第6話「カムヒア!エナジウムフレーム!」

1.行こう、修学旅行!

 獅子をあしらった宇宙船『ダンライオン』からゼールズ太陽系方面攻略支店に降り立った男を、誰もが遠巻きにした。通路ですれ違う者たちも、「いらっしゃいませ」と挨拶はするものの、決して目を合わせようとはしない。


 男の名は『ファースト』。宇宙連合機構太陽系方面担当官。補佐官であるルゥイの、直属の上司である。長いストレートの、黄金色の髪はまるで獅子の鬣の如く。見た目こそ20代の若者だったが、長身で、スラッとした体からは、年齢以上の迫力と圧迫感を感じる。顔は美形であったが、容易に直視出来ないほど、眼光は鋭かった。


「いらっしゃいませ」


 ギックーとリゴッシがファーストを出迎える。二人ともいつになく緊張している。ファーストより大分大柄なリゴッシでさえ、おどおどと目を合わせようともしない。


「どうぞ」


 ファーストは支店長室に案内された。中には相変わらず、背中を向けて待っていたゼオレーテがいたが、ファーストは全く相手にもせず、どっかりと乱暴に応接ソファーに腰を落とすと、足を組んだ。

 その動作に、ゼオレーテはため息を吐いた。


「で、今日は何の用だ?」


「俺にそれを——」ファーストはゼオレーテを睨む。「言わせるのか?」


 ただならぬ緊張感に、ギックーとリゴッシ、マジョーノイの三人は縮み上がった。

 睨み合うゼオレーテとファースト。先に折れたように、もう一度ため息を吐いたのはゼオレーテだった。


「相変わらずだな貴様は。聞くまでも無いか。アシーガ、いや、『トルニダン』のことだろう?」

「そうだ。『宇宙指名手配犯トルニダン』のことだ。奴はお前の所で、アシーガ・ツッターと名乗って潜伏していた。それに相違はねえな?」

「うむ。間違いない。ティオーンを駆る、ゼールズの戦士の一人であった」

「指名手配犯がゼールズの戦士とはな。良くなれたもんだな?」


 ファーストの問いに、恐る恐るギックーが答える。


「はい。通常、ゼールズ貴族以外の者がティオーンを駆る役職者となる場合、相応の試験と身分確認が必要なのですが、アルバイト上がりで正社員登用の者には、その確認がすっぽり抜けてしまっていまして——」


「だから、犯罪者がティオーンに乗っても気付きませんでした、か?」


 ファーストに睨まれ、ギックーは「ひぃ」と小さく悲鳴を上げる。「まあ待て」と、ゼオレーテが口を開いた。


「部下の不手際は私の不手際だ。以後、再発の無いよう注意しよう」


「支店長——」と尊敬の眼差しを送るギックーとリゴッシ、マジョーノイに、ファーストは「やれやれだ」とあきれたように言った。


「再発がねえのは結構だがな、問題は起きちまったことだ。今回のことは、お前の所と宇宙連合機構だけじゃなく、宇宙全体の問題だ。幸い、前回の戦闘については、地球側と連合側での、配信映像の差し替えで事無きを得たが、危うく、宇宙中にアポイントメント戦争のルール反故の映像が流れるところだった。あの地球のゴオライガーとやらが撃退したから良かったものの、そうでなかったら俺が出動した。そしたらこんな状況じゃあ済まねえことぐらい、お前の頭でも分かるだろう?」


「うむ」ゼオレーテは答える。「お前が介入せず、当事者の問題としてくれたことには感謝している。また、死者重傷者がいなかったとは言え、今回のことをペナルティーなしとして対応してくれた地球にもだ」


「良いだろう。殊勝な態度だ」


「ゼールズ内部に対しても、今回の事件は一部上層部のみの知ることとして処理した」


「その方が良い。何しろ今回の事件は、アポイントメント戦争法を根底から覆す事件だ。お前さんの国にとっては、恥以外の何でもないだろうからな。何にしても、アポイントメント戦争法違反と、潜伏していた指名手配犯のショッキング映像なんざ、流さないに限るからな」


「うむ。その上で我々は、今後奴の、トルニダンの動向に注意せねばなるまい」


「ああ、奴の去り際のセリフが気になる」


「妄想と思い込みによる理不尽な犯行の数々」ゼオレーテは難しい顔で、トルニダンの資料を見る。「次に奴がその凶行の的にするのは——」


「ああ」ファーストの眼光が、一層鋭さを増した。


「奴の次の狙いは——『地球』」


          ○


「点呼!1!」

「2!」

「3!」

「4!」

「よし!みんないるな!」


 きりっとした顔で、樫太郎、アリアーシラ、鈴の三人の顔を見るカケル。その表情には、決意とやる気が満ち満ちている。


「それではみんな、新幹線に乗り込むように!足もとに気を付けて!」

「サー!イエッサー!」

 変なノリでカケルに答える三人。



「重!」鈴のバッグに苦戦する樫太郎。「重てえ!何入ってんだこんちくしょう!」

「そんなこと聞く、普通?女子の嗜みよ」

「ちっ。おまえにゃ、随分不釣り合いな重さの嗜みですこと」

「ああん!?」


 怒った鈴の回し蹴りが、樫太郎の臀部を直撃する。そんな日常の光景を他所に、カケルはアリアーシラの荷物に手を掛ける。


「持つよ」

「えっ、良いんですか?」

「うん」

「わあ、カケル君優しいです!」



 修学旅行。なんと甘美な響きであろうか。いや、甘美ではない諸兄諸姉もいるであろうが、ここは甘美であるとして話を進めたい。カケル、樫太郎、アリアーシラ、鈴の四人は、その甘美な修学旅行に出発するため、この新幹線乗り場へと集まっていた。


「荷物はここに出してくださーい。必要な手荷物は別にしてバッグ等に持ってくださーい。ここに提出した荷物は旅館直行になりまーす」


 名札が付いてることを確認したカケルと樫太郎が、荷物を担当の係の教師に手渡す。


「鈴の荷物バカ重てえ。石でも入ってんじゃねえか?」


 聞き捨てならないことを言う樫太郎の一言に鈴は反応すると、ファイティングポーズをとる。両手を斜め上に広げ、片足を上げる変なポーズで応戦しようとした樫太郎に、カケルは言った。


「おいバカ。そんなことしてる場合じゃないだろう」


 カケルが肩から下げたフィルムカメラを持ち上げてみせると、樫太郎はカケルの言いたいことを理解した。


「そうだ!」樫太郎は大仰にカメラを構えると、キランと眼鏡を輝かせた。「我々に与えられた使命!そう、写真部たる我々が修学旅行に課せられた使命!それは、卒業アルバムに乗せることになるかもしれない写真を撮るということ!この写真を使用されるかどうかということは、後の進学、就職に微々たるものかもしれないが、場合によっては多大かもしれない、影響を持つことである!しかるに我々は、この一枚に、このシャッターに命を、そして魂を込めるのだ!パシャリイイ!」


 天を仰ぐようなポーズを決める樫太郎を、鈴は特に反応もなく見つめる。


「カケル、もう行ったわよ」


 新幹線の先頭車両を鈴が指さすと、アリアーシラの手を引いて早足に歩くカケルが見える。


「しまったああ!しかし駅構内は走ってはいけません」


 樫太郎は鈴の手首を掴むと、競歩選手のようにつかつかと歩き出す。




 先ずは新幹線だけでパシャリ。


 次は女の子二人をフレームインしてパシャリ。


 アリアーシラに抱き着く鈴と新幹線の先頭をパシャリ。


 女の子二人に、カケルと樫太郎が交互に混ざってパシャリ。


 興味を持って集まってきた他の生徒たちとパシャリ。


          ○


 北に向かう新幹線の車両の中、その賭場は開かれていた。

 ピリつく空気の中、カケルは手札のスリ―カードを穴が開くほど見つめる。そしてそのスリーカードを残して、他の二枚を切った。


「ツーペア」樫太郎が場にカードを出す。


「うふふ」と笑って、アリアーシラがフルハウスのカードを見せる。


「はっはっは!」カケルが高笑いして、フォーカードの手札を見せつけた。


「ざんねーん」そう言って、鈴がゆっくりと手札を晒す。「おしかったね」


 徐々に開かれた鈴の手札には、ロイヤルストレートフラッシュの役が揃っていた。


「お鈴ちゃんの勝ちー!」


 鈴は満面の笑みで腕を広げると、賭けられたお菓子をごっそりと持って行った。

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