3.会議中は控えて下さい。

 戦闘開始40分前——。


「あああ、ああ——」


 はらはらと抜け落ちる髪に、なす術も無い伝。


 突然どうしたんだ?今までだって、あの辛かった、前の会社時代だってこんなことは無かったのに!


 抜け落ちた髪すらもが、手の中からすり抜けていく。それはまるで、最近上がり調子だった自分の人生が、またも、掌から流れ落ちていくかの如く。


 これから、これからというときに!


 伝は強く、両足の太ももを己が両手で叩いた。

 マジョーノイとあんなに上手く行っていたのに!急にこんな、カミングアウトが必要な事案に見舞われるだなんて!

 ギュウと、両の拳を伝は握る。


 そうだ、こんなことは早く告げてしまおう。


 スマホを取り出すと、伝はマジョーノイに電話をかける。


「はい、わたくしです、伝」

「僕だ、マジョーノイ。今、大丈夫かい?」

「はい、少しなら」

「そうか。突然だが君は、男性の毛量には執着があるかい?」

「突然ね。無いことは無いけれど、もし、あなたに何か起こったならば、それは甘んじて受け入れるわ」

「流石、僕の惚れた女性だマジョーノイ。実は、僕はもう、何もないくらいに禿げてしまった」

「まあ!それは大変です!お気持ちをしっかり持って!」

「ありがとう。君の気持ちが変わりはしないか、それだけが気がかりだよ」

「わたくしの気持ちは——。伝、そんなことでは変わりませんよ」

「そうか、良かった!」


 そこでマジョーノイは、「秘書官、いくらなんでも会議中に困るよ」と、ギックーから注意される。


「すみません、またかけ直します」

「ごめんね。でも、君の声が聴けて良かった」

「わたくしもです、伝——」


 マジョーノイとのやり取りの余韻に浸りながら、伝はスマホの画面を消す。

 マジョーノイさえ、気にしないなら、まあ、これはこれで、シャンプーとか楽そうだな。


          ○


 戦闘開始28分前——。


 グランラインからふよふよと空を漂って行く頭髪に、カケルは何か異常な事態が起きていることを認識する。

 伝さんに何かあったのか!


「伝さん!」


 コックピットを叩くカケルに、伝はハッチを開く。


「大丈夫ですか!ええっ!?」


 伝のスキンヘッドに、一瞬怯むカケル。


「何で君は」伝はカケルの頭部を見て、彼の頭髪がふさふさなのを確認する。「平気なのかな?」

「分かりません。何が起こってるんですか?」

「原因は分からん。だが、この近辺にいる男性にのみ発症している。上(ラインフォートレス)も、酷い有様らしい」


「髪食様の祟りです」


 アリアーシラはカケルの横にひょっこり顔を出すと、不吉なことを言う。


「ここはきっと、カケル君と樫太郎君が見ていたあの本の、守杭村なんです」


 アリアーシラの発言に、不安を掻き立てられ、カケルは自分の頭髪を気にする。


 大丈夫だ、まだある。


「にわかには信じがたいけど、その意見を否定する材料もないね。アポイントメントの件が終わってから、調査してみよう」

「良く分からないけど」伝がつるつるの頭皮を撫でる。「もし治るなら、いくらでも協力するよ」


          ○


 戦闘開始2時間14分前——。


 巨大な岩の前に立つ石の杭に、ピシッとヒビが入る。そのヒビを合図に、石の杭は割れ、ぼろぼろと砕け落ちる。そこまでは、経年劣化による破損に見えた。

 芯のように残った石が、不自然に砕け散る。それは、経年劣化などではなく、何らかの力による作用に見えた。

 ごとごとと、巨大な岩が動く。

 中からするりと、毛髪の束が現れる。

 毛髪の束は蛇のようにうねうねと動くと、急に勢いよく空へと飛んで行った。

 数分後、毛髪が飛び去った先から、巨大な物質が飛来する。


 アポイントメントだ。


 落下したアポイントメントは、岩に突き刺さり、砕き、両断する。割れた岩の下から洞窟状の祠が現れ、その中から、蠢く毛髪がぞろりと這い出した。

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