2.マジョーノイは美しかった。
伝とマジョーノイの結婚披露宴は、結婚式の翌日に行われた。アポイントメントの飛来により、大幅な延期を余儀なくされていた披露宴であったが、出席者全員の都合が翌日ついたため、急遽、開催の運びとなった。
地球とゼールズ、その初めての異星間結婚であったが、報道関係などへの公開はされないこととなった。だが、身内と関係者というくくりの出席者に対し、その内容はなかなか豪華なメンツである。
アメリカ合衆国代表、ディアドルフ大統領。日本国代表、間宮総理大臣。戦闘星団ゼールズ第三継承権王子であり、現、実質火星の統治者、ゼールズ火星支店支店長ゼオレーテ。そして地球で最も金持ちと言われる男、伝の上司、神宮路である。
大統領と総理は、本日予定していたゴルフをキャンセルしての出席であった。
新婦の入場は盛り上がるものだが、このときは特に盛り上がったと言える。女性も羨むほどの豊かな胸と磨き上げられたボディラインに映える白いウエディングドレス姿に、誰もが目を奪われ、感嘆の息を漏らす。花嫁は、マジョーノイは美しかった。
「すっごい美人」来花が、双子の姉、花音に聞こえるように言う。「スタイルも抜群だし、一体あれでいくつなのよ?」
「資料によれば——」花音が答える。「地球年齢で36歳ですね」
「美魔女じゃん! しかも伝さんより年上!? 今度機会があったら、食事とか運動とか、何やってるのか根掘り葉掘り聞かなきゃ!」
来花たちと同じテーブルで、カケルと樫太郎は意を決したように顔を見合わせると、静かに立ち上がった。その手にはそれぞれ、カケルは古めかしいレンジファインダーのフィルムカメラを、樫太郎は最新鋭のデジタル一眼レフを握りしめている。
カケルは静かに、だが力強く言った。
「我ら写真部の底力を見せるときが来た」
「おうともよ」
二人の動きは思いの外、洗練されていた。マジョーノイの行く手に邪魔にならないように、それでいて見ている人たちの視界を極力遮らないように、さらにはプロのカメラマンの撮影を阻害しないように。その動きはまるで、精鋭の特殊部隊のようである。そんなカケルの背後に、「すすす」と声に出しながら近づく、不審な影。
「カケル、私も綺麗よ?」
彼にねっとりと纏わりつく和服姿の見た目は少女中身は老婆のプリムルム。這う蛇のようなその動きとボディタッチに、カケルは思わずカメラを落としそうになる。
自分の席からすぐ後ろで展開されるその光景にアリアーシラは、露骨に不快な顔をした。
「何をしてらっしゃるのかしら?」
「見て分からんか小娘。誘惑してるの」
カケルに背後から絡みつき、和服の裾から伸びた脚を摺り寄せてくるプリムルムに困惑するカケル。アリアーシラの怒りが沸点に達し、実力行使をしようと立ち上がりかける。
アリアーシラから立ち上るどす黒い不穏な空気に、カケルが怯えたそのときだった。
「邪魔をするな、捜査官」
ファーストはプリムルムの首根っこを掴んで、カケルから引き剥がす。
カケルはファーストに「ありがとう」と言い、ファーストは「気にするな」とだけ答えてプリムルムを回収して行った。
「素敵ね——」眼を潤ませてマジョーノイを見る鈴。和装が可愛い。「あたしもいつか、あんなドレス着てみたいな」
呟く鈴を、樫太郎は見る。
「お前じゃあ、ドレスも、胸はがばがば腰と尻はぎっちぎち、入るかどうかすら怪しいけどな」
ドッと音がして、鈴のヒールが樫太郎の脛にめり込む。あまりの痛みに、声もなく蹲る樫太郎。
「言葉には気を付けろ」
吐き捨てるように言う鈴であった。
○
伝は緊張している。表情が、動きが、定規で引いたみたいに堅い。
○
大方の懸念通り、大統領、総理、ゼオレーテ、神宮路の四人のスピーチはあまりにも長かった。それぞれが皆、これからどこぞの長に出馬するのかってくらい長い。やはりある程度以上上に立つものは、自分ダイスキーなのか、自己主張が強い。大統領と総理は言わずもがな、ゼオレーテは出だしこそ上司として、マジョーノイを褒め称える内容だったが、次第に自分の自慢話にシフト、顰蹙を買った。神宮路は内容、時間共に及第点だったが、他の三人の後というのが悪かった。この事態を予測し、対応した、調理場の人々と給仕の方々の料理の提供タイミングは完璧であった。また、もう一人称えるならば、乾杯の挨拶を半分に短縮したギックーの英断にも拍手を送りたい。
「暫し、ご歓談ください」
無限にも続くかと思われたスピーチが終わり、その言葉が司会者の口から発せられたときには、出席者の誰もがお腹ペコペコになっていた。運ばれてくる前菜、スープ、魚料理の奏でる心地よい咀嚼音に、誰もが耳を洗われる気持ちになった。
無限スピーチの犯人四人は、自分たちのスピーチ時間に問題があったことなど気にすることなく、調子良くビールのお酌を受け、笑っている。そんな光景をちらりと見ながら、カケルは待望の食事を口に運ぶ。
「美味しい。これなんて魚だろう」
「スズキですね」アリアーシラが答える。「スズキの皮をポアレしたものです。バジルオイルソースがよく合いますね。今度作ってみましょうか?」
「うん」と答えながらカケルは、普段と雰囲気の違う和装のアリアーシラに少し照れる。そしていつもながら、アリアーシラの知識量に驚かされる。ゼールズ出身でありながら、ことによっては自分などよりよっぽど地球の物事に詳しい。いつ勉強しているのだろうかと思いながらカケルは、スズキを口に運ぶ。さっぱりしたスズキの身と、バジルが口の中で絡む。ぱりぱりした皮目が、絶妙なアクセントになった。
口の中で料理を楽しむカケルの元へ、黒服の男が音もなく忍び寄る。黒服はカケルのほぼ背後に位置すると、小声で言った。
「そろそろ、ご準備をお願いします」
言われてカケルは「はい、分かりました」と答えると、立ち上がり、ラムネを一粒噛んだ。
「良し、行くか」
同じく立ち上がった樫太郎と目が合う。とたん、カケルの中に緊張が走った。
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