4.伝とマジョーノイを確認せよ。

 ゼールズ太陽系方面攻略支店支店長室のソファーへと雑に座り込むと、ファーストは足を組んだ。

 普段あまり見かけないスーツ姿の女性がお茶を運んでくる。ファーストを恐れているのか、カップがコトコトと揺れた。


「ほう、地球産のコーヒーか」

「なかなか悪くないぞ」


 ゼオレーテは自分の所に置かれたカップを手に取り、香りを楽しむと一口飲んだ。

「ふーん」と、ファーストもカップを手に取る。コーヒーの香ばしい香りを鼻に感じながら、一口含むと、芳醇なコクと豊かな酸味が口の中に広がる。


「確かに。悪くねえな」


 表情には全く出さなかったが、ファーストの好みの味だった。


「今日は、あの三人組はいないのか?」

「うむ。皆、出張で出払っている。こちらの上層部での妙な立案のせいで、三人とも地球に行っている」

「そいつは御苦労なことだな」

「で、今日は何の用だ?」


 ゼオレーテに聞かれて、ファーストはチラとスーツ姿の女性を見た。視線に気が付いたゼオレーテは、女性に退室を促す。


「用があれば呼ぶ。表に出ていろ」


 言われて女性は、思わず安堵の表情を浮かべて退室した。それを確認したファーストの口が開いた。


「奴に動きがあった」

「奴——、トルニダンか?」

「ああ、そうだ」

「何があった?」

「最悪の展開だ。以前、奴が『禁忌』に接触しようとしている形跡があったことは、知らせた通りだ。そしてまた、動きがあった」


 ファーストの口から出た禁忌という言葉に、ゼオレーテの表情は硬くなる。


「どう、動きがあったのだ?」

「相変わらず、禁忌と接触しようとしている形跡を見つけただけだ。宇宙連合機構の捜査官が奴のアジトに駆けつけたとき、そこはもぬけの殻だった」


          ○


 プリムルム捜査官の指示で、廃屋の周りにはガスマスクとパラライザー、個人用飛行機能を有したジェットパックを装備した特殊部隊がぐるりと囲む。

 プリムルムがすっと手を上げ、それから上げた手で対象の廃屋を指さす。とたん、十数人の特殊部隊が一斉に廃屋に突入した。

 突き破られる、窓、ドア。攻撃に警戒しつつも、隊員たちは流れるように通路を、部屋を、瞬く間に制圧していく。

 プリムルムは隊員に付けられたカメラからの映像を確認しながら、発砲や爆発がないことに注意する。どうやら手遅れだったか。トルニダンの姿どころか、時間稼ぎの罠すらないとは。

 隊員に案内されて、プリムルムは和服にアーミーブーツといった奇妙な出で立ちで廃屋の中を進む。そしてかつてリビングだった部屋に着いたとき、彼女の顔色が変わった。


「これは——」


 部屋に散乱する、書籍、地図。様々な宇宙文字で書かれたそれらに囲まれるように、壁に掛けられた巨大なタペストリー。


 プリムルムはそのタペストリーを睨みつける。


 タペストリーに描かれる、抽象画。惑星の周りに、たくさんのロボットが飛び回り、それと戦う生物の群れ。その生物の中でも一際大きなものが、惑星の上に鎮座している。黒く、禍々しく描かれたその生物の形は、地球の『蚊』に似ていた。

 怒りに任せ、タペストリーを壁から剥ぎ取るプリムルム。すると、タペストリーに隠されていた、壁の文字が現れる。文字を見たプリムルムは、「変態野郎」と呟く。


 壁にはつたない日本語で、こう書かれていた。


『もうすぐだよ』


          ○


「今、宇宙連合機構は総力を上げてトルニダンの行方を追っているが、情けねえことに奴の足取りは掴めていない」


 そう言ってファーストはコーヒーカップを手に取った。一口潤すと、話を続ける。


「お前には残念だが、場合によっちゃ、お祭り騒ぎ(アポイントメント戦争)どころじゃ無くなる」

「ああ」

「まあ、精々そうならないように祈っとくんだな」

「ああ。奴のターゲットは地球。そしてその手段は——」

「そうだ。『宇宙怪獣』だ」


          ○


「ターゲットはまだ現れません。そちらの状況は?どうぞ」


 リゴッシの持ってきていた通信機で、やり取りをするカケル、アリアーシラのチームとシップー兄弟。


「こちらも動きはありません。どうぞ」

「了解しました。引き続き看視を続けます」


 公園のベンチで通信機に答えるカケル。その横で神宮路生命ビル社員通用口をじっと見つめるアリアーシラ。その瞳には、猫の子一つ逃さないですよと言った強い意志が見て取れた。

 対する、生命ビル正面入り口の見える喫茶店にて見張りをするギックーとリゴッシ。ただでさえ目立つ巨漢のリゴッシが、一段と目立っていた。

 四人の目的はただ一つ。仕事帰りの伝とマジョーノイの接触が狙いである。先ずは二人の確認。それが急務であり、その後のことは誰も考えていないと言う体たらくである。

 目撃者である鈴への聴取は、彼らの確信を一段と押し上げた。


「良っく覚えてないけど、そんな感じの人だったー」


 鈴にマジョーノイの画像を見せるという手段もあったが、残念ながら誰も彼女の画像を所持していなかった。

 本当のところ、皆、結果などはどうでも良かったのかもしれない。最早そこに到達するための過程が重要になりつつあった。狩猟型人間の悪いところである。


「ああ!」と大きな声を出したい所を、アリアーシラはグッと飲み込む。代わりにガクガクとカケルを揺さぶりながら、小声で言った。


「来ました!マジョーノイです!」


 言われてカケルもその方向を見るが、アリアーシラの揺さぶりになかなか焦点が合わない。


「待ってますよ!伝さんのこと待ってる感じです!」


 揺さぶりが終わって漸く焦点が合えば、確かにゼールズ太陽系方面攻略支店であったことのある女性がそこに立っている。


「きゃー!ドキドキしますね!」


 俺は君に抱き着かれていることにドキドキするよアリアーシラ。と、今度は意識の焦点が合わなくなるカケル。


「伝さんが来たら確定ですよ!どうしましょう!」

「いちゃついてるねえ、お二人さん」


 にゅうっと、カケルとアリアーシラの顔の間にもう一つ顔が収まる。二人の間に入って二人の肩を抱くのはとても見知った顔だった。


「来花さん!」


 同時に声を上げるカケルとアリアーシラに、来花はニヤッと笑う。

 そこでカケルは、限界を迎える。腕を抱くアリアーシラと、肩を抱く来花の柔らかい部分が、彼に意識をするなと言うほうが無理なレベルで押し当てられている。そう、限界を迎えたのは、彼の鼻の毛細血管であった。


          ○


 カケルの鼻血騒ぎの最中に、すっかりマジョーノイの姿は消えていた。


「ごめんなさい」


 鼻にティッシュを詰めたカケルが皆に謝る。


「大丈夫?」優しくリゴッシが覗き込む。「どうしたんだい?何かぶつかったのかい?」

「大丈夫です。質問に答えると、また出そうです」

「いやーしかし」ポニーテールの頭をぽりぽりと来花は掻いた。「伝さんの相手がゼールズの人だったとは」

「まだ確定ではないですが」


 困った顔で首を傾げるアリアーシラ。


「まあ、ほとんど決定みたいなもんでしょ?」

「状況証拠ばかりで、確定事項がないですがな」ギックーが答える。

「うーん」と来花は悩むと、スマホを取り出した。「呼び出す?」

「いや、それは待った!」と、カケルとアリアーシラは止める。

「そうなの?」とスマホを来花はしまう。「それが簡単なのに」

「先ずは、静観しましょう」アリアーシラは言った。「特に両陣営、問題が起きている訳でもありませんし」

「ところで」カケルは来花に聞いた。「どうして来花さんはこんなところにいたの?」

「何よう。暇だからプラプラしてちゃ悪い?」

「いや、そんなことないけど」

「暇だったから、仕事上がりの伝さんでも誘って飲みに行こうかと思って。でも最近彼、付き合い悪いのよね。ま、理由は言うまでもないけど」


 そこまで言って来花は、皆の視線が自分に集中していることに気が付く。


「あ、もちろん、私は彼に恋愛感情とかないわよ。多分、彼も。だから変な勘繰りはやめてよね?」


 彼女の言葉に皆、なんとなく納得して視線を逸らす。


「そんなことより」来花は言う。「私には、この状況もかなり特殊なんだけど?」


 言われて顔を見合わせる四人に、来花は続けた。


「まあ、これも何かの縁ってやつ?良し!縁があったら美味しいものを食べに行こう!それが一番!」

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