3.ロケットパンチです。

 ―てけてんてんてんてんてん。


 ベタな音楽とともに、新郎新婦席の横にあるステージの両端から姿を現すカケルと樫太郎。


「どおもーっ!」

「ピーチです」カケルが言う。

「パーチです」樫太郎が言う。

「二人合わせて『ロケットパンチ』です!」


 勇気のある行為であった。

 披露宴の出し物で漫才をやるというのは並大抵の度胸で出来るものではない。まず、一番重要なのが、誰も聞いていないということである。皆、酒を注いだり注がれたり、先祖の自慢話をしたり、ここぞとばかりに異性を漁ったりと、大忙しなのである。その中でやる漫才。それは最早、勇気ではなく無謀ですらあった。だが、彼らの行為は、意外な結果を生んだ。


「ぶっ」ギックーとリゴッシが吹き出す。

「ふはは!」ゼオレーテが笑う。

「おっ! ピーチ君とパーチ君!」ルゥイが声を上げる。

「ふふふっ」と、マジョーノイが笑った。


 カケルと樫太郎は奇跡的に救われた。自己紹介がウケたのである。それは身内ウケというウケの中では大変残念な種類のものであったが、確かに笑いを誘ってしまったのだ。しかも、この披露宴の主役であるマジョーノイが笑ったことによって、注目度は鰻登りである。

 そしてこれが、良くなかった。

 注目を浴びたことによって、手応えを感じてしまったカケルと樫太郎は、恐ろしい暴挙に出る。やるつもりがなかったベタな掴みを、展開してしまったのだ。


「ピーチ君、今日はさすがに美人さんがいっぱいいますねえ」

「そうですね。新婦からして大美人ですからね」

「見てください!」


 樫太郎は花音を指差す。

「美人さん!」


 次に来花。

「美人さん!」


 鈴のことを飛ばす。

「一つ飛ばして!」


 最後にアリアーシラを指差す。

「美人さん!」


 ひゃうど!と風を切る音がした。誰もの視線が、樫太郎の頬を翳めて屏風に突き刺さった、まだビィィンと小刻みに揺れているフォークへと注がれる。そして次に、そのフォークを投げた人物へ。肩をいからせ顔を真っ赤にした息の荒い鈴へ。


「か・し・た・ろ・う!」


「まあ待て!」樫太郎は手を開いて前に突き出す。「良いか、これは余興だ、ネタだ!だがしかしそのテーブル内でのお前のポジションというのは誰が見ても分かりやすーいものであり、その三人を前にしてお前が同列に加わろうというのは難しい話であり、大体、お前の需要というものはおよそ一般的ではなく特殊なカテゴリに分類され、それに対して他の三人はだれが見ても明らかな——」


 のっしのっしと近づいてくる鈴に、怯えまくる樫太郎。態度と口に出している内容が微妙にずれている。その光景を目にしながら、カケルはマイクスタンドからマイクを取り外し、マイクに向かって言った。


「ここで、鈴選手の入場です!」


 いつもより低い、良い声で言う。


「俺が悪かった! 怒るな! いや怒らないで!」


 懇願する樫太郎の腕を自分の肩に乗せ、さらに樫太郎の腰を抱きしめる鈴。彼女は樫太郎を上に少し持ち上げると、思いきり後ろに倒れた。それを見てカケルが叫ぶ。


「決まったあーっ! 急角度のバックドロップぅー!」


 拍手と歓声の上がる中、鈴はゆらりと立ち上がる。「素晴らしい技でした!」と鈴にマイクを向けるカケルの喉に、鈴はそっと手を当てる。


「えっ!?」


 鈴の腰がカケルの腰を浮かし、鈴の脚が素早くカケルの脚を後ろから薙ぎ払う。腰を中心に、カケルの世界は一回転した。

 倒れるカケル、転がるマイク。そのマイクを、アリアーシラがそっと拾い上げる。


「勝者! お鈴ちゃん!」


 アリアーシラが、まだ息の荒い鈴の右腕を上げると、再び歓声と拍手が巻き起こった。



「握手はお一人様一回まで、写真はあんまり下からあおりで撮らないでくださーい。あんまりひどい場合は訴えまーす。あと、他の人の邪魔になるので、撮影の回数は5回までに抑えてくださぁーい」


 地球とゼールズ双方のファンに囲まれ、ご満悦のルゥイ。世界にはいろんな需要があるものである。バックドロップのダメージから早くも立ち直った樫太郎が、元気にその輪に加わり、流石に撮影に混ざることの出来ない伝と視線でやり取りする。


 ——撮影はまかせたぞ、樫太郎君。

 ——後からデータ差し上げます、伝さん。


 ルゥイたちのほうをちらと見ながら、ギックーがカケルにサイダーをお酌する。


「なかなか面白い出し物だったよ、カケル君」

「いやあ」とカケルは頭を掻いた。まだ首が痛い。「本当にしたかったことは、ほんのこれっぽちも出来ませんでした」

「カケル君が悪いです」アリアーシラがぴしゃりと言う。「いつもお鈴ちゃんのことばっかりからかって。そりゃあ、怒りますよ」


 うんうんと頷く鈴のコップに、リゴッシがオレンジジュースを注ぐ。


「でもさっきの技、格好良かったなあ」


 リゴッシに意外なところを褒められ、鈴は顔を赤くする。


「プロレスの技です」

「プロレス?」

「はい。体格の良い人同士が、四角いリングで戦う、スポーツとか格闘技とか、そういった言葉じゃ表しきれないプロレスというものが地球にはあるんです」


 鼻息の荒い鈴に、リゴッシは微笑む。


「へえ、見てみたいなあ」

「良かったら今度、映像用意しておきます。ぜひ見てください!」

「ありがとう。また一つ地球に来る楽しみが増えたよ」


 そんな鈴とリゴッシのやり取りを見ながら、アリアーシラはポツリと呟く。


「意外とやりますね、リゴッシ」


 ギックーは答える。


「ああいう、顔の悪い奴ほど大胆なものです」

「なるほど。あっ! でもいけません! 私はあくまでも、お鈴ちゃんと樫太郎君派なんですから!」


 力強く語るアリアーシラを見ながら、待望の肉料理をもしゃもしゃと食べるカケルが聞いた。


「何、どうしたの?」


 いかにも状況が読めない感じで。

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