第9話「いつも会うあなたのために」

1.夢。

 倒れる人人人——。


 神宮路司令が、来花が、花音が、ルゥイが、プリムルムが、クラスメイトが、ゴリ松が、中華料理屋の店主が、父が、母が、それ以外にもたくさんの人々が、苦しそうな表情で倒れている。


 最早、動く力もない、ダンライオン。ギックーとリゴッシのブッソ・ティオーン。マジョーノイのティオーン・ヒッシオ。そして見知らぬ二体の巨大ロボット。


 ゴオライガーのコックピットの中、外の映像を映すモニターはひび割れ、機器類はショートし、カケルの体には力が入らない。


 ——これは夢。


 聞こえた女性の声に、カケルは顔を無理やりに上げた。モニターに映る、ゴオライガーを遥かに超える、巨大で邪悪な生物。声は、その生物からではなく、地面から、いやもっと大きな大地、いやもっと大きな何かから、カケルの中に響いた。


 ——カケル、これは夢。


 もう一度女性の声がする。カケルは体を引きずるように動かすと、ゴオライガーも轟雷剣を引きずって前に進む。


 ——これはあなたたちが、進むべきではない未来。


「何のことだ?」


 ——これはあなたたちが、きっと選ばない未来。


「じゃあ、なぜこんなものを見せる?」


 ——そう、なって欲しくはないから。私があなたと、あなたの周りの人に与えた力で、私を、この星を救って欲しいから。


「私を?この星?あなたは——」


 ——カケル、危機が迫っている。大きな、本当に大きな危機が。お願い、私を助けて、カケル。あなたたちに与えた力を一つにして、私を助けて——。


          ○


「うわあ!」


 飛び起きたカケルの額と、アリアーシラの額がガチンと音を立ててぶつかる。


「ううう」

「きゅうう」


 額を押さえて痛みをこらえる二人。


「アリアーシラ?どうしてこんなことに?」

「変なことしていませんよ、まだ。ただちょっと、カケル君を起こしに来たら、あんまりカケル君がうなされているものだから、ここはひとつ私のキスで優しく目覚めさせてあげようとか、そんなことを思って実行しただけです。そしたらカケル君がいきなり起きて、だからまだ未遂ですよ」


 いろいろ突っ込んだり怒ったりしたいところだったが、額を押さえて涙目のアリアーシラを見て、カケルは小さくため息を吐くと、それで終わりにすることにする。


「夢を見たんだ」

「夢、ですか?」

「うん」


 カケルはアリアーシラに、夢の内容を語って聞かせる。


「変な、夢だろう?」

「はい、気になりますね。特に、私が出てこないところが」

「そこ!?」

「同じゴオライガーに乗ってるからって理由なんでしょうけど、でも、でもですよ、夢なんだったら、カケル君と一緒のコックピットで支え合う二人みたいなほうがよりドラマチックじゃないですか。そうしましょう」


 両手を組んで顔を近づけてくるアリアーシラを、「無理」とカケルは手で止める。


「夢はもう見終わったんだから」

「もう一回見ましょう。私、添い寝して差し上げます」

「良いから」とカケルは布団から出る。「ほら、着替えるから出てって」


 手を引いて立たせられ、背中を押されてアリアーシラは残念そうに、カケルの部屋から出ていく。


「今朝はトーストとハムエッグ、それとコールスローですよ」

「うん、着替えたらすぐに行くよ」


 アリアーシラが階段を下りていく音を聞きながら、カケルは「毎日みたいにこれだ」と呟く。それからふと、机に置いてある、ガラス製の小さな地球儀に目が止まった。

 さっき見た夢、まるで、地球に話しかけられているみたいだった。


 まあ、そんな訳ないか。と思いながら、着替えるカケルだった。


 コーヒーの良い香りが鼻をくすぐる中、カケルはアリアーシラお手製のオレンジジャムをパンに塗る。カリッと一口齧ると、焼かれたパンの耳の程よい堅さと、白い部分の表面だけがうっすら焦げ中はふわふわな具合が丁度良い。荒めに潰したオレンジの果肉が残るジャムが、さっぱりした甘みと、ほんのり酸味と苦みを伴いながらパンを美味しく彩る。

 それをコーヒーで流し込む至福を味わいつつ、カケルはアリアーシラに「いつも美味しい朝ごはんをありがとう」と言った。

 照れるアリアーシラに、カケルの父と母が続ける。


「アリアーシラちゃんが来てから、本当に家の中が華やかになった」


「こんなふうに仲良くご飯の支度の出来る女の子が欲しかったのよ」


「いやあ」カケルの父と母は言う。「(カケルを)生んで良かった」


 父と母の態度に疑問を感じつつも、カケルはハムエッグを箸で器用に切ると、口に運ぶ。こちらも玉子の黄身と白身の柔らかさ、ハムの火の通り具合と完璧である。単純な料理だからこそ、技術の差が出るが、アリアーシラは本当にすごいなと、カケルは感心する。さらに彼女は、朝食を用意しつつ、お弁当まで作るのだ。素晴らしいとカケルは思い、また、着々とアリアーシラに心と生活を侵略されていることに気が付きもしない。


「カケル」父が口を開いた。「ゴオライガーのパイロット、辛くはないか?」


 不意の質問に、カケルは少し驚いた。


「うん。大丈夫。正直、俺自身がやりたくてやってることでもあるし」

「そうか」

「アリアーシラちゃんも」母が口を開いた。「大変だったら言ってね?エナジウムフレームが配備されたんだから、あなたたちが無理して戦う必要ないのよ」

「ありがとうございます。でも、私も自分の意志でやっていますから、大丈夫です」


 父と母がカケルとアリアーシラのことを心配しているのが、二人には伝わった。なんとなく嬉しくなって、二人は顔を見合わせてにっこりと笑った。

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