2.A地点通過、問題なし。

 岩手県、平泉——。

 都落ちした源義経が最後を迎えた場所とされる。また、義経主従の武蔵坊弁慶が最後に仁王立ちして亡くなったのも、この地である。


「感慨深いなあ」


 中尊寺の参道を歩くカケルたち一行。義経や弁慶に思いを馳せながら、カケルはぽつりと呟く。


「良いねえ、歴史のロマンってやつだねえ」


 樫太郎は答えながら、急な坂道の参道を歩いた。

 随分急だな。帰り、走ったら止まらねえんじゃないか?

 眩しいくらいの新緑と澄んだ空気の中を歩いていると、同じクラスの、運動部の女子たちが追い越して行く。


「バ樫太郎、撮るんじゃねえぞ?」


 樫太郎のごつい一眼レフをじろりと見て、スカートを抑えながら、舌を出して女子は、樫太郎の横を通り過ぎる。いわれの無い盗撮疑惑に、憤慨する樫太郎。


「だーれがてめえなんかの撮るか!レンズが穢れる」


「なにい!?」と怒る女子の隣で、別の女子がカケルに手を振る。


「頼光君、二根の真似したら、駄目だからね?」

「何だ!お前ら!人を犯罪者みたいに!」


 怒る樫太郎に、再び舌を出す女子。隣の女子は、バイバイともう一度カケルに手を振った。

 手を振り返しながら、カケルは思う。

 樫太郎のやつ、結構、女子に絡まれるよな。もしかしてこいつ、割ともてる方なんじゃないんだろうか?老舗有名お茶屋の次男坊で家もけっこうお金持ちだし、バカで変態でオタクだけど、意外と社交性は高いし。


 ぽりっと、ラムネを噛むカケル。


 まだちょっと頭に来ながら、樫太郎は思う。

 いっつも女子に優しくされんのはカケルばっかりだ。こいつ、無害判定みたいな顔してやがるけど、ただのバカで間抜けでオタクだぞ。でも意外と運動神経良かったり、妙な主人公属性が、引っかかる子には引っかかるのか。


 ふむ、と樫太郎は腕を組んで考える。


 前を歩くカケルと樫太郎を見ながら、鈴は思う。

 きっと、もてるだのもてないだの考えてるわね、前のバカ二人。アリアーシラも、なんでこんな奴にご執心なんだか。眉目秀麗、才色兼備、言い寄って来る男なんか山ほどいるのに。あー、あたしももてたーい。


 ふう、と小さくため息を吐く鈴。


 新緑を眺めながら、笑顔でアリアーシラは思う。

 地球の、日本の自然は本当に素晴らしいです。そして文化も。こんな綺麗なところにお寺を造るなんて、本当に素晴らしい発想です。カケル君、なにへらへらと女の子に手を振ってるんでしょうか?後で尋問です。


 アリアーシラの笑顔が強張る。


 何となく、視線が交差する四人。


 ほんの少しの間、沈黙が支配した後、誰からともなく「あはははっ」と作ったような笑い声が上がった。


          ○


「これ、初めて見るカエルだ!」

 北の方でしか見られないカエルを見つけて大興奮のカケル。


「えっきし!」

 線香を立てる所で、くしゃみをして灰まみれになる樫太郎。


「どーか、どーか、叶いますように!」

 縁結びのお堂で、これでもかと熱心にお参りするアリアーシラと鈴。


「おお!」

 全体に漆塗りでその上から金箔を貼った、黄金に輝く仏堂に感激する四人。


「いやー、なかなか見ごたえあったなあ」


 参道をだいぶ下って来た所にある、特に急な坂道に差し掛かった所で、樫太郎は感慨深げに言った。

 するとそこで、籠を背負った優しそうなおばあさんに四人は話しかけられる。


「お兄さんたち、修学旅行かい?」

「そうです」カケルが答える。「今、金色堂見てきました。素晴らしかったです」

「おお、良かったねえ、気を付けて行くんだよ」

「ありがとう」


 どん。


 立ち去ろうとして向きを変えたおばあさんの背中の籠が、カケルの背中を押す。それは小さな力だったが、急な坂道を下るカケルのバランスを崩すには十分だった。

 カケルの右足は自分の意志とは別に、素早く前方に飛び出す。続けて左、そしてまた右と、交互に、確実に加速をつけてカケルの上半身を運んで行く。


「うわああああああ」


 えらい勢いで坂道を駆け下りて行くカケルを、樫太郎は「ぶわはははは!」と笑いながら見た。いつもなら、この役を自分がやって、カケルから大笑いされている場面である。


「カケル!ぶわはは!おもしれえ!」


 くん。


 絶妙なタイミングで、樫太郎は自分の足につまずく。転ぶまいとして繰り出した大股の足に、変な加速と重圧がかかる。さらに転ぶまいと出した逆の足にも変な加速と重圧がかかり、それは足を止めることを許さない、負のエネルギーと化した。


「ぐわああああああ」


 駆け下りていく樫太郎を見ながら、鈴とアリアーシラは「ふう」とため息を吐く。


「何だかすっきりしたわ」

「はい。何だかすっきりしました」


 ※中尊寺の坂は本当に急な場所があります。怪我の危険があるので、絶対に真似しないでください。また、人の迷惑にもなるので、絶対に止めましょう。


          ○


 カケルたちとある程度距離が離れたのを確認すると、おばあさんはすくっと腰を伸ばす。

 やけに姿勢の良い巨乳のおばあさんに、その場にいたカケルの同級生はざわついた。


「ターゲットは無事にA地点通過。今のところ特に問題事項は無し」


 トランシーバに話しかけながら、おばあさんがその顔と頭髪をめくりとると、中から現れたのは来花だった。


 カケル君、良い修学旅行を送るのよ。


 来花はカケルたちの方角を見て、にっこりと笑った。


          ○


「うう、まだ膝がカクカクする」


 おじいちゃんみたいに歩くカケルに、樫太郎おじいちゃんが付いて行く。


「うう、なんだってこんなことに」


 プルプルする樫太郎おじいちゃん。

 ぐうう、と揺れているカケルだったが、お土産物屋であるものを見つけると、途端に3歳児の元気になってはしゃぎだす。


「木刀だ!木刀欲しい!」


 きゃっきゃと木刀を選ぶカケルを、鈴が注意する。


「あんたね、一体何本買ったら気が済むのよ!」


 鈴はカケルが選んだ木刀を取り上げる。


「どっか行く度に記念だって木刀買って、部屋に山ほどあるでしょう!家でも建てるつもり!?」

「その手があったか!」

「バーカ!」


 ついに鈴の拳がカケルの頭にヒットする。

 その光景を見ながら、アリアーシラはどんよりとした気持ちになる。

 カケル君もお鈴ちゃんも大好きです。でも、ときどき、二人が仲良しすぎて不安になっちゃうことがあります。

 慌ててその考えをかき消すように、アリアーシラは首を左右に激しく振った。


「許してやってくだせえ」


 どこから貰って来たのか、紙コップに入った緑茶を啜りながら、樫太郎おじいちゃんは言った。


「お鈴の奴、ずうっとああしてカケルと一緒にいたから、アリアーシラちゃんには申し訳ないとも思いつつも、距離を測りかねてるところがあるのじゃ。悪気はないからのう、許してやってくだせえ」

「はい、分かってます。でも、ときどき、羨ましくなっちゃうんです」

「ほっほ。アリアーシラちゃんは素直じゃのう」

「樫太郎君はどうなんですか?」


「ほ?」ずずっと樫太郎おじいちゃんは茶を啜る。


「お鈴ちゃんのこと」


 ぼがっと、変な音がして、樫太郎の口から茶が全部出た。


「な、何を言っとるのかのう?」

「あんまりのんびりしてると、誰かにとられちゃいますよ?」

「ほっほっほ!ほうっほっほっほ!」


 堅い表情をした樫太郎おじいちゃんの笑い声が響いた。


          ○


「修学旅行——ですか?」


 一週間ほど前、神宮路邸にあるラインマシン指令部にて、カケルとアリアーシラは花音に嘆願していた。


「どーしても行きたいんです」


 両手を組んで、小動物みたいな目で訴えるカケル。


「どうしても行ってみたいんです」


 両手を組んで、儚げな表情で訴えるアリアーシラ。


「ダメです」


 花音はきっぱりと言った。


「お二人の気持ちはお察しいたします。ですが、あなた方二人はこの星を守る要。行かせてあげたくとも、良いですとは答えられない、私の気持ちもお察しください」


「そうですよねえ」と、カケルとアリアーシラはしゅんと小さくなる。


「行かせてあげよう」


 後方から聞こえたその声に、カケルとアリアーシラは、ぱあっと明るい表情になった。


「司令——」

「花音君、彼らにとって、高校生時代の修学旅行は、人生で一度しかない貴重な体験だ。そこから学び、得るものも多いだろう。アポイントメント戦争のことならば、こちらでいくらでもバックアップ出来る。極端な話、最悪、破壊可能な時間内に、アポイントメントを破壊出来れば良い。常にラインフォートレスを待機させておけば、問題はないだろう」


 微笑む神宮路に、カケルとアリアーシラはみるみる笑顔になる。


「じゃあ、良いんですか?」

「うむ、行ってきたまえ。息抜きも必要だろう」

「先日、息抜きを行ったばかりですが?」


 花音に言われて神宮路は、少し困った顔でコホンと咳払いした。


「まあ、それはそれとして、君たち、楽しんで来たまえ」

「やったあ!」


 カケルとアリアーシラは手を取り合って喜んだ。



「本当に、よろしいんですか?」


 カケルとアリアーシラのいなくなった後、花音は神宮路に聞いた。


「問題ないだろう。もし不幸にも旅行中にアポイントメントがやってきたとしても、ラインフォートレスならば大概の場所は間に合う」

「私が心配しているのは、宇宙指名手配トルニダンのことです」


 花音に言われて神宮路は、深く息を吐く。


「確かに、心配ではある。だが、おそらく奴はもう、カケル君とアリアーシラ君個人を狙ってくることはないだろう」

「そうだと良いのですが」

「情報によれば、奴は宇宙の禁忌と呼ばれる存在にコンタクトしている可能性がある」

「禁忌。ではまさか、あの——」

「そのまさかだ。トルニダンは完全に、この地球の破壊を目論んでいる」

「あの子たちに、そのことは伝えないのですか?」

「今はまだ、そのときでは無い。地球を侵略するものとの戦いと、地球を壊そうとするものとの戦いでは、その重圧が違い過ぎる。そして願わくば、それを伝える日が来なければ良いが——」

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