5.クーデターを鎮圧せよ。

 宇宙船の発着場には、以前アリアーシラが残した爪痕はもう無くなっていた。そしてその、宇宙船の発着場まではすんなり行けたのだが、そこまでだった。


「何か御用ですかな、担当官」


 ファーストに怯むことなく質問してくるダーボックを、ファーストは睨み返す。


「ゼオレーテに会わせろ」

「約束がございましたかな?あいにくと支店長は——」

「黙れ」

「黙れとは随分ですな」

「クーデターのことならもう、情報が入っている」


 ダーボックは舌打ちすると、彼の前に透明な盾を持ったスーツ姿の男が二人現れ、入れ違いにダーボックは男二人の後ろに隠れる。さらにその背後から、盾を持った男たちがぞろぞろと現れ、隊列を作る。


「なかなか悪役らしい動きじゃねえか!気に入ったぜ!」

「宇宙のアウトローも震えだす担当官だか何だか知らんが、大人しく帰れると思うなよ!」

「最高だ!教科書通りのセリフ回しだ!まあほんの少しだけ待てよ、面白くしてやる」

「何だと?」

「そろそろだ!我慢の効かねえ野郎のお出ましだ!」

「うおおお!マジョーノイ!」


 ダンライオンのハッチから飛び出してくる伝。彼の巨体をさらに大きく見せるラインテクターによって、何か巨大で獰猛な生物が現れたかのように見えた。

 慌てたダーボックの部下がブラスターを伝に発砲したが、ラインテクターの防御力の前では全く効果がない。


「うおおおおお!」


 伝は盾兵をぶん回し、なぎ倒し、ぶん投げると、通路の方へどかどかと走って行く。

 混乱に乗じてカケル、アリアーシラ、来花、ルゥイがハッチから飛び出し、それぞれが武器を構える。ロングライフルパラライザーを二丁構えるアリアーシラの姿に、ダーボックの部下たちは恐怖を覚えた。


「ひっ!姫様だ!」

「ファーストと姫様が相手だとお!?」

「無理だ!逃げろ!」


 あっという間に戦線が崩れる。ダーボックは盾兵に隠れながら、歯ぎしりして逃げ出す。ファーストは、そのダーボックを見ながら言った。


「手分けして捕らわれてる奴らを探すぞ!カケル、お前は俺と来い!」


          ○


「ここかあ!ここかあ!」


 通路の先から聞こえてくる謎の声と、重量のある塊がガシャンと床に落ちる音にリゴッシは独房の中で怯える。彼の頭の中では、すごく怖い鬼のような何かが、扉を壊しながら探し物をしているようなイメージだった。


 何?一体何が近づいてきてるんだ!?怖い!怖いよ!


「ここかあ!」


 ガシャン。


 声と音は確実に近づいてくる。


「ここかあ!」


 ついに声は隣の独房まで来た。


 あああ、もう駄目だ!


「ここかあ!」


 扉がもぎ取られ、通路の光がラインテクターを着た伝の姿を照らす。伝とギックーの目が合った。

 無言の時間が過ぎていく中、二人に謎の、巨漢同士の心の繋がりが生まれた。大きいやつに悪人は少ない。そんな他愛も無い、二人の感情だった。


「僕の名は、伝だ」

「僕の名前は、リゴッシ」


          ○


 何だか私、いらない子なんですけど。


 前にも一度見て知っていた、鬼神のような強さのアリアーシラ。そしてそのアリアーシラの不得手な位置にいる相手をほんの少しも見逃さない、来花の射撃。


 軍隊。二人軍隊。


 ルゥイはこんなことなら宇宙船で待ってれば良かったなあとか、酒瓶、まとめてここの発着場に不法投棄してやれば良かったなあとか考え始める。

 考えながら何気なく後ろを向いたとき、通路の角から現れたダーボックの部下が、スタングレネード、麻痺性の手榴弾を投げつけてきた。

 目を丸くして驚くルゥイ。アリアーシラと来花も気が付いたが、今いる位置からだと対処に間に合わない。


 ぽむっと、手榴弾はルゥイの胸にバウンドする。


 ——嫌あ!


 続けて嫌がって、背中を向けようとしたルゥイが突き出した尻が、見事に手榴弾をバッティングする。

 こん、からんと通路に弾かれながら、手榴弾は投げたダーボックの部下の前で止まり、盛大に炸裂した。


          ○


 銃声、悲鳴、ときどき地響き。


 それらを聞きながら、ギックーは、何か異変が起こっていることを察する。ここ、地球攻略推進部のオフィスには、彼の他に、同じ推進部の部下たちが捕らえられていた。皆、キャスター付きの事務椅子に手足と体を縛られている。キャスター付きの為、体重の移動によって若干の動きは出来るが、いやらしいくらいにほぼ動けない。

 何か動きがあったと察したギックーは、何とかこの状況を打開出来ないかと考えた。そうだ、事務机の所まで行けば、カッターなりなんなりがある。だが、そこまで行くには、あの壁がある。

 事務室建造時から問題視されていた、謎の段差。我々が捕らえられているスペースと、事務机のあるスペースを隔てる、高さ4センチの断崖絶壁!普段の作業時から皆を苦しめ続けたあの段差が、またも私を苦しめようとは!

 それでもギックーは、体重を移動し、一歩、また一歩と段差へ近付く。


「止めてください部長!」

「危険です!」


 それでも、男には行かねばならんときがあるのだ!


 ギックーの驚異的な根性により、椅子は壁の手前まで到達した。彼の努力に、最早すすり泣く女性部下までいた。

 がしょん、がしょんと勢いをつけて、ギックーは壁を乗り越えようとする。そしてついに、椅子は飛び上がった。


 ガタン!


 椅子は、飛ぶことは出来なかった。いや、厳密には1センチほど飛び上がった。だが、4センチにはあまりにも遠く、その勢いはギックーの椅子を横倒しにし、一番無様な格好で彼の頬を床に打ち付けた。


 ああ、一番格好悪いやつだ。


 横たわりながらギックーが思ったとき、事務室の扉が大きく開いた。


「大丈夫ですか!?」


 ああ、姫様。まさか姫様が助けに来てくれるとは。そして私の格好の、なんと間抜けなことか。ああ、しかも、先日一緒に飲んだ来花という女性が、縄を切ってくれている。

 来花の太ももやスカートに目がいかぬよう、眼を閉じると、うっすら涙がこぼれた。それはギックーの助けられたことへの嬉しさと、部下の前での恥ずかしさを表していた。


「部長?」


 部下の一人が声を掛けてくる。ギックーは、恥ずかしさで、頭が一杯になっていた。


「部長、さっきは格好良かったです。この人について行こうって、改めて思いました」


 そう言われてギックーは、部下たちを見渡す。その眼差しは、嘘ではない尊敬があった。


 ああ、また明日からもまた、戦える。


 ギックーは、そう思った。


          ○


 ダーボックの部下が放つブラスターの光弾を、スタンロッドで弾き返し、急所を外して気絶させるファーストを見て、カケルは素直に格好良いなと思った。


 良し、俺だって!

 

カケルはスタンロッドを構えると、相手の放って来た光弾を、見事に弾き返す。弾かれた光弾は、撃った兵士のブラスターに当たりそれを弾き飛ばした。


「やるじゃねえか」


 ファーストはニヤリと笑い、カケルは「出来た!」と喜ぶ。


「ファーストだけじゃない、あの青い奴もかなり厄介だぞ!駄目だ、一時撤退!」


 わらわらと逃げ出すダーボックの部下たちを見てから、カケルとファーストは顔を見合わせる。それから、「おお!」と声を上げて、逃げるダーボックの部下を追いかけた。

 ダーボックの部下が通路の角を曲がって逃げて行く。それを追いかけるカケルとファースト。少しの間静けさが曲がり角に漂ったかと思うと、真顔のカケルとファーストが駆け戻ってくる。その後を、無言で追ってくる、数十人もの盾兵。


「やれないことはねえが、流石に面倒だな」


ファーストがぼやく。


「うん、別の道を探そう」


 カケルが答えたそのときだった。


 ドガアアア!


 とんでもない音がして、カケルとファーストの後ろの壁が崩れる。思わず、その場で駆け足の形で振り返った二人は、煙の中から現れた赤い瞳の巨人に驚愕した。


「マジョーノイィィィ!」


 赤い瞳に見えたのは伝のラインテクターのランプだった。口から煙でも吐き出しそうな伝に、カケルは申し訳ないと思いつつちょっと引いた。

 今の壁の破壊で巻き込まれ、将棋倒しになり気絶したり身動きが取れなくなったりした盾兵が3分の1。さらに伝の後から現れたリゴッシの投げる瓦礫で、次々に戦闘不能になって行く。


「何だこいつらは!体制整えよ!」


 そう叫んだ盾兵の後ろ、最後尾の者たちが、不意にパタパタと倒れ始める。恐る恐る振り返った盾兵の目に映る、赤いラインテクター。ヘッドギアのバイザー越しにでも確認できる美しい顔と、特徴的なグラデーションの青い髪、何より2丁のロングライフルパラライザーが、兵士たちを震え上がらせた。


「ひっ!姫様!」


 赤い閃光が壁を蹴り、天井で一時停止し、再び着地する。一連の動作の内にばら撒かれたパラライザーの光弾により、残った盾兵たちは身を守る暇もなく倒れていく。


「お前もいろいろ大変だな」スタンロッドの光刃を収束させながら、ファーストが言う。


「意味深な言い方はやめてくれよ」カケルは答える。


「リゴッシ!」

「兄さん!」


 ガッチリ抱き合うギックーとリゴッシ。


「無事だったか、良かったなあ!」

「兄さんこそ!良かったあ!」

「感動の再会のところ申し訳無いんだけど」カケルが二人に言った。「早くしないと、もう限界が近付いてる人が一人いるんです」


 カケルが伝のほうを見ると、ギックーとリゴッシは「ああ」と理解した。


          ○


「支店長とマジョーノイはここに捕らわれているはず!」


 そう言ってギックーが支店長室の扉を開けると、ブラスターの光弾が支店長室の中から飛んでくる。幸い、光弾はギックーに当たらなかったが、皆は気を引き締める。ギックーは扉に隠れながら鏡で中をうかがう。支店長室の中には、ゼオレーテとマジョーノイ、そしてダーボックの三人の姿しか確認できなかった。

 マジョーノイを人質に取りブラスターを彼女に突き付ける姿に、ギックーは突撃のタイミングを計りかねた。だが、彼の悩みは、一人の男の熱情の前に、軽く消し飛んだ。


「マジョーノイ!」


 扉をぶち壊し、室内に入る伝。


「伝!」


 人質に取られたマジョーノイの姿を見つけると、いよいよ伝の形相は鬼に変わった。


「貴様あ!」


 近づいてくる伝に恐怖を感じ、ダーボックは「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げると、手にしたブラスターを伝に連射する。が、ラインテクターの防御力の前では、かろうじて伝の歩みを遅くする程度の効果しかない。

 そしてダーボックのブラスターは、ついにエネルギー切れを起こし、カチカチと空撃ちの音を響かせた。


「ええい!」


 マジョーノイを突き飛ばすと、ダーボックは、ゼオレーテの立っているバルコニーへと逃げ出す。伝は突き飛ばされたマジョーノイを優しく抱き止め、お互いの名を呼び合うとようやく落ち着いたようだった。カケルたちが、支店長室へと入ってくる。


「観念しろダーボック」ギックーが彼に言う。「最早お前の率いる反乱分子はほとんどが鎮圧された。そして、私とリゴッシを地球に向かわせ、そこでアポイントメントの事故に見せかけ亡き者にしようとしたことも、調べがついている!」


 ギックーの言葉に、歯ぎしりするダーボック。彼はバルコニーから身を乗り出すと、下方に向かって叫んだ。


「支店の民たちよ!」


 仰々しく両手を広げるダーボックを、建物での爆発音を聞き詰めかけた支店の民たちが見上げる。


「我々は戦闘星団ゼールズ!我々の本分である侵略!それを軽んじた支店長など、この赤き星など捨てて、再び宇宙の航海へと出ようではないか!」


 だが、彼の言葉に賛同し、声を上げるものはいなかった。


「どうした!それでもゼールズの民か!我々は——」

「そこまでにしておけ!ダーボック」


 ギックーが彼の言葉を遮った。


「これが民たちの答えだ。皆、ゼオレーテ支店長の、王族の考えに同意しておるのだ。我々はこの星を、この赤き星をいつか緑の星へと変えて見せる。開拓もまた、我らが本分なのだ」

「黙れ、いつも日向にいる貴様に何が分かるか!」


「すまなかった」ゼオレーテが口を開いた。「貴様にはいつも、目立たぬことばかり押し付けてしまっていた。そして、この星の開拓に反対する者たちがいたことも知りながら、放っておいてしまった。せめて、最後はゼールズらしいやり方で、決着を付けようではないか」


 そう言ってゼオレーテは、ファーストの方を見た。ファーストは頷くと、二つのスタンロッドを、ゼオレーテとダーボックにそれぞれ放った。

 ダーボックはスタンロッドを受け取るや否や、光刃を出現させ、ゼオレーテに斬りかかる。


 勝負は、一瞬で終わった。


 斬りかかるダーボックの振りかざす光刃よりも早く、ゼオレーテが神速でダーボックをすり抜け様に彼を斬りつける。

 ドオッと倒れるダーボックに、ゼオレーテは言った。


「安心しろ、スタンだ」


          ○


「大変、世話になったな。感謝する、ありがとう、ゴオライガーのパイロット」


 手を差し出して握手を求めるゼオレーテ。カケルは少し悩んで、手を出さなかった。


「それは、戦争が終わってからに取っておきましょう。あと、俺の名はカケル、頼光カケルです」

「そうか、そうだな。カケル、我が妹をよろしく頼むぞ」


 ゼオレーテからの不意打ちに、カケルは戸惑いながら「その話はまた別に——」と言ったが、「別じゃありません」とアリアーシラに頬をつねられる。


「お兄様?」

「何だ?」

「戦争が終わったら、たまには帰って参ります」

「そうか、楽しみにしている」


 発着場では、伝とマジョーノイが別れを惜しんだり、来花とギックー、リゴッシがにこやかに話していたりする。

「それでは」とアリアーシラがお辞儀をし、つられてカケルも頭を下げる。アリアーシラに手を引かれて、ダンライオンへと向かうカケルの背中に、ゼオレーテは言った。


「カケル!」


 カケルは振り返る。


「明日だ!地球時間で明日の正午、私は20ポイント分のアポイントメントを地球に着弾させる!場所は最初にタイラードが降下した、山の裾野だ!」


 ゼオレーテの言葉に、カケルは少し驚いた顔をしてから、「はい!」と答えた。ゼオレーテは、カケルの挑戦的な笑みを見ながら、満足そうに微笑んだ。

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