5.来花やらかす。

 ひなびた中華料理屋。それが第一印象だった。

 美味しいものを食べに行く、そのイメージからはかけ離れた店だなと、ギックーとリゴッシは思う。

 暖簾はしまってあって、本日貸切の札が店先に下がっていた。その札を見ながら、カケルは来花に続いて店に入る。


「いらっしゃい」

「いつもわがまま言ってごめんねー」


 店主と来花は知り合いのようだった。皆に向かって、来花は言う。


「ここ、元神宮路財閥の保安部だった人がやってるの。だから秘密保持にかけちゃばっちりよ。店は汚いけど、料理は美味しいし」


「聞こえてるぞ」と店主は来花に言う。カケルたちの姿をちらと見て「また、墓の下まで持ってくのが増えそうだな」と愚痴った。


「ごめんね」と言いながら来花は神宮路印のプリズムカードをちらつかす。「今日も儲けさせてあげるからさ」


「しょうがねえな」と店主は顎で中央のテーブルを指す。来花はそのテーブルに皆を座らせた。


「どうする?」店主は来花に聞く。

「大人組はビール。この二人にはご飯と、何かみんなでつつけるおかずをお願い。チンジャオロースとか、レバニラ炒めとか。あと餃子」

「あいよ」


 店主はビールの栓を抜く。来花はコップを並べながら、「何か飲む?」とカケルとアリアーシラに聞いた。


「サイダー!」

「オレンジジュースください」


 来花はかぽんかぽんと瓶の栓を抜き、カケルとアリアーシラの前に置く。それからギックーとリゴッシのコップにビールを注ぐと、自分のコップにも、ビールを注いだ。来花はそれを一気に飲み干すと、再び自分のコップにビールを注ぎながら、ビールを不思議そうに見るギックーとリゴッシに言う。


「地球のお酒よ。飲めるでしょ?」


 言われて二人は、コップを手にして顔を見合わせると、頷きあってからコップに口を付けた。泡の甘みの後にやってくる苦み、炭酸に最初は驚いたが、乾いた喉に冷えたビールは心地よかった。


「美味い」


 ポツリと言うギックーに、「良かったわ」と笑顔で答える来花。それから下唇を噛んで難しい顔をしているリゴッシを見て、「ジュースのほうが良い?」と聞いた。


「姫様と同じものを」


 恥ずかしいのか、それとももう酔いが回ったのか、赤い顔をするリゴッシに、来花は「ふふっ」と笑ってオレンジジュースを用意する。

 来花は自分の席に座ると、大きく伸びをした。強調された胸に、ギックーとリゴッシは顔を赤くする。来花はそれから大きく息を吐くと、笑顔で言った。


「私ね、今日、やらかしちゃったの」


          ○


「これは、どういうことですか、司令——」


 神宮路邸にあるラインマシン指令部の司令室で、来花は神宮路にパラライザーを向けていた。彼女の睨む先には、神宮路とそしてモニターに映るゼオレーテの姿があった。


「来花君。これは、説明の必要があるようだ」

「お願いします。ことと次第によっては、引き金を引くことも理解してください」

「そうだな」

「司令は、敵と内通していたんですか?以前、トルニダンの空港での一件のとき、あなたは珍しく取り乱した。ゼールズへの反感を強めてはいけないと。そのとき私が感じた疑問は、正解だったということかしら」


「私から説明しよう」モニター越しに言うゼオレーテを、神宮路は「大丈夫だ」と制する。


「司令、あなたは一体何をしていたんですか?そうやって二人は繋がっていて、カケルたちの戦いを笑っていたんですか?」

「そこまでです、来花」


 来花の死角から、パラライザーを彼女に向けながら、花音が現れる。


「パラライザーを下しなさい」

「姉さん!姉さんも知っていたのね」

「良いから、パラライザーを下しなさい」


 ゆっくりと、来花はパラライザーを下す。だが、いつでも撃てるよう、引き金からは指を離さない。


「では、説明して貰えますか、司令」


 睨む来花を、神宮路は真剣な顔で見返す。


「分かった。先ず、カケル君たちの、そして君たちの戦いを笑ったことなど一度もない。それだけは間違いなく誓おう」


「私もだ」ゼオレーテも言った。「私も命に代えて、君たちとの戦いを笑ったことなど一度もない。もちろん、勝敗に関して、私と神宮路が何かを画策したりしたこともない。ゼールズの戦士に誓って、このアポイントメント戦争は穢れ無きものだ」


 二人の声のトーン、表情に、確かに嘘はないことを来花は感じる。


「我々が連絡を取り合うようになったのは」ゼオレーテは続ける。「君たちのパイロットが、我がゼールズ支店を強襲した後からだ」


 アリアーシラをカケルが迎えに行ったときの話が出たことに、少しだけ来花の気持ちが緩んでしまう。いけない、と彼女は気を引き締める。


「あの一件には私も驚いた」神宮路が微笑む。「アポイントメント戦争外の戦闘行動としてペナルティーを取られるのじゃないかと、ひやひやした。だが、宇宙連合機構のファースト担当官の計らいで、私とゼオレーテはコンタクトを取ることになった」

「お互い、あれは身内の不始末のようなもの。ルゥイ補佐官も係っていたことから、今回はペナルティー外とすることにファーストも納得した」

「それからだ。私とゼオレーテが時折連絡を取るようになったのは」

「始めは罵詈雑言の掛け合いばかりだったがな。しかし次第に、私はこの神宮路という男が、信頼に足る人物なのではないかと思えてきた」


 来花はため息を吐くと、「つまらない話ね」と、肩の力を抜いた。


「まあ聞け」ゼオレーテは続ける。「私は神宮路に、ある問題を協力してもらえないかと聞いた。我が、ゼールズ太陽系方面攻略支店の民についてのことだ。我が二万人の民から、火星に永住したいという声が出ている。いつ果てるとも知れない惑星探査の旅より、この地の開拓を望む声が多いのだ」

「そうなれば火星のゼールズと地球は、有人の隣星となる。私は地球の人々に、隣人に悪い印象を抱いて欲しくないと思ったのだ」


「やれやれ」と、来花はパラライザーをホルスターに戻す。それを見て、花音は安堵のため息とともにパラライザーを下した。


「結局」来花は言った。「このアポイントメント戦争、どっちが勝っても仲良しでいましょうってことね。実際、ゼールズに反感を持ってるのは一部の活動家ぐらい。ワイドショーが連日叩いてるのはディアドルフ大統領の不倫疑惑。思惑通りいってますね、司令」


 そう言って来花は、司令室から立ち去ろうとする。


「姉さん?」


 来花は花音のパラライザーを指差す。


「使うときはセイフティ、外した方が良いわよ」


 指摘されて花音は、顔を真っ赤に染める。

 司令室から出ていく来花の背中に、神宮路は「来花君」と声を掛けた。

 振り返った来花は、にっこり笑うと、「明日もよろしくお願いします」と言った。


          ○


「もう私何だか恥ずかしくって、飲まずにいられない気分だったのよ!」


 そう言って一息に飲み干した来花のコップに、リゴッシがビールを注ぐ。


「支店長——」目頭を押さえるギックー。「それほどに民のことをお考えであったとは」

「話聞いて良かったね」リゴッシはギックーのコップにもビールを注ぐ。

「俺も話聞いちゃったけど、良いのかな?」


 話が一段落ついたとみて運ばれてきたレバニラ炒めを見ながら、カケルは来花に聞いた。


「良いでしょ!こんなしょうもない話!わざわざ秘密にするなっての!それにしたって腹が立つのは、何であいつだけ知ってるのよ!双子なのに!ちなみに私、今日そんなだったから、あんたたちのこと見ても全然驚かなかったもんねえ!」


 ギックーとリゴッシを見ながらけらけら笑い、ビールをがぶ飲みする来花を見ながら、荒れてんなあとカケルは思う。そのときふと、レバニラ炒めを取り分けてくれているアリアーシラの元気があまりないことに気が付く。


「どうしたの?」

「最近、樫太郎君とお鈴ちゃん、放課後かまってくれないと思いませんか?」

「うん、今日も用事だ、とか言って二人とも」

「何だかお料理取り分けてたら、二人の分無いなって悲しくなりました」

「気を使ってるんじゃなぁーい?」来花がにやにやしながら二人に言う。

「だとしたら余計だよ」カケルが答える。「アリアーシラとはどうせ、家に帰ってからも顔突き合わせるんだから、そんなことしなくても良いのに」


「家に帰ってから?」その言葉に、ギックーは反応する。


「カケル君!君!まさか姫様と一緒に暮らしているのか!」


 ギックーにがくがくと揺さぶられて、カケルは口からレバニラが出そうになる。


「へえ、やりますねえ、姫様」ニヤリとするリゴッシ。

「まあ、親付きだけどねえ!」ゲラゲラ笑う来花。


 そのとき、皆は何か重苦しい重圧に気が付く。その重々しさたるや、店主の中華鍋を振るう手が一瞬止まるほどだ。


「どうせとは何ですか?」


 重く暗い重圧を纏ったアリアーシラが、カケルの頬を両手で抑える。まるで氷風呂に突っ込まれたような寒気が、カケルを襲う。


「私とのことを、ど・う・せとは何事ですか?」


 カケルは蛇に睨まれたカエルが如く、全く身動きがとれない。


「相変わらずだね、姫様」


 呟くリゴッシに、ギックーは答える。


「そうだな」

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