3.お弁当を食べよう。

「遅刻した上に、叔父に見学をさせたい?駄目だ駄目だ」


 お願いするアリアーシラを断り、面倒臭そうに手で追い払うゴリ松。思わず、手が出そうになるのをギックーとリゴッシは我慢する。自分よりも戦闘力の高い二人のことなど気が付きもせず、ゴリ松は続ける。


「神宮路、お前は四人のなかじゃあ一番まともだと思っている。だから、これ以上変な問題を増やさないよう——」

「許可しましょう」


 ゴリ松を遮って口を開いたのは教頭だった。


「しかし教頭!」

「お黙りなさい」


 細面の教頭は、大分後退した額で、ずい、とゴリ松に顔を近づけた。


「あなた、この学校が、神宮路財閥から寄付して頂いてる額はいくらかお分かりか?」

「それはその——」

「あなたなど何人も雇ってお釣りがくる金額です。便宜、図らって下さい。良いですね」

「承知しました」


 苦々しい顔をしながらも、了承するゴリ松。「見学でも何でもしろ!」とぞんざいにアリアーシラに言った。


          ○


「良かったですね、ギックー、リゴッシ」


 廊下を歩きながらアリアーシラに言われて、二人はコクコクと頷く。


「地球に来たものの、行く当てもなく、助かりました」

「姫様に会えて良かった」


 安堵の表情を見せるギックーとリゴッシに、アリアーシラは微笑む。


「二人とも、姫様はよしてください。私はここでは、とある資産家の姪で通っています。あなた方はその私の叔父。叔父が姫様とか言っていたらおかしいですよ?」


「了解しました!」敬礼するギックーに、「仕様がないですね」とアリアーシラは笑った。


          ○


 アリアーシラと鈴が持って来たお弁当と、購買から買い足した惣菜パン。屋上では、ちょっとしたピクニック状態になっていた。


「ちょっと、凄い絵面ね」


 鈴がぽつりと言う。六人中、半分が地球人、半分はゼールズ人。しかもそのうち四人は、交戦経験のあるパイロット。現在の情勢を考えたら、とんでもない会食である。

 アリアーシラが用意した、俵型のおむすび、筑前煮、さやえんどうのお浸し、アスパラガスの肉巻き。そして鈴の作って来たBLTサンド。

 アリアーシラの影響なのか、鈴は自分でお弁当作ってくるようになったなあ、と思いながら、カケルは筑前煮を口に含む。


 ——美味い。


 いつものことながら、アリアーシラの料理には驚かされる。先ず、一口目の印象が強い。こんなに美味しく作れるものかと驚かされる。本人は、「やるべきことを手を抜かずにやっているだけです」と言っているが、このタケノコの味の浸み込み具合と来たら。抜群である。塩辛過ぎず、甘過ぎず、非常にご飯を口の中へ呼び込みたくなる味をしている。恐ろしい。この人は胃袋から人心を掴む術を知っている。


 見れば、カケル以外にも、人心を掴まれた人間のここは、集まりである。


「今回は鶏肉の代わりに、カジキマグロの角切りを使ってみました」


 にっこりと、アリアーシラは微笑む。


「毎日のこの時間だけは」箸を握りしめながら、樫太郎が言う。「本当に、本当に、貴様のことが羨ましいぞカケル!」


「なんでこんなに上手に出来るのかしら」さやえんどうを口に運びながら鈴が言う。「あ、これほんのり塩味だ」


「私は嬉しいですぞ!」ギックーは目頭が熱くなる。「また手料理を口に出来る日が来ようとは!さらに腕を、上げましたな!」

「姫様の料理も美味しいけど、この三角の表面がカリカリしたのも美味しいね」


 BLTサンドを手にしたリゴッシが、「姫様は禁止だぞ!」とギックーに怒られた。



「すごーい!プロレスラーみたい!」


 左腕だけで鈴をぶら下げるリゴッシを見ながらカケルは、伝さんとどっちが力持ちだろうなどと考える。そんなカケルに、ギックーが声を掛けた。


「ピーチ君」


 その名を呼ばれてカケルは、申し訳なさそうに言った。


「ごめんなさい。俺はピーチじゃなくてカケルって言います」

「謝らんでも良いよ、そうか、カケル君か。じゃあ彼も?」

「パーチじゃなくて樫太郎です」

「カシタロウ君か。いや、彼の行動には参ったよ。あの判断力、部下にも学ばせたいものだ」

「あれは、俺も驚きました」


 カケルが答える。

 鈴をぶら下げたまま、リゴッシはくるくる回りだす。「きゃあー!」と鈴ははしゃいで、遠心力で振り上がった彼女の足が、見事に樫太郎の腹部を抉る。崩れ落ちる樫太郎を見ながら、ギックーはカケルに言った。


「カケル君」

「はい」

「君たちとの戦いも、残りわずかだ」

「言っちゃって良いんですか?戦略がばれますよ」

「少し状況の読めるものなら気が付いているだろう」

「後、2戦か3戦といったところですね」

「そうだ。それで私たちとのアポイントメント戦争は終わる。君は、その後のことを、考えれるかね?」


「それは——」カケルはタブレットケースからラムネを取り出すと口に含む。「俺たちが勝った後ですか?それとも負けた後ですか?」


「そうだな——」ギックーは空を見た。この星の空は、青く、そして深い。「我々が勝ったならば、この星は我らの属星となり、ゼールズの庇護を受ける。他星からの侵略はゼールズが引き受け、君たちは守られていれば良い。だが、君たちが勝った場合は——」


「宇宙に数多ある侵略者と、いつ果てるともしれない戦いを続けなければならない」


 アリアーシラはカケルの横に寄り添いながらギックーの言葉に続けた。彼女の行動に、ギックーは驚きを隠せなかった。


「俺は戦います」カケルはガリッと、ラムネを噛んだ。「戦える限り、必要とされる限り、俺は戦い続けます」


 カケルの瞳に宿る決意に、ギックーは戦士の姿を見る。良い場面だ。なんとも良い場面だとギックーは思ったが、あまりにも別のことが気になり過ぎる。


「姫様、あの——」

「また姫様になってますよ、ギックー?」

「この少年、カケル君の恋仲は、マジョーノイではないのですか?」


 マジョーノイ。なんか聞いた名だなと、カケルは思う。アリアーシラは、嫌な予感が当たっていると思い、表情を曇らせた。


「はっ!まさか!」ギックーの表情が険しくなる。「カケル君!君は姫様とマジョーノイの二股かけているんじゃないだろうね!」


 首をぶるぶると左右振る、カケルとアリアーシラ。


「どういうことだ?私はてっきり、マジョーノイは敵状視察と称して、君に会いに来ているものだとばかり思っていた」


 カケルはそこで、マジョーノイの名前を聞いた相手が、伝だということを思い出す。伝とゼールズの幹部が恋仲になっている可能性に突き当たり、カケルの眉間はしわが寄り、口が半開きになる。やるせねえなあという気持ちだった。

 カケルがアリアーシラを見ると、彼女は強張った笑顔でこちらを見ている。


 言葉が出ないカケルであった。

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