6.この星の意思表示。

 通常の旅客機よりも大きな音を発して、EF用高速輸送機が上空を飛んで行く。明日の戦闘に向け、大事を取って今夜は神宮路邸に泊まることになったカケルは、日本家屋の縁側で、空を見上げていた。


 カポン。


 鹿威しの音と流れる水の音が、静寂の中に響く。


「眠れませんか?」


 浴衣姿のカケルの横にすっと、同じく浴衣姿のアリアーシラが座る。あまり見慣れない、浴衣を着こなしている彼女の姿に、カケルはドキッとした。


「流石に、明日のことを考えると」

「そうですね。私も、気持ちが高ぶって、なかなか寝付けません」


 そう言って、アリアーシラは寄り添ってくる。自分以外の体温に、腕が、ほんのり温かく感じる。


「この二ヶ月間、いろんなことがありましたね」

「うん。随分と中身の濃い二ヶ月だった」

「カケル君と知り合ったのが、もう、ずっと昔のことみたいに思えます」

「出会ったその日に、ゴオラインに乗ったんだよな」

「私のことを、火星まで迎えに来てくれたこともありました」

「あのときはいろいろ驚いた。しかも今日も行くことになるとは思いもしなかった」

「海に行ったり、旅行に行ったりもしました」

「うん、すごい楽しかったね。また——」


 そこまで言って、カケルは言葉を上手く繋げなくなる。また行こう。そう言いたかったけど、そういって良いのだろうか。アリアーシラは俺に好意を持ってくれている。何だか婚約者ってことにもなっている。でも、この戦いが終わったらどうなのだろう。「戦争が終わったら、たまには帰って参ります」そうゼオレーテに言っていた彼女の言葉通りにとって良いのだろうか。アリアーシラは、この戦争が終わったら、どうするつもりなんだろう。


「あのさ、アリアーシラ——」

「言ってください。また行こうって」


 そう言って、アリアーシラはカケルに抱き着いた。


「私は、あなたの元を離れません。季節が変わっても、年が変わっても、何かの区切りが付いたときでも。もう離れない、そう決めたんです。だから私の気持ちに、あなたは不安にならないでください」


 考えを見透かされて、カケルは顔を赤くする。それからカケルはアリアーシラの言ったことを理解すると、「アリアーシラ」と声を掛けながら、彼女の両肩に手を置き、ゆっくりと体を離した。


「カケル君——」


 アリアーシラの蒼い瞳が、じっとカケルを見つめる。彼女はすうっと、瞼を閉じた。


 ——みしり。


 明らかに人の重さをしたものが、畳を踏む音がする。その音にカケルとアリアーシラは、慌てて居住まいを正した。


「申し訳ない。いや、大変な場違いをしてしまったようだ」


 カポンと鹿威しが鳴る。畳の音の主は、神宮路だった。


「司令——」


 驚いた顔をしつつも好意的な表情のカケルと、明らかに不機嫌な目で下唇を噛むアリアーシラ。自分の隣をどうぞと手で示すカケルと、不機嫌な表情のアリアーシラに、神宮路は答えを迷いつつも、カケルの隣に座った。


「どうしたんですか?」


 カケルに聞かれて神宮路が彼の方を見ると、今度はカケルに不機嫌な目を向けるアリアーシラの表情が視界に入る。


「うむ」困ったように視線を逸らすと神宮路は言った。「各国の代表や国連と明日のことで連絡を取っていてね、少し疲れて涼みに来たのだよ」

「こんなに遅くまで、大変ですね」

「まあ、これは一つ、私たちの戦場のようなものだよ。明日、君たちがベストを尽くせるようにするためのね。今、国連地球防衛軍と各国のEFが富士の演習場に集結して来ている。全く、あそこを最後の決戦場に選ぶとは、ゼオレーテもつくづくロマンチストだ」

「最初の邂逅の場こそ、最後の決戦にもふさわしい、とか、あのお兄様なら言いかねません」


 ようやく表情が和らいできたアリアーシラが言う。


「全くだ。今頃くしゃみでもしているに違いない」


 そう神宮路が言ったとき、奥の襖がすうっと開く。開いた先から現れたのは、盆の上に大きなガラスの急須とガラスの湯呑を乗せた、花音だった。


「麦茶をお持ちしました」


 花音は神宮路の少し後ろに座ると、氷の入った急須をからんと鳴らして麦茶を注ぐ。


「どうぞ」


 差し出された麦茶をカケルは一口飲む。喉の奥まで、冷たい麦茶が、すっと清涼にしてくれた。


「あの——」


 思い出したように、カケルは口を開いた。


「今朝、妙な夢を見たんです。バカバカしい話かも知れないんですが、良かったら聞いて貰えませんか?」


「うん」と頷く神宮路に、カケルは今朝見た夢の内容を語って聞かせた。隣で聞きながらアリアーシラは、今朝聞いた内容と同じだと確認すると同時に、やっぱり自分が出てこないと、再び不機嫌な顔になる。


「確かに」神宮路は腕を組み、口元に手を当てた。「気になる内容だね。いや気にならない方がおかしいくらいだ」


「私は——」花音が口を開く。「私は、この星の意志なのではないかと思います」


 およそ彼女らしくない言葉に、三人は花音の顔を見た。


「大変、荒唐無稽な話ではございますが、私は、カケル様が、ひいてはこの星に住むものが、地球に祝福されているように感じるのです。おかしいでしょうか?」

「そんなことはない」神宮路は言った。「続けてくれたまえ」

「はい。私は以前から、エナジウム因子の発現者が、カケル様の近隣者に多く存在することを不思議に思っていました。ですが、あるときふと思ったのです。これは、この星がカケル様に与えた力なのではないかと。だからこそ近しい若しくは近しくなるであろう、アリアーシラさまや樫太郎様や伝様にも力の発現があったのではないかと。そしてそれがこの星の意志なのであれば、それはこの星がカケル様に、そして私たち地球に住むものに、自分を守って欲しいという意思表示なのではないかと。——ああ、何だか酷い思い込みを話していますね、私」


「そんなことないです」アリアーシラは花音の手を握る。「私は賛成です。そう考えたほうが、夢のことの辻褄があっちゃいます」


「無機物でも原子単位で振動したり記憶媒体を持っているって説があります」カケルが言う。「そう考えたら、地球に意志ぐらい、あるほうが自然です」


「私も同感だ」神宮路は言う。「その上で、カケル君の夢の中の声が言っていた、『進んではいけない未来を我々はきっと選ばない』、『私を助けて欲しい』、その言葉が気になる」


 話題が盛り上がり始めそうな感じがしたが、花音は、その光景を嬉しそうに見てから、手をぱんぱんと叩いた。


「皆さま、明日のことがございます。司令は引き続き各国の代表との通信が、カケル様とアリアーシラ様は早くお休みを。よろしくお願いいたします」


          ○


 ——私を助けて。


 飛び起きたカケルの額と、アリアーシラの額がガチンと音を立ててぶつかる。


「ううう」

「きゅうう」


 額を押さえて痛みをこらえる二人。


「変なことしていませんよ、まだ。ただちょっと、カケル君を起こしに来たら、あんまりカケル君がうなされているものだから、ここはひとつ私のキスで優しく目覚めさせてあげようとか、そんなことを思って実行しただけです。そしたらカケル君がいきなり起きて、だからまだ未遂ですよ」


 昨日と同じ夢!昨日と同じ展開!と、少し対応が雑になるカケル。額を押さえながら、ため息を吐いた。

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