7.大人たちの決断。
女性型ティオーン、ティオーン・ヒッシオに乗ったマジョーノイは、アポイントメントの近くまで来ると、ティオーン・ヒッシオの膝を地面に付けた。
「ギックー部長、リゴッシ副部長、聞こえますか?マジョーノイです」
マジョーノイは通信機に話しかける。いつもの彼女らしい覇気がなく、声は弱々しい。
「私です、ギックーです。酷い暑さだが無事です。誰だ、こんな酷いアポイントメント射出を行ったのは!死傷者ゼロを歌うアポイントメント戦争にあるまじき行為だ!どうぞ」
ギックーの文句を聞いて、少しほっとするマジョーノイ。
「わたくしじゃありませんよ、どうぞ」
「でしょうな!殺されるかと思いました。まあ、どの道このままでは、戦闘開始時間まで持ちそうにもありませんが。どうぞ」
「弱気なことをおっしゃらないで。今回のアポイントメント射出を行ったのは『地球攻略企画部』の者たちです。どうぞ」
「企画部!確かに奴らはアポイントメントの射出権限を持っているが、何故急に。どうぞ」
「とにかく、先ずはそこから出てから。お話はそれからにいたしましょう」
そう言ってマジョーノイは、ティオーン・ヒッシオの持つ細身の剣を地面に突き立てようとする。
「待て」
止めたのはゴオライガーだった。
「迂闊に掘れば、落盤が起きる可能性がある」
ゴオライガーの拡声器から聞こえる伝の声に、思わずマジョーノイは操縦桿から手を放し、両手で口を塞ぐ。
「その声は!まさか、あなたなのですか!伝!」
「はっ!君はまさか、マジョーノイ、マジョーノイなのか!」
「ああ」とマジョーノイは涙ぐむ。「まさか、まさかあなたがゴオライガーのパイロットだったなんて!」
マジョーノイの声に、伝は震えながら一度目を閉じ、そして開いた。
「僕には分かっていた。君が、この星の人間じゃないことも。だからいつか、もしかしたらこんな日が来ることも分かっていた」
「伝——」
「僕は、このときが来たら言おうと思っていた。僕は、君を愛している。こんなことで、君を失いたくはない!」
「伝!わたくしもです!」
ひしっと抱き合うゴオライガーとティオーン・ヒッシオ。あまり、美しいとは言い難い光景である。
「伝さん」冷静な顔で、カケルは彼からゴオライガーの操縦権を奪うと、ティオーンからゴオライガーを離した。「悪いけど、あまり時間がないんだ。俺は生き埋めになってる人たちを助けたい」
カケルの脳裏に、ギックーとリゴッシの笑顔が、トンネル掘削機の周りで働いていた人たちの顔が流れる。
「助けるって、どうするんですか!?」
あまりに真剣過ぎるカケルの表情に、アリアーシラに不安が過る。
「こうするんだよ!」
カケルは自分の腕を、ゴオライガーの腕を振り上げる。
「轟雷剣!」
ラインフォートレスから射出された剣を、ゴオライガーは受け取る。カケルはゴオライガーにアポイントメントを斬らせるべく、轟雷剣を構えた。
「カケル君、自分の行動が分かっていますか?」
アリアーシラは聞いた。
「分かってる」
カケルは答える。
アリアーシラはギックーとリゴッシのことを思い浮かべる。
「——私には、止められません」
アリアーシラがそう呟いたときだった。
「待ちたまえ」
神宮路の声だった。
「カケル君、アリアーシラ君。君たちにその責任は負わせない。これは、君たちより大人である我々が取るべき責任だ」
ラインフォートレスの艦橋で、神宮路はすっと右手を上げた。
「ラインマシン司令官として命ずる!カケル君、そのアポイントメントを斬りたまえ!」
驚くカケルの顔を見てから、神宮路はもう一つのモニターに映るディアドルフ大統領の顔を見た。
「これでよろしいですな、大統領」
「うむ。ときとして人は、誰かの命の上に立たねばならんことがあるが、いまがそのときではない。君たちの決断を支持する」
「アポイントメント戦争規定違反による10個ものアポイントメント残留は痛いですが、それでも雌雄が決する訳ではありませんからね。聞いての通りだ。やりたまえ、カケル君!」
神宮路の言葉に頷き、カケルはアポイントメントを見つめる。そのときだった。
「そこまでだ!」
獅子をあしらった輝ける宇宙船ダンライオンが、ゴオライガーの頭上を通過する。そしてダンライオンは高速に人型に変形すると、そのまま落下し、ゴオライガーに飛び蹴りを食らわせる。轟雷剣で受け止めたゴオライガーは、大きく後退させられた。
「止めろ」
ファーストのその声は、怒鳴り声ではなかったが、十分な威嚇を伴う迫力があった。
「そこを通してくれ!」
カケルの返す言葉にも、その威嚇に負けないだけの意志の強さが篭っていた。
対峙する、ゴオライガーとダンライオン。あまりにも強大な力を持つ二つの機体が刃を交えるたびに、鋼は火花を散らし、大気はうねり、力は波動となって木々を揺らした。
「戦闘開始前のアポイントメントへの接触はご法度だ!剣を引け、ゴオライガー!」
「嫌だ!」
「聞き分けのねえ野郎だ!ならば知りやがれ、宇宙の正義の力を!」
「俺は、俺の正義は、負けない!」
地上での戦いが地下に悪影響を及ぼすのを嫌い、空中に戦いの場を移すゴオライガー。ダンライオンはそれに続く。
「てめえらの気持ちは分からなくはねえ。だが、宇宙の法は破らせん!」
ゴオライガーの水平斬りをダンライオンは弾く。轟雷剣を弾かれたゴオライガーは、弾かれた力をそのままに、手首の捻りで流して上段から斬り付けた。
「命よりも大事な法があってたまるか!」
ゴオライガーの上段斬りを、ダンライオンはすれすれで躱す。
「雷光・轟雷覇斬——」
必殺技を放つべく、ゴオライガーが剣を構える。
「お前が雷の剣ならば、俺は雷を断つ剣!食らえ!
同じく必殺の剣を放つべく、ダンライオンが構えたときだった。
にゅうっと、両機の間に割って入る巨大な顔。
「互いに引け、馬鹿ども。そんなエネルギー同士がぶつかったら、一帯が消し飛ぶぞ」
空間投影されたゼオレーテの顔が言う。
「邪魔をするんじゃねえ」ダンライオンが剣をゼオレーテに突き付ける。
「急がないとギックーさんたちが!」ゴオライガーは剣を構える。
「撤回する」
「えっ?」
「何っ?」
「アポイントメントを撤回すると言ったんだ」ゼオレーテは言った。
「何だと!?」ファーストは言った。「アポイントメントの撤回は、無条件でアポイントメントを一つ失うんだぞ?しかも撤回することによるマイナスペナルティーは3だ。それでも良いのか!」
「仕方あるまい。人命が掛かっている。しかもその中には、私の大事な部下もいるのでな。待たせたな、ゴオライガー。撤回の手続きに、思いの外手間取ってしまった。私の部下も助けようとしてくれたことには感謝する。ありがとう」
そう言ってゼオレーテが指を鳴らすと、アポイントメントが砕け、霧散していく。崩れた地面の土がこれ以上入らぬよう、慌ててティオーン・ヒッシオが両手で土を抑えた。
消えたアポイントメントの穴から見える人々の安堵の表情に、ギックーとリゴッシの無事な顔に、カケルは心から良かったと思い、アリアーシラは、マジョーノイは、涙ぐむ。
「撤回後の再設置時は、戦闘開始までのカウントは継続だったな?」
ゼオレーテがそう言うと、可能な限り支障のない場所へ、再度アポイントメントが打ち込まれる。
「やれやれ」ダンライオンは剣を引く。「冷や冷やさせやがって。後はルール違反、するんじゃねえぞ」
ダンライオンは宇宙船に変形すると、あっという間に飛び去って行く。
「さて」ゼオレーテの顔が言う。「後のことは頼んだぞ、マジョーノイ」
○
「手加減はしませんよ、伝」
「僕もだ、マジョーノイ。だがその前に」
ゴオライガーは不自然なくらいにティオーン・ヒッシオに近付く。
「マジョーノイ!」コックピットから顔を出す伝。
「伝!どうしたんですか!?」
同じくコックピットから出たマジョーノイの所へ、伝はラインテクターのパワーで飛び乗る。
「君に、伝えたいことがある」
伝はそっと、両手をマジョーノイの肩に置いた。
「この戦いが終わってからも、僕は君と一緒にいたい。君に降りかかる困難とは、『僕が戦う』」
「うわあ!見ましたか!?カケル君!」
大はしゃぎするアリアーシラをモニター越しに見ながら、コックピットが別で良かったとカケルは思う。
「ゼールズ式のプロポーズです!素敵ー!」
うっとりした表情で伝を見て、マジョーノイは「はい」と答える。
「じゃあ」と伝はゆっくりマジョーノイから手を放す。「この戦いも早く終わらせないと」
「そうですね」マジョーノイは伝を見つめる。「でも、わたくしは負けませんよ」
「それでこそだ」と言いながら、伝はコックピットに戻る。
マジョーノイは伝の姿が見えなくなったのを確認してから、コックピットのハッチを閉じた。
ゴオライガーとティオーン・ヒッシオはお互いに距離を取る。少しの間静寂があってから、ティオーン・ヒッシオが動いた。
ティオーン・ヒッシオが手を前に翳すと、10機のタイラードがゴオライガーを取り囲む。対して伝は、デスペラード・ブラスターをゴオライガーに構えさせた。
「行きなさい!」
マジョーノイの声を合図に、タイラードは一斉に光弾を発射する。四方八方、あらゆる角度から迫る光弾を、カケルの操縦でゴオライガーは躱し、躱しきれない光弾をアリアーシラがゴオライガーのバリアで防ぐ。高速に動く機体の中、伝は10機すべてのタイラードに照準を合わせ、引き金を引いた。
一瞬の静寂の後、10機のタイラードは爆発する。
「これほどとは。ですが、まだわたくしは負けません!」
細剣を構えるティオーン・ヒッシオに、ゴオライガーも大地に刺した轟雷剣を抜く。
「やあっ!」
ティオーン・ヒッシオは剣でゴオライガーを鋭く何度も突いたが、その攻撃は轟雷剣に弾かれてしまう。反撃に出たゴオライガーの横薙ぎを剣で受け止めたティオーン・ヒッシオの中のマジョーノイまで、ビリビリと衝撃が伝わった。
何というパワー。これがゴオライガーか——。
マジョーノイがそう思った瞬間、カケルの「ライトニング・バインド」の声とともに発せられた稲妻の束に、ティオーン・ヒッシオは拘束される。
「雷光!轟雷覇斬!」
しまったとマジョーノイが思ったとき、すでに前方にゴオライガーの姿はなく、破壊されたアポイントメントがティオーン・ヒッシオの後方で砕け散った。
マジョーノイは一つため息を吐くと、ティオーン・ヒッシオをゼールズ戦艦へと帰還させる。
「今日の所はまいりましたわ、ゴオライガー。ですが、次はこうは行きませんよ。それと、後から連絡くださいね、伝」
○
「今日はすべてのアポイントメント落下地点で、地球側の勝利です!」
ラインフォートレスの艦橋で、8個目のアポイントメントをEFが破壊する映像に、珍しく花音が感情的に言った。
「これで地球側の残留は7個、ゼールズ側の残アポイントメントは28個。状況によっては次の戦闘で、地球側の勝利が確定です!」
「ついにここまで来たか」神宮路が感慨深げに言う。
「僕としても」鼻を掻きながら伝は言った。「早く戦争が終わってくれるに越したことはないね」
「あっらぁー」鼻の下を伸ばして来花が言う。「意味あり気じゃなーい?聞いてたわよ、プロポーズ」
「ははは!」神宮路は笑う。「では今日は、祝勝と伝君のおめでとうを兼ねて、私の所で御馳走するとしよう!」
伝と来花が「いえーい!」と喜ぶ中、あまり浮かない顔をするカケルとアリアーシラ。
「どうしましたか?」と、花音が聞いた。
「また、樫太郎とお鈴はいないのかなあって」
「最近、あんまり付き合ってくれませんから」
二人の顔を見て、花音は微笑む。
「大丈夫ですよ。きっと今日はいらっしゃいます。お二人とも」
○
たくさんの配線の繋がった黒いラインテクターを身に着けた樫太郎が、目の前の黒と黄色の装甲を見上げる。
「また、出番なしで終わっちまったなあ」
「良いのよそれで。苦戦してないってことなんだから」
たくさんの配線の繋がった黄色いラインテクターを身に着けた鈴が答える。
「このままじゃ、ゼールズとの戦争自体終わっちまうぞ」
「だから、それならそれで良いでしょ」
「まあ、そうなんだけどさ。でも、乗って戦ってみたいよな」
「そうね。折角だから一度くらいはね」
「俺の——」
「あたしの——」
「「ツインラインに」」
二人がそう言って見上げた先には、全長27メートルの巨大な、黒と黄色のロボットが立っていた。
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