5.波状攻撃、E地点。

 カケルたち、修学旅行の一行が次に向かったのは、山形県である。そこで山寺、立石寺に立ち寄った。

 お土産物屋が立ち並ぶ観光地然とした所を抜けると、そこからの参道はほぼ山道である。展望台などもあり、山間部の広大な景色を一望出来る。


 カケルたち仲良し四人班は、鉄壁の守りをしていた。教師側の目論見としては、若干問題行動のある四人を、仲が良いことに纏めておけば楽だろうぐらいの考えであった。しかしこれが、他の生徒たちのカケルたち四人に対するアプローチの難易度を、飛躍的に高めたのである。普段からプライベートでも仲の良い四人の結束力と他のものが入り辛い雰囲気はいかんともし難い。


 しかしここで、単純な作戦が功を奏した。


 カケル、樫太郎、両名に於ける写真部という地位を利用した、波状攻撃である。

 まずはカケル、樫太郎、どちらかをお気に入りの女子が、「写真を撮ってくれ」と彼らを呼び出す。そしてその隙に、壊れた布陣へアリアーシラと鈴をお気に入りの男子が突入。彼女たちの撮影に成功するというものである。


 偶発的に編み出されたこの方法に、生徒たちは歓喜した。


 ちなみに、カケルと樫太郎は以前はそんなにモテる方ではなかった。だが、アリアーシラの存在が彼らの希少価値を跳ね上げた。アリアーシラというとんでもない美少女の存在が、それまでは気になるかならないか微妙、ぐらいだった二人の存在を、「気になるかなあ」まで引き上げたのだ。

 ちなみに鈴は、割と美形なこともあってか、暴力的な女性が好きだという特殊な嗜好を持つ男子から人気があった。


「頼光くーん」

「二根くーん」

「写真撮ってー」


「いや、しょうがないなあ」とか、「写真部だからなあ」とか言って、へらへらと頭を掻きながらカメラを構えるカケルと樫太郎。


 不機嫌になるアリアーシラと鈴に、ここぞとばかりに写真を撮らせて貰いに来る男子。この図式は、完璧なものになりつつあった。

 一人の少女が、壊してしまうまでは。


「頼光くん」


 カケルに写真を取って貰った少女が、カケルに近づく。


「良かったら、今度の日曜日、一緒に買い物行かない?」


 少女の言動に、樫太郎はごくりと唾を飲む。アリアーシラは、カケルの所に走り寄りたい気持ちを、ぐっと我慢した。鈴は道端の石を、カケルに投げつけるべく拾った。

 頬の赤い少女に、カケルは申し訳なさそうに微笑んだ。


「ごめんね」

「え?」

「誘ってくれるのは嬉しいんだけど、そういうことしたら、アリアーシラが傷つくだろうから。だから、出来ない。ごめん」


 少女はカケルの答えに、俯き、「気にしないで」と答えると走り去る。

 樫太郎は深く安堵の息を吐き、鈴は石を元に戻すと、手の土を払った。


「カケル君!」

 

走ってきたアリアーシラが、カケルに抱き着く。思わずひっくり返りそうになるカケル。


「カケル君!大好きです!」


 ピピーと笛を鳴らしながら担任教師が、

「お前ら抱き付くな!」と怒鳴ってきたが、なかなか離れようとしないアリアーシラだった。


          ○


「E地点、不審な影は見受けられません」


 僧侶に変装した来花が言う。岩場の陰からカケルたちを覗く姿に、女生徒が「気持ち悪い」とひそひそ話ながら通り過ぎる。


「なむあみだぶつ!」


 突然、来花が女生徒に向かって叫ぶと、女生徒は驚き、悲鳴を上げて去って行った。


「ふっ、ちょろいわね」


          ○


 修学旅行の旅は続く。途中、山形県米沢市にある上杉神社にお参りしつつ、福島県会津若松市へと向かった。


 立石寺での一件以降、終始アリアーシラはご機嫌である。ラグビー部顧問を務める担任教師、通称『ゴリ松』に立石寺での行動に注意は受けたものの、普段、品行方正である彼女へのお咎めは無かった。

 かくして、カケルとアリアーシラに対する、修学旅行イベントは終わりを告げる。不幸なことにカケルの一大モテ期は、彼のほぼあずかり知らぬ間に終焉して行くのである。


「あの二人には、今の所、隙が無い」


 そう判断した者たちは、各々、残りの修学旅行を楽しもうとか、2番目に気になっていたあの人に切り替えようとか、それぞれに散って行った。


「強者たちが、夢のあと」


 ポツリと、樫太郎が呟いたと言う。


 旅館に到着し、食事を終えた後、アリアーシラはお土産売り場にいた。会津若松の名産である漆塗りの、小さな櫛の根付を手に取る。


「うわあ、可愛いです」


 根付を手に微笑むアリアーシラに、カケルは声を掛けた。


「買ってあげようか?」


 声に振り返り、頬を赤く染めるアリアーシラ。同じロビーフロアで新聞紙片手にくつろぐゴリ松に気を使い、カケルに抱き付くのを我慢する。


「そんなこと言うと、甘えてしまいますよ?」

「うん」


 アリアーシラは感極まって、小さくぴょんぴょん跳ねる。「カケル君、やっぱり大好きです」と喜ぶ彼女を見る鈴。


「ん」


 樫太郎の胸の辺りに、赤い牛のキーホルダーを押し付ける。


「あ、何だ?」

「何だじゃ無いわよ。買って貰ってあげても良いってことよ」

「何で俺が?」

「うるさい!い・い・か・ら!」


 樫太郎の足を、鈴は思い切り踏ん付ける。樫太郎は悲鳴を上げた後、しぶしぶと財布を開くのだった。


          ○


「と、ゆふ訳で、これは正義の戦いなのでひゅ」


 寝言を言うカケルを見下ろす、樫太郎と同室の男子二人。


「何が今夜は語り明かそう、だ」


 樫太郎はカケルの顔を押す。


「言い出した奴が真っ先に寝やがって」


 イライラしながらカケルを見下ろす三人。


「ありあふゅら」


 何を思ったかカケルは、『ありがとうございました』を意味する『ありがっした』を寝言で言う。最悪なことにそれは、『アリアーシラ』に聞こえた。


「てめえ!ブッコロす!」


 キレた男子生徒が、カケルの胸倉を掴んで持ち上げる。


「てめえだけ幸せになりやがって!許さん!」


 心の叫びである。


「簀巻きにしてやれ!」


 もう一人の男子生徒が、カケルを布団でくるんで転がす。そこで目を覚ましたカケルは、「うわあああああ」と転がった。


「うひゃひゃひゃひゃ!」樫太郎が写真を撮りながら笑う。「修学旅行はこうでなくっちゃなあ!」


 バターン!


 不意に襖が大きな音を立てて開く。


「バカもーん!何をやっとるか!」


 ゴリ松登場。

 廊下に正座させられるカケルたち四人。


「お前のせいだ」と睨む男子生徒二人に、全く事情も飲み込めずに「?」マークだらけで困惑するカケル。樫太郎だけが、「これでこそ修学旅行」と満足気だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る