7.決戦、そして。

 ボンポン、ボンポポン。


 戦闘の開催を知らせる花火が、富士の裾野にある自衛隊演習場の空に響く。抜けるような青空の日差しは強く、六月にしては随分暑い。

 昼間の花火は見えないなと、カケルは思う。昼間でも見えたら良いのに。


 二ヶ月前、俺はここでアリアーシラと出会い、ゴオラインに乗った。あのときと今、違うのは、観客席がなくて、代わりに40機以上の世界各国のEFと国連地球防衛軍のEFが立ち並んでいる。

 ああ、こんな場合じゃなかったら、じっくりと眺めて歩きたい。

 相手もあのときとは違う、タイラードだけでも数は50以上、ティオーン・カカリッドが10数機、ギックーさんとリゴッシさんのブッソ・ティオーン、マジョーノイさんのティオーン・ヒッシオ、2機の見慣れないブッソ・ティオーン。そして中央、20ポイント分のアポイントメントの前に立つ、『シュテン・ティオーン』。他のティオーンとは明らかに違う装飾と性能を持つだろうそのティオーンを駆るのは、ゼオレーテさんだ。


 戦闘開始まであと少し。カケルは口に含んだラムネを、ガリッと噛んだ。


「アリアーシラ!伝さん!合体だ!」

「はい!」

「おう!」


『雷神合体!ゴオライガー!』


 声と同時に、カケルが、アリアーシラが、伝が、神宮路が、それぞれの前にある『G』のマークを押す。とたん、3機のラインマシンから、途轍もない量のエネルギー波が迸った。

雷の形をしたエネルギー波を纏い、それに引き上げられるように、グランラインが空中へと浮かび上がる。キャタピラが格納され、前後の装甲が脚立を畳むように閉じた。腰と脚部と化したグランラインの、30度に曲がっていた膝が真っ直ぐに伸ばされ、その巨体は空中に停止する。

 雷を発しながらクウラインは、鳥の足にも見えた部分を左右に大きく開く。それから、胴体の前後を折りたたむと、まるで人間の胸部と腕の形になって空中で停止した。

 2機の変形をモニターで確認しながら、ゴオラインで上昇していくカケル。雷のエネルギー波がその装甲を這うゴオラインは、2機のちょうど中間に収まると、腕と足を背後に折りたたんだ。

 ゴオラインを腹部にして、クウラインとグランラインが上下に挟み込む。3機が完全に繋がると、胸部から頭部が出現する。ゴオラインのコックピットが移動し、頭部に到着すると、角とフェイスガードが開く。最後に胸のパーツが展開して、中から『G』のマークが露出した。


「輝け雷光、轟け雷鳴、蒼き地球を守るため。雷神合体ゴオライガー、正義の光をその身に纏い、猛き雷ここに見参!」


 ゴオライガーの登場に、EFから歓声が上がる。


「来たなゴオライガー」シュテン・ティオーンの中、ゼオレーテは笑みを浮かべる。「さあ!雌雄を決しようぞ!」


          ○


「はっあぁーい!宇宙のアイドル、ルゥイちゃんだよう!宇宙の皆さん、こっんにっちわー!」


 本人はばっちりだと思っている動きで、胸やら尻やら強調したポーズを取るルゥイ。司会者用の演台の横で、やりたい放題だ。対して、演台の反対側で舌打ちするプリムルム。ゲスト司会者として呼ばれた彼女は、その捜査官という立場上、本放送では顔にモザイクがかかる。


「うるっさいのよ!桃色変態娘」

「何とでもおっしゃいこのモザイク女。えーっと、これから始まる地球と戦闘星団ゼールズ太陽系方面攻略支店のアポイントメント戦争の最終決戦は、一部地域を除き宇宙全域に発信されまぁす」

「戦闘者のプライバシー保護のため、音声はカットされますのでご了承くださーい」

「司会は私、ルゥイちゃんと!」

「プリムルムがお伝えしまーす」


          ○


「戦闘開始、10秒前」


 巨大な鋼の鎧のコックピットで、モニター越しに睨み合う両陣営。


「5、4、3、2、1、戦闘開始」



 勢い良く飛び出したゴオライガーの行く手を、ギックーのブッソ・ティオーンが阻む。


「直ぐに支店長の所に行けると思ったら、大間違いだぞ!」

「それでも!俺は行く!」


 答えるカケルのゴオライガーに、ギックーのブッソ・ティオーンが全身の火器を一斉に発射する。熱線が、光弾が、ミサイルがゴオライガーに向かって放たれた。だが、それらはゴオライガーに届くことなく爆散する。


「何ぃっ!?」


 爆炎の中から現れる、イギリスとドイツのEF。イギリスのEFは盾で、ドイツのEFはバリアで、ゴオライガーの被弾を防ぎ、ギックーのブッソ・ティオーンの前に立ちはだかった。



 開けた道を進むゴオライガーの前に、リゴッシのブッソ・ティオーンが現れる。


「次は僕の番だ!」

「道を開けなさい!」


 アリアーシラの声に怯むことなく、鎖の付いた鉄球を、ゴオライガーに投げつけるリゴッシのブッソ・ティオーン。単純な攻撃だが、その速さは十分な凶器となった。


 ガッキィィィィィン!


 ブッソ・ティオーンの投げつけた鉄球を、2機のEFが受け止める。アメリカとロシアのEFだ。2機のEFは鎖と鉄球を掴むと、リゴッシのブッソ・ティオーンを自分たちに引きつけた。



 再び前に進むゴオライガーの前方の空気が切り裂かれ、閃光の剣戟がゴオライガーを襲う。


「伝!ここから先は行かせません!」


 ティオーン・ヒッシオからのマジョーノイの声に、伝は操縦桿を握りしめる。


「君への思いは本物だ。だが、この戦いだけは負けられない!」

「分かっています。あなたへの愛とこの戦いは別、覚悟ください!」


 だがティオーン・ヒッシオの細身の剣は、巨大な2本の日本刀に押し留められる。日本刀の持ち主は日本のEF、旋風だ。


「ここは任せろ!」6機のEFから声がする。「行け!ゴオライガー!」

「ありがとう!みんな!」


 カケルはそう言って、3体のティオーンを6機のEFに任せ、ゴオライガーをシュテン・ティオーンの元へと飛翔させる。



「ホーミング・カッター!」


 アリアーシラの声とともに飛翔した六角形のバリアが、タイラードを切り刻む。


「デスペラード・ブラスター!」


 伝が瞬時にロックオンして、複数のタイラードに風穴を開ける。


「インパクトォ・ドラァイブ!」


 カケルの突き出した拳はゴオライガーの拳となって、タイラードを粉々に吹き飛ばす。

 そしてついに、シュテン・ティオーンの姿が見えた。


「轟雷剣!」


 ラインフォートレスから射出された剣を、ゴオライガーは掴む。


「カケル!」

「ゼオレーテ!」


 剣と剣がぶつかり合うゴオライガーとシュテン・ティオーン。その超大なエネルギーの衝突は、大爆発を起こすのだった。


          ○


 司会のマイク片手に、大興奮のルゥイ。


「ゼールズ支店の強敵たちを突破して、ついにゴオライガーがシュテン・ティオーンと激突!」

「行け!がんばれゴオライガー!」

「ゲスト司会者のプリムルム捜査官、私的な応援は遠慮してくださーい」

「うるさいピンク。そこだ!ゴオライガー!」

「黙れ」


 応援をやめないプリムルムに、ルゥイは至近距離からブラスターをぶっ放す。バリアに守られたものの、プリムルムは盛大にのけ反る。


「やったな!」


 プリムルムは雪駄で、勢いよくルゥイの脛を蹴りつけた。痛みにこらえ無言になるルゥイを、いじわるな老婆のような表情で、からからと笑うプリムルム。「きー!」とルゥイはプリムルムの髪を掴み、プリムルムも「きー!」とルゥイの髪を引っ張る。

 凄まじい泥仕合が、宇宙に放送されるのだった。


          ○


「おおおっ!」


 カケルが叫び、ゴオライガーが振り下ろした上段斬りを、シュテン・ティオーンが真一文字に受け止める。次の攻撃に移るべく剣を引いたゴオライガーの隙を見逃さず、シュテン・ティオーンは薙ぎ払いを振るう。ゴオライガーはそれを受け流した。互いに体制を立て直し、ぶつけあう中段と中段。次に突き出した剣先は、お互いの胸を翳めて虚空を突く。袈裟斬りと逆袈裟が、激しい火花を散らして激突した。


 素晴らしい、素晴らしい戦いだ。


 ゼオレーテは歓喜していた。そして同時に、悟っていた。

 飛び散る火花を、美しいとゼオレーテは思う。このまま、いつまでも見ていたいものだと。だが、それは叶わぬ願いであった。一見、互角に思えるこの戦いは、徐々にその機体の性能差を顕わにしていく。ゼオレーテには、はっきりと、軋むようなこの機体の悲鳴が聞こえていた。それはシュテン・ティオーンの性能が、ゴオライガーとの戦いに限界を感じている悲鳴だった。そしてさらにゼオレーテは、まだ底知れぬ力を秘めているゴオライガーの存在を、感じ取っていた。


 すまない、支店の民よ。


 ゼオレーテは、心の中で詫びた。

 私の負けだ、ゴオライガー。だが、最後の散り際くらい飾らせて貰おう!

 そう、ゼオレーテが思ったときだった。


 高速な何かが降下し、タイラードに突き刺さる。何かを突き立てられたタイラードは、謎の黒い物体とともに地面に叩き付けられた。

 その光景を、戦場にいる者たちは、何故か強烈に不吉なものを感じ、戦いの手を止めてまで凝視する。

 圧し掛かられたタイラードの上で、黒い物体はうぞりと蠢いた。黒い巨大な管をタイラードに突き刺したまま、何かを吸っているように見える。やはり何かを吸い取られているのか、ベコンと音がして、タイラードの装甲が内側からへこんだ。


『デザスキーター』


 静寂を斬り裂いて、空から舞い降りる白金の輝き、ダンライオン。ファーストが呟いたその生物の名は、恐怖の二文字を以って宇宙に名を轟かす。デザスキーターと呼ばれた、タイラードの上に乗るその黒い生物は、20メートルを超える体躯を黒い甲殻の鎧に身を包んだ羽を持った生物で、見た目は黒い『蚊』そのものであった。

 ダンライオンは降下の勢いをそのままに、デザスキーターを真っ二つに斬り裂き、即座にその場を離脱する。少しの間を置いて、デザスキーターの甲殻から流れ出る体液が大爆発を起こした。


「ファースト!」


 ゼオレーテから名を呼ばれた彼は、それの答えることなくダンライオンの剣で上空を指す。その動作につられて上空を見上げたカケルは、常軌を逸した光景を見る。空に空いた、半径100メートルはあろうかという穴。暗く、だが何かが渦巻いているのが分かるその穴に、カケルは恐れを感じた。


「来るぞ」


 ファーストが言うと、穴の中からわらわらと、デザスキーターが現れる。その数、数十匹。空を埋め尽くさんばかりの黒い影は、高速に飛来すると次々にタイラードに襲い掛かった。


「これは一体——」


 状況を飲み込みきれないカケルに、アリアーシラが答える。


「『宇宙怪獣』です」

「宇宙怪獣!?」

「そうです。生態系や食物連鎖、宇宙の環境に係ることなく、ただ、破壊だけを生み出す恐怖の象徴、宇宙怪獣。その一つ、デザスキーターです」

「何だってそんなものがこの地球に——」


 そこまで言ったカケルの元に、通信が入る。声の主は、神宮路だった。


「カケル君、アリアーシラ君、伝君、君たちに伝えなければならないことがある。君たちは、アシーガ・ツッターという男のことを覚えているかね?」

「はい」と三人は答えた。

「奴の本当の名はトルニダン。宇宙犯罪者だ。奴はずっと、地球を狙っていた。この地球を、破壊するために。そして奴は、ついにこの星を破壊する手段を手に入れた。それがデザスキーターだ。私は君たちに、地球を壊そうとするものとの戦いという重圧は、背負わせたくはなかった。だが、そのときが来てしまった——。しかし、私は信じている。君たちならば、今の君たちならば、きっとその重圧も跳ね除けてくれると。今から10分後に、君たちに私からの贈り物が届く。その、新たな力と手を取り、どうかこの地球を守ってくれ!」


 カケルはモニターに映るアリアーシラと伝をそれぞれ見た。


「俺は、この星を守りたい。それが俺の正義だから」


「やりましょう」アリアーシラは答える。

「僕たちならやれる」伝は答える。

「カケル君」神宮路は言った。「君が見た夢、君ならばきっと、光り輝く未来へと変えられることを信じている」

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