第7話「髪の行方」
1.かみくいむら。
戦闘開始1時間40分前——。
ざくりと音を立てて、二人の自衛隊員が廃村の道だった場所を歩く。草の生え方から、この村から人がいなくなって、かなりの時間が経っているのが分かる。それでも、アポイントメントが刺さったこの廃村に、避難すべき対象がいるかどうかの確認は、行わなければならなかった。
「何だってこんなところに。しかも今回のアポイントメントは1個だけだと?」
「前回の戦闘で、10個のアポイントメントを使って、こちらが破壊に失敗したのは3ヶ所。いくらEFが実戦配備されたとは言っても、国ごとの保有数は2、3機程度、国連にすらたったの5機だ。アポイントメントを同時複数展開されたら、どうしても手薄になるところが出てくる」
「その通りだ。なのに今回は何で1個だけなんだろうな。まあ、異星人の考えることは分からんがな」
「全くだ」
「ははは」と笑う二人の自衛隊員。そのとき、草むらがガサッと、ある程度の大きさのものが動く音を発した。
「何だ!住民がいたのか?」
「自衛隊です!ここは間もなく戦場になります!避難してください!」
近づく自衛隊員の前にのっそりと現れたのは、大きな体の雄猿だった。
「猿か」
「そうだよな、まさか人がいるわけないか」
「ははは」ともう一度笑いあう二人の隊員。
じっと、猿は彼らを見つめた。
その視線が気になって、猿を見返す隊員。
「おい止せよ、あんまり野生の生き物と、目を合わせるもんじゃない」
「おい、なんか変じゃないか?」
「え?」
言われて見た猿の頭に、全く毛が生えていないことに気が付く。気付いて見れば、それは異質な光景だった。
「何だ?」
「禿げてるのか?」
目をそらさず、二人の隊員を見つめる猿。
はさり。
隊員の額に沿って、何かが落ちた。
「えっ?」
額を触る隊員。触ったグローブにびっしりと、毛髪が付いた。
「うわああああ!」
悲鳴を上げる隊員のヘルメットが、ごそりと大きく前後にずれた。違和感に、恐る恐るヘルメットを外した隊員は、その中に大量の、自分の毛髪が入っていることに驚愕した。
自分の髪が抜けている。そしてその髪がたっぷりヘルメットに詰まっている。
映像は、隊員の心を引き裂いた。
「はああああ!」
もう一人の隊員からも悲鳴が上がる。
彼が、震えながら自分の頭髪を掴むと、おかしいぐらいに何の抵抗もなく、ぞろりとその頭髪が抜けた。
二人の隊員は最早、パニックになりかけていた。
そこに、更なる追い打ちが。
ぞぞぞぞぞ。
抜け落ちた髪が、一斉に同じ方向へと移動して行く。二人の隊員は慌ててその髪をかき集めようとするが、するりと手の中からこぼれ、逃げて行く。
横を見ると、すっかり頭髪の無くなった隊員が、同じようにこちらを見ている。その頭部は自分も同じなのだと認識したとたん、二人の隊員は気を失い草むらに倒れた。
○
戦闘開始1時間52分前——。
「誤作動だと?」
ゼールズ太陽系方面攻略支店支店長室にて、報告を受けたゼオレーテが聞く。報告をしたギックーが答えた。
「は。地球衛星軌道上の戦艦より、誤作動によりアポイントメントを射出したとの報告がありました。報告によれば、機械に地球人のものと思われる毛髪が絡まっていたとのことですが、詳細は不明です」
「わたくしが調査に参りましょうか?」
露骨に嬉しそうな顔で言うマジョーノイに、ギックーはため息を吐く。
「秘書官、最近外出が過ぎますぞ。少しは秘書官という立場も考えて行動ください」
「はい——」としょんぼりするマジョーノイ。
「まあ、良い」ゼオレーテが口を開く。「ここにきてアポイントメントは一つでも惜しいところだが、仕方があるまい。以後、こういったことの無いよう、メンテナンスは欠かさぬよう指示せよ」
○
戦闘開始5時間23分前——。
屋上で、カケルと樫太郎の覗き込む本を、あからさまに嫌そうな顔で鈴は見る。
「あんた良くそういう本、持ってられるわねえ」
『日本の廃村と恐怖大百科』樫太郎の持って来た本である。
「あたし、そういうのは持ってるだけで何か有りそうで苦手だわ」
「あ、それなんとなく俺も分かる」
カケルが手を上げる。二人の発言に、不思議そうにアリアーシラは首を傾げた。
「本は、本ですよね。本に何か、力があるんですか?」
「そうか」とカケルは答える。「アリアーシラには分かりにくいかもしれない。これは、日本の文化の一つかもね」
「そうね」と鈴が相づちを打つ。
「日本の文化、ですか」
「うん。古くから日本では、物や文字に念や力、場合によっては意志や人格まで宿るんじゃないかって考え方があるんだ」
「だからあたし、スマホで怖いこと検索するのもダメだわ」
「ふーん。そういうものなんですね」
「俺は違うぞ!」樫太郎は胸を張る。眼鏡が陽の光に輝いた。「文字は文字、本は本、だから持ってるのも検索するのもへいちゃらだ」
「でも、そういうのは信じてんのね」
鈴は本を覗き込む。
「なにこれ、『
鈴がそのタイトルを読んだとたん、カケルと樫太郎はバッと頭を両手で押さえる。
「何よ?」
頭を押さえ恐怖の表情を見せる男二人に、鈴は怪訝そうな顔をする。
「知りたいか?」
頭を押さえたまま、樫太郎は暑苦しい顔を鈴に近づける。
「ま、まあ」
「ならば話して聞かせよう。昔、この村は髪の毛を食べると書いて『
それだけで「ひい」と、カケルは悲鳴を漏らす。
「村には伝説があった。村はずれの祠に、男性の頭髪をお供えすると、村が豊かになるというものだった。村人は祠にいるものを髪食様と崇め、奉ってきた。実際、村では、髪の毛を多くお供えする者ほど、豊かな暮らしをしていた。村一番の長者などは、月に一度のお供え物の度に、スキンヘッドになっていたと言う」
「まあ」鈴が言う。「気にしない人は、平気でしょうね」
「あるとき、この村に生まれた若者の一人が、自慢のロン毛を切りたくないと言い出した。それでも、月に一度のお供え物の日はやってくるし、村に極端に貧乏な家が出来るのは村としても困る。追い詰められた若者は、何と自分の母親の髪をお供えしてしまったのだ!」
「のだ!」の部分を急に大きい声で強調されて、アリアーシラはびっくりする。
「何故かは知らねど、女性の髪は口にしない髪食様、これには大変お怒りになった!」
タタン!と、扇子でベンチを叩く樫太郎。
「空は黒く曇り、風はゴウと吹き、今にも嵐が巻き起こらんばかりに荒れ狂う!怒った髪食様は次々に村の男どもを襲い、その頭髪をむさぼり食らう!件の若者は眉毛まで食われ、食われた毛は、二度と生えることが無かったと言う」
「いやああ!」
悲鳴を上げるカケルに、アリアーシラと鈴はびくっとなる。
「困った長老は、町の偉い坊様に相談した。坊様は祠に大きな岩で蓋をし、その手前にこれまた大きな石の杭を打った。坊様は言った。この杭が朽ちぬ限りは、もう髪食様は出て来られない。これからも代々、この杭を守っていくが良い、と。こうして髪食村は、杭を守る村、守杭村になったとさ。とっぴんぱらりのぷう」
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