3.いら立ちと笑顔、及びB地点通過。
中尊寺の後、一行は平安様式の庭園跡、毛越寺を観光する。
「素敵——。ここでお茶会もやるんですって」
鑓水の流れる芝生の所で、鈴はうっとりする。にっこり笑ってアリアーシラは答えた。
「お鈴ちゃんの作った器でやってみたいですね」
「あら、アリアーシラ、恥ずかしいわね、もう」
アリアーシラに言われて、照れる鈴。一方、カケルは同じクラスの女子二人に声を掛けられていた。
「頼光くーん」
「ん?」
「写真撮ってー」
「良いよー」
特に他意もなく、ニコニコと写真を撮りに行くカケルに、鈴は眉をひそめる。
「アリアーシラさん」ぼそっと、鈴が言う。
「はい、お鈴さん」
「あいつのああいう態度、どうなんですかねえ?」
「はい。快適ではありません。景色や自然は素晴らしいのに、お鈴ちゃんたちとの旅行は楽しいはずなのに、何だか他の女の子たちの行動に、やきもきさせられます」
「それはね」ふふんと、鈴は物知り顔で言う。「修学旅行の成せる技よ。みんな、これを機に意中の異性との距離を縮めようと躍起なの。学校と言う普段の環境から放たれ、普段と違う景色の中で改めて燃える、もしくは新たに萌える恋心。いつもは無理と思う相手でも、この旅行中なら何とかなるかもしれない。ああ、イベントマジック」
「じゃあ、私、ピンチなんですかぁ!?」
そう思ってアリアーシラが見るカケルに、樫太郎が近づく。「救世主登場?」と、彼女は眼を輝かせた。
「三百円」
指で三の数字を作って女子に見せる樫太郎に、アリアーシラと鈴は「最低だ」と項垂れる。
「えーお金取るのー?」
「こっちも一応、部活でやってる訳だから。その代わり、良い写真撮りますぜえ?」
「良いよそんなの」カケルがあっさり断る。「お金儲けできるほどの腕じゃないし」
「うわあ、頼光君やさしー。でも、確かにただじゃ申し訳ない気がしてきた」
「じゃあ、後でジュースでも奢ってよ」
他意が無いことは解っている。しかし、分かっていても最悪の展開に、アリアーシラと鈴はがっくりと項垂れる。
「カケル君、お説教ですね」アリアーシラに黒い影が渦巻く。
「樫太郎の奴、後で暴力だわ」指をぱきぱきと鈴は鳴らす。
「あのう」
不意に男子生徒に声を掛けられ、アリアーシラと鈴は咄嗟に表情を作った。
「写真撮らせて貰っても良いですか?」
悪い気はしない!
二人は顔を見合わせると、良い笑顔を作って、カメラの方を見た。
○
「B地点通過。再度問題無し」
突然垣根の中から現れた清掃員に、カケルの同級生数名は驚く。そんなことお構いなしに来花は、頭に葉っぱを乗せたまま呟く。
「ふっ。楽なミッションだわ」
○
岩手を南下し、宮城県松島市へバスで向かう一行。カケルの隣の席は、アリアーシラの絶対死守せねばならない砦となった。
「外の風景、見える?」
自分が通路側に座り、カケルをガードするというアリアーシラの目的など知らず、呑気に言うカケル。
「はい、大丈夫です。こちらからですと、カケル君の横顔も一緒に見られて尚良いですよ」
「高速だから、あんまり景色も見えないしね」
アリアーシラは上手いこと言ったつもりだったが、カケルからは間の抜けた返答が返ってくる。
「アリアーシラ?」
「はい?」
カケルに呼ばれて嬉しそうにそちらを見たアリアーシラの目に、可愛いキャラクターの描かれたオレンジジュースのペットボトルが映る。
「飲む?」
アリアーシラは「うっ」と、声に出さずに思った。
カケル君の差し出したジュース。これは先ほどカケル君が口にしていたものだから、間接キスになるのでしょうか?だが、しかし問題は、このジュースは写真のお礼にカケル君が女の子から貰ったもの。これを飲んでしまったら、カケル君をお説教する理由がぶれぶれになってしまう。
ペットボトルを手にして、悩みまくるアリアーシラ。
そんな彼女の心境など知らずに、「どうしたの?」とカケルは聞いてくる。
ええい!負けました!
アリアーシラはこくこくとオレンジジュースを飲む。
「喉が乾いてたんだね」
的外れなカケルの言葉に負けず、アリアーシラはオレンジで喉を潤した。
○
「修学旅行をなめるなよ」
カケルの中で、樫太郎のセリフがぐるぐると回る。
クラスの女子にジュースを奢って貰った後、カケルは樫太郎に言われた。
「修学旅行をなめるなよ」
「へ?何が?」
「お前に起きること以上のことが、アリアーシラちゃんには起きると思え」
「だから何が?」
「お前、いつもよりも、女子から声を掛けられやすいと思わないか?」
「そうそう!、樫太郎って意外ともてるのかなあ、なんて思ったよ」
「バカ者!」樫太郎がカケルの頭をひっぱたく。
「良いか、修学旅行とはな、普段の学校生活から解き放たれ、集団での旅行という特別な環境の中、意中の異性といつもとは違った雰囲気で仲良くなれたりしないかなあ?とか、いつも見ているあの人が、今日はちょっと特別に見えるとか、そんな甘酸っぱい思いのめくるめく空間なのだ。いつもは声を掛けるのも無理と思ってる相手でも、えいやと勇気を出させる力を秘めているのだ」
「で?」
「で?って、バカ者!」
再び樫太郎がカケルをひっぱたく。
「普段アリアーシラちゃんに声を掛けたくても掛けられない野郎どもがどれだけいるかご存じか?」
暑苦しい顔をカケルに近づける樫太郎。そこでやっと、カケルは樫太郎の言いたいことを理解した。
「あ」
急に何だか、不安になる。
「良いかカケル。アリアーシラちゃんに限って、浮気などということはないだろうが、気にはしておけ。それとお前、あんまり無意識にふらふらするな」
カケルに注意を促す樫太郎は、そこで女子に声を掛けられる。
「二根くーん、写真撮ってー」
「はいはぁーい。只今ぁー」
カメラを手にへらへらと女子の方に行く樫太郎。そこまでの場面を、バスに乗ったカケルはぐるぐると反芻していた。
今さらだが。
今日は艶のある黒髪の、アリアーシラをカケルはちらと見る。
こんなに綺麗な子が、バスの中で俺の隣に座ってるなんて、良く考えたら有り得ないことだよな。
「外の風景、見える?」
通路側に座ったアリアーシラに、つい、ありきたりのことを聞いてしまう。
しまった。補助席に誰も座らなかったから良かったが、アリアーシラを他の男子からガードするためにも、通路側に座れば良かった。
「はい、大丈夫です。こちらからですと、カケル君の横顔も一緒に見られて尚良いですよ」
全く、何でそういうところで至らないんだろう、俺は。
「高速だから、あんまり景色も見えないしね」
折角のアリアーシラのアピールに返答するチャンスを、見事に逃すカケル。
そうだ、アリアーシラ、喉乾いてないかな。
「アリアーシラ?」
「はい?」
こちらを向いたアリアーシラの嬉しそうな笑顔に、カケルはドキッとする。
「飲む?」
差し出したオレンジジュースに、一瞬、アリアーシラの表情が固まったような気がした。
まずい。すっかり気にしてなかったけど、俺が口付けたペットボトルじゃないか。嫌かなあ。嫌だよなあ。
「どうしたの?」
反応を確かめるように、声が出てしまった。
するとアリアーシラは、手にしたオレンジジュースをこくこくと飲む。
良かった——。
安堵するカケル。
あれ、これって、もしかしなくても間接キスか!?
意識したとたん、心臓がバクバクと激しく動き出す。
「喉が渇いてたんだね」
我ながら思いもしない言葉を発する口だと、カケルは思った。
○
カケルとアリアーシラの席の後ろで、左の頬を真っ赤に腫らした樫太郎。
「何の罰ですかこれは?」
頬の赤い手形の持ち主である鈴に聞く。
「うるさい。乙女には、いろいろ日頃積み重なるものがあるのよ」
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