4.激闘!少女対ルゥイ。

 戦闘開始8分前——。


 きつい。


 カケルはゴオラインのコックピットから、毛髪まみれの5機のタイラードを見る。

 何というか、ビジュアルが厳しい。

 タイラードと毛髪は、蠢き、うねりながら、蛇のように、人のように、形を変えながら動き続ける。そして中心にある溶けた蝋のような赤い瞳が、ずっとこっちを凝視している。

 視線が重いなあ。と、カケルは思った。


「あれ?」アリアーシラが、少し気の抜けた声を発した。「あれは、髪食様ではありません」

「はい?」

「宇宙生物です」

「うちゅうせいぶつ!?」


 思わず、カケルと伝は同時に言った。


「はい。宇宙生物です」淡々とアリアーシラは答える。「宇宙生物『ヘッドイーター』。生物の、特に雄の頭髪を非常に好み、その頭髪をエネルギー化する能力を持った生物です。強度の念動力を使用するため、危険な生物です。副産物として、田畑を潤す能力を持っているので、これを使った違法農家が後を絶ちません」


 宇宙生物と怪奇現象ではだいぶ違う。一縷の望みを感じながら、伝は頭皮を擦った。


「アリアーシラ」カケルは少しガックリしながら言う。「そこまで知っててよく気が付かなかったね?」

「ええっ!?だってあのときは、怪談とか怖い話だと思ったんですよ!まさか、宇宙生物の話とは思いません!あ、でもこれで、怖い話じゃないから平気です」

「そうか」と渋い顔をするカケル。「あれ、でも何で俺だけ髪が大丈夫なんだ?」

「それはね」来花から通信が入る。「君の腕のお守り、その組紐から、対念動力フィールドが形成されているわ。それが原因ね」


「なるほど」とカケルは組紐を見た。あの子のお蔭で助かっちゃったな。


「ホラーかと思ったら」助からなかった伝は言う。「意外とこんな落ちか。まあ、男にとっては十分にホラーだけど。あとは倒せばハッピーエンドと願いたいねえ!」


「戦闘開始10秒前——。5,4,3,2,1戦闘開始」


 アポイントメントから、女性の声が告げる。

 直後に、ヘッドイーターの髪の毛が伸び、先端のタイラードをゴオラインに叩きつけて来る。ゴオラインがぎりぎりで躱すと、地面には大きな穴が開いた。


「すごいパワーです!」


 取り込まれたタイラードの放つ熱線を避けながら、アリアーシラは言う。


「くらえ!」


 伝はグランラインの砲身から光弾を放つ。光弾は瞬時にヘッドイーターの毛髪に着弾したが、ダメージを与えることなく、すり抜けてしまう。


「駄目だ!効かない!」


 舞う土煙、吹き飛ぶ廃屋、襲ってくるタイラード。蝋のような赤い瞳を中心に、まるで蛸のような形に変貌したヘッドイーター。その足先にタイラードを括り付ける毛髪を、ゴオブレードで叩き斬るが、切れた毛髪はすぐに元通りに連結してしまう。


 戦いながらカケルは、気になることがあった。


「こいつ、時間を守った」


「どうしたんですか、カケル君?」クウラインは絡みつく毛髪を、錐揉みしながら振りほどく。


「時間を守ったんだ、アリアーシラ!」

「それがどうした!?」タイラードを叩きつけられたグランラインが、軽く宙に浮く。「意思の疎通でも図れるって言いたいのか!」

「でも、時間を守るくらいの理解能力があるんです!」

「——分かりましたカケル君」アリアーシラはクウラインのバリアで毛髪を切断する。「でもこのままでは危険です。合体しましょう!」

「僕も賛成だ」伝はグランラインの砲撃でタイラードを撃ち抜く。


「良し!合体だ!」


 カケルが、アリアーシラが、伝が、そしてラインフォートレスの艦橋でアフロの男が、それぞれの前にある『G』のマークのボタンを押す。とたん、3機のラインマシンから膨大なエネルギーが溢れた。

 グランラインがゴオライガーの腰から下を、クウラインが胸から上に変形し、最後に腹部に変形したゴオラインを挟み込むように合体する。頭部が露出し、胸に『G』のマークが輝く。


「輝け雷光、轟け雷鳴、蒼き地球を守るため。雷神合体ゴオライガー、正義の光をその身に纏い、猛き雷ここに見参!」


 ゴオライガーの出現に呼応するかのように、ヘッドイーターもまた、立ち上がり人型を成す。


「来ましたね、ゴオライガー」


 ゴオライガーの頭部の横に、白地に紫の花の和服の少女が現れる。


「待っていましたよ」

「君は——」カケルは組紐を貰ったときのことを思い出す。「さっきはありがとう。お蔭で俺の髪は、ふさふさだよ」

「良かった。あなたの髪が無くなってしまうのは、私、忍びないと思ったの」


 そう言ってゴオライガーの頭部を少女は見つめる。このとき、アリアーシラは直感的に、この少女が自分に害をなす存在だと認識した。


「プリムルム捜査官ー!」


 突然の大音響に、皆はそちらの方を向いた。見ればヘッドイーターも、律儀にそっちを見ている。声の主、ルゥイの、彼女の宇宙船からの大音響は続く。


「探しましたよプリムルム捜査官」


 和服の少女は、「ちっ」と舌打ちした。


「プリムルム捜査官ー?あ、これですねー?例の宇宙生物。おー、見事に成長しちゃって!」

「うるさい!」


 和服の少女『プリムルム』は、不機嫌に怒鳴りつけた。だがルゥイは止まらない。


「大丈夫ですかぁ?そんなところいて。あ、そうか、光学迷彩完備、レーダーにも映らない仕様で個人用対ショックバリアを備え付け、飛行能力まである宇宙連合機構お墨付きユニットを装備してるから大丈夫ですねー」


 プリムルムの帯に付いた大きなリボンがそれである。


「うるさいうるさーい!せっかく私が今から、神秘的な少女のふりをして、カケルに「そんなところにいたら危ないよ」とか言われたりして甘い空気に浸るつもりだったのにい。失敗じゃない!」

「捜査官、資料で見たときから、随分カケル君のことお気に入りでしたもんね。全く、良い歳してお元気ですねえ」


 にやにやと鼻の下を伸ばしてルゥイは言う。


「おい。それ以上言うなよ」


 プリムルムはルゥイの宇宙船を睨んだ。だが、ルゥイは続ける。


「カケルくぅん!聞こえてる?気を付けてね。この人、プリムルム捜査官なんて可愛い名前してるけど、宇宙でも特別長寿の種族だから。見た目こそ幼い少女だけど、実際は200歳過ぎのババ——」


 額に怒りの筋を浮かべながら、カチッと、プリムルムは手に持ったスイッチを押す。

 ドカーンと、マンガみたいな効果音に、カケルは音の方を見た。

 ルゥイの宇宙船のコックピット辺りから煙が噴き出し、よろよろと宇宙船がよろける。


「あはははは!ざまあ見ろ!」


 笑うプリムルムに、宇宙船から光子バルカンが飛んでくる。弾はゴオライガーの肩を翳めつつ、プリムルムにゴン!ゴン!と着弾した。


「ぐきゅう!」


 変な声の出るプリムルムを、ルゥイが笑う。彼女なりの可愛さアピールなのだろう、胸を、尻を強調した勝ちポーズをとりながら。


「あはははは!見たかこの年増!ばぁーか!ばぁーか!」


 バリアで防いだとはいえ、かなりの衝撃にプリムルムは意識を保とうと頭を振る。


「この桃色変態娘がぁっ!」


 プリムルムが再びボタンを押すと、ルゥイの宇宙船の後部からドカーンと火の手が上がる。これはダメだった。浮力を失った宇宙船は、ルゥイの悲鳴とともに、ひらひらと地面に不時着する。


「ふん。仕掛けた爆弾は一つじゃありませんのよ?」


 高笑いするプリムルム。カケルが、伝が、ヘッドイーターが、目の前で繰り広げられた凶行に、引いていた。ただ一人アリアーシラだけが、プリムルムに深い警戒心を持ち、その澄んだ青い瞳でらんらんと彼女を睨んでいた。


「カケル?」プリムルムはゴオライガーの顔を撫でる。


 カケル君を呼び捨てにした!と、アリアーシラの警戒心は高まる。


「カケル、聞こえてる?」


 プリムルムの問いに、カケルは「うん」と答えた。ゴオライガーの感応システムのせいで、メインパイロットのカケルの頬には、プリムルムが触れる感触があった。


「あなたにお願いがあるの」

「お願い?」

「私はあの、ヘッドイーターを保護したいの。協力してくれる?」

「そういうことなら」カケルは微笑む。「もちろん協力するよ。どうすれば良い?」

「あの」プリムルムはヘッドイーターの瞳を指さした。「目玉と毛髪を切り離して欲しいの。後は、私がやります」

「分かった。良かったよ、俺、何だかあの宇宙生物を殺してしまうのは気が進まなくって。ほかの方法があるなら、本当に良かった」

「カケル。私の思った通り優しい人——」


 プリムルムはゴオライガーの頬に寄りかかる。

 アリアーシラの警戒心が限界まで高まる。

 プリムルムはそっと、ゴオライガーの口元辺りに口付けした。


「これはお礼の前払いよ」


 とりあえず見た目は少女の唇の感触が、カケルに伝わる。


「いやあああああああ!」


 アリアーシラの悲鳴が響き渡り、ゴオライガーの顔に、コックピット内のカケルの顔に、次々と現れるバリア。六角形のそれには、接触禁止とかSTOPとか、文字が標識みたいに書き込まれていた。


「何なんですか、あなたは!?」

 叫ぶアリアーシラ。バリアに囲まれて、プリムルムは身動きが取れない。

「あら。こんな少女にやきもち?」

「少女でもおばあちゃんでも一緒です!カケル君にはお触り禁止なんですぅ!」

「触ったのはゴオライガーよ?」

「感応センサーのことくらい分かってますよね絶対!」


「カケル君のばかぁ」と涙目になるアリアーシラと、老婆のようににやにや笑うプリムルム。その拮抗を破ったのは、ヘッドイーターだった。

 ヘッドイーターの長く連なった髪の先端に付いたタイラードが、遠心力を伴って、ゴオライガーに叩き付けられる。やり取りを律儀に見ていたヘッドイーターが、ついに痺れを切らしての攻撃だった。先ほどまでよりも速度、威力ともに上回る攻撃が、ゴオライガーを襲った。


 ガッキィィィィィィン!


 ゴオライガーが展開した強固なバリアと、ヘッドイーターが叩きつける力に挟まれて、ぐしゃぐしゃに潰れるタイラード。


「邪魔をするなぁ!」


 同時に叫ぶアリアーシラとプリムルムの気迫に、怯えるヘッドイーター。


「おっかねえ」と呟きながら伝は、長銃デスペラード・ブラスターを構える。「くらえ!」


 グランラインの主砲を速さ、威力ともに上回る光弾が、ヘッドイーターの毛髪に風穴を開ける。


「ああ、あれが僕の髪じゃありませんように」



「グラビティ・プレッシャー!」


 アリアーシラがその名を口にすると、ヘッドイーターの毛髪に絡まったタイラードの頭上に六角形のバリアが出現する。バリアがゆっくりと回転すると、タイラードの胴体が捻れ、徐々にタイラードを押し潰して行く。数秒後には、複数の爆炎が上がった。


「今よ、カケル!」


 プリムルムの声に、カケルが答える。


「ライトニング・バインド!」


 稲妻の束がゴオライガーの腕から発せられ、ヘッドイーターを束縛する。

 カケルが右手を天に翳すと、ゴオライガーもその手を天に翳す。


「轟雷剣!」


 ラインフォートレスから射出された、ゴオライガーの身の丈ほどもある長剣が、ゴオライガーの右手に握られた。ゆっくりと、ゴオライガーは轟雷剣を正眼に構える。


「「雷光!轟雷覇斬!」」


 カケル、アリアーシラ、伝の三人が同時に声を発すると、三人のラインテクターが虹色の光を発する。ゴオライガーから溢れ出る強力なエネルギーが、まさしく雷の光の如く輝き、凄まじい速さでヘッドイーターの瞳から毛髪を削ぎ落とした。



 毛髪を失い、弱ったヘッドイーターの瞳は、あっという間に萎んで行く。萎んだヘッドイーターの大きさが金平糖くらいになると浮力も失い、すっと落ちていく所を、プリムルムが試験管のような容器で受け止めた。

 試験管に蓋をしながら、すっかり大人しくなったヘッドイーターを、満足気に見つめるプリムルム。

 そのとき、ヘッドイーターから離れた大量の毛髪が、眩いばかりの光を放ち始める。まるで幼い女の子が歌うような音を発しながら、掌大の光の球になって空へと飛んで行く。

 その光景はゴオライガーが、タンポポ畑にて綿毛の風に吹かれているかのようであった。

 飛んで行った光の玉は、自衛隊員の、ラインフォートレスのクルーの、ゼールズ戦艦の搭乗員の、神宮路の、伝の、そしてもう亡くなった過去の人たちのお墓に到着すると、元の持ち主の毛髪へと変わって行った。


          ○


「恐ろしい敵であった——」


 神宮路がアフロのヅラを取ると、彼本来の頭髪がもさっと広がる。


「出来ればもう二度と、戦いたくないものだな」


 アフロを小脇に抱えながら、神宮路は呟いた。


          ○


「口直しです!」


 カケルの頬を両手で掴みキスを迫るアリアーシラに、カケルは彼女の肩を押さえて抵抗する。


「良くない!こんな形で初キスは良くない!」

「どんな形だって構いません。とにかく、清めなければ」

「実際、キスされたのはゴオライガーだから。俺じゃないし!」

「感応システムの制度の高さは知ってますよ?」


 アリアーシラに言われて、その感触を思い出し、カケルは頬を赤くする。


「いや、それはその——」

「カケル君は私とキスしたくないんですか!?」

「いやちょっと待て、なんでそうなる」

「私たち、婚約者なんですよ、なのにキスも駄目だなんて。カケル君は、私のことが嫌いなんです」


 俯くアリアーシラに、カケルは対応に戸惑う。


「嫌いなんて、そんな訳ないじゃないか。ただ——」

「ただ?」

「伝さんや、来花さんや、整備員さんのたくさんいるここじゃ嫌かな」


 ラインフォートレスの格納庫で、直接見てはいないものの、みんなが聞き耳を立てていた。

 急に周りに気が付いて恥ずかしくなるアリアーシラ。


「そうですね、ここじゃ、駄目ですね」

「うん。そのときになったら、俺は嫌がらないよ」

「はい。分かりました」アリアーシラはカケルに背を向け、立ち去ろうとしてから、もう一度振り返る。「そのとき、楽しみにしてます」


 ご機嫌で去っていくアリアーシラの背を見ながら、にゅうっと伝がカケルの横に現れる。


「ところで、どっちだったんだい?」


 ポンと、カケルの肩に手を置く。


「感触は少女?それともおばあちゃん?」


「その質問には答えませんよ」


 カケルは深く、ため息を吐いた。

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