが自分のことを集中して見てくれている、そんな気がするから。
「ごめんね、暗いから、時間がかかるよ。良いって言うまで、じっとしていてね」
「はい——」
カケルのカメラはフィルムカメラだ。今どきのカメラと違い、暗いところでは撮影に時間がかかることがある。カケルはシャッターを2回切ったが、いつもより時間がかかった。その分アリアーシラは、幸せな気持ちに長く浸った。
続けてカケルは、スマホでも一枚写真を撮った。その一枚を確認し満足そうな表情を浮かべるカケルの後頭部に、何者かがチョップをくらわす。ぽこん。
「おっ?」
何事かと首だけで振り返ったカケルの目が、伝の目と合った。
「ななななな!?」
カケルは変装用の眼鏡を取り出し、装着しながらアリアーシラの傍へと寄る。事態を把握したアリアーシラがカイゼル髭をつけようとしている。カケルは彼女に、それはない、と首を左右に振った。
伝はため息交じりに言った。
「まあ、こうなるとは思っていたけどね」
「どどどどなたですか!?知らない人ですよ!?」
なおも抵抗を試みるアリアーシラのカイゼル髭を、カケルがひったくった。
「ああっ」
まるで蝶でも追うように、カケルの持つカイゼル髭を追うアリアーシラ。
「姫様——」伝の隣でマジョーノイがくすっと笑った。
「あまり、お気になさらずに」
「伝さん、これはそのう——」目を合わせられないカケル。
「気にしなくて良い」伝は答えた。「君たちの修学旅行とは逆のパターンという訳だ」
「はい、そんなところです」
「まあ、仕方ないね、僕たちはラインマシンのパイロットなんだから」
言って伝はマジョーノイのほうを見る。彼女は何も言わずにっこりと笑った。
「で、他のみんなは?」
「地獄です」カケルはきっぱり答えた。
「あのメンツが泥酔したら、きっと宴会場は地獄です」
状況を想像してアリアーシラとマジョーノイが、嫌そうな表情で顔を見合わせる。
「なるほどね」伝は首を小さく左右に振った。「しらふで行ったら間違いなく地獄だろうね」
こくり、とカケルは頷いた。
「そういうことなら、こっちはこっちで楽しもう」
そう言って伝は射的場を指さした。
○
「まさか、そんな、僕はグランラインのパイロットをやっていく自信がなくなったよ」
射的の結果、優劣をつけるならば、可愛いウサギのぬいぐるみを撃墜したアリアーシラの勝利であった。まさか、取られる日が来るとは。射的場のお姉さんの表情がそう語っている。ほぼ、取らせるつもりがない『見世物』の景品。だが、そのわずかな隙を、針の糸を通すようなバランスの妙を、アリアーシラの目は見逃さなかったのである。
「伝、あなたは良くやりました」
マジョーノイが伝の肩を抱く。
「あなたの取ってくれたフルーツのキャラメル、私は好きよ?それと——」
マジョーノイはウサギのぬいぐるみを嬉しそうに抱くアリアーシラを見る。
「あの方と比較しちゃダメ。あれは、ゼールズの中でも、とびきりの規格外よ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます