6.動き出した破滅。

「早く来い、ゴオライガー——」


 ティオーンのコックピットで、アシーガは呟く。彼の前面にあるモニターの中では、限られた時間の中で避難する地球人の姿が見える。

 今からまだ、1時間以上も待たなければならないのか。

 逃げ惑う人々の中、ぬいぐるみを持った小さな少女が、訳も分からずこちらを見上げているのが見えた。


 これを潰したら、ゴオライガーは早く来るかな?


 アシーガはにやりと笑うと、ティオーンに剣を振り上げさせ、そして少女に向けて振り下ろした。


「止めろ!」


 ティオーンの剣を、ゴオラインのゴオブレードが受け止める。


「ははっは!」アシーガは笑う。

「本当に来たな!ゴオライガーのパイロット!お前が!お前こそが!あのときも、あのときも、私の邪魔をしたゴオライガーのパイロットなのだな!」


 アシーガの叫びと共にティオーンは、何度もその剣をゴオラインに叩きつける。背後の人々を守るため、ゴオラインは引かず、ただ、その剣戟を受け止めた。


          ○


「いかん!」


 ラインフォートレスの艦橋で、神宮路は声を荒らげた。


「花音君!映像の配信はどうなっている!?」

「50秒遅れで、全世界に配信されています」

「配信を止めたまえ。場合によっては、編集した映像を流しても構わん」


 神宮路の行動に、驚いて彼の方を来花は見る。それから直ぐに花音の方を見たが、彼女は「了解しました」とだけ返事した。


「ルゥイ補佐官」神宮路はルゥイを呼び出す。「承知とは思うが、映像の加工、編集をお願いする」


 艦橋のモニターにルゥイが映り、「はいはぁーい」と返事した。

 ぐっと、神宮路は拳を握りしめる。その表情には、動揺が見えた。いつになく感情を顕わにするその姿に、来花は驚いた。


「司令——?」


「いかんのだ」神宮路はティオーンの映像を見つめる。「ここで、こんな形で、ゼールズに対する強度の反感を、地球人に持たせる訳にはいかないのだ」


 怒りに震えてすらいる神宮路の姿に、来花は、微かな疑問を感じるのだった。


          ○


 ゼールズの戦艦の艦橋で、マジョーノイは激しく操作パネルを両手で叩いた。


「戦闘開始前だぞアシーガ!何をしている!」


 だがその声は、通信機能を遮断しているアシーガの元には届かない。

 いけない、このままでは、ゼールズに汚点を作ってしまう。

 マジョーノイは考えた。

 艦砲射撃を行うか?いや、駄目だ、ティオーンとタイラードの機動性の前では、艦砲射撃など躱され、いたずらに地球側の施設に被害を与えるだけだ。用意したタイラードもティオーンも、全てアシーガが出撃させてしまっている。

 マジョーノイは、モニターに映る、ゴオラインの姿を見た。


 後は願うしかないのか?奴を止めてくれ、地球のゴオライガー——。


          ○


「まだ戦闘時間前ですよ!武器をしまってくださぁーい!ゼールズのパイロット!」


 ティオーンの上空で、パトランプのような物を点灯させた宇宙船の中から、ルゥイがアシーガに警告する。


「あなたの行為はアポイントメント戦争法にある、違反行為でーす!直ちに停戦しなければ、こちらからの武力行使も免れませんよ!聞こえてるんですか!?」


 アシーガの乗ったティオーンは、ルゥイの宇宙船に振り返りもせず、手にした銃の銃口だけをそちらに向けた。


 やばい。


 ルゥイがそう思った瞬間、彼女の乗った宇宙船はティオーンが放った光弾を受ける。


「うっそ!ちょっと!ほんとに!?」


 煙を吐いて墜落する宇宙船。何とか地表に達する前に、クウラインの巨大な腕が、その船体を掴んだ。


「大丈夫ですか!?」


 アリアーシラからの通信に、ルゥイは答える。


「有り得ないんだけど!あいつ!人がまだ喋ってる途中でしょうが!」


 とりあえず、中のルゥイは無事そうだ、とアリアーシラはクウラインを操作し、ルゥイの宇宙船を地上に降ろす。それから、機体ごとティオーンのアシーガに向き直った。


「アシーガさん!これはなんのつもりですか!?」


 クウラインから聞こえた声に、アシーガはゆっくりと、モニター越しにそちらを見た。


「おやおや。誰かと思えば、姫様か。その機体に乗っていたとは。流石はゼールズの姫、勇猛果敢でいらっしゃる」

「あなたの目的は私でしょう?なぜこんなことをするのです!」

「姫——」クックとアシーガは笑う。「覚えてらっしゃいますか?あなたと最初の出会いは、あなたの会見の席だった。あのとき、あなたは観覧席にいる私にだけ、特別な手の振り方をした。私にだけわかるよう、特別な思いとサインを込めて」


 何か、彼に思い違いをさせてしまったのだと、アリアーシラは思った。


「——残念ですがアシーガ。私はそのようなことをしたつもりはありません」

「ご安心を。分かっております姫。あなたは嘘を言わねばならない立場なのだ。だから通路ですれ違ったときなども、その気持ちを隠して挨拶だけにとどめていらしたのでしょう?分かっております。分かっておりますとも」

「もう一度申します。そのようなつもりはございませんでした」

「おお。可哀想な姫。そうまでして、己の立場を貫こうとは。だが、残念ながら姫、私にはやらなければならないことが増えてしまった。この男を、ゴオライガーのパイロットを殺す。それが今の、今の私の生きがい!——邪魔をするな!」


 ティオーンの剣を受け止めるゴオラインに、銃口が向けられる。そのとき、ゴオラインの背後から、発砲音が響いた。


「カケル君!」


 両腕の砲身から、光弾を発射しながらグランラインが応戦に駆けつける。その砲撃に堪らず、ゴオラインから離れるティオーン。コックピットの中、アシーガは唇を噛んだ。


「おのれ、次から次へと邪魔ばかりする!係長特権により封印解除!タイラードV!」


 1機の航空特化型タイラードと、1機の射撃特化型、2機の通常型が連結し、合体する。

35メートルの巨大な人型タイラードが大地に立った。


「アリアーシラ、伝さん!」


 カケルが二人を呼ぶ。


「こちらも合体だ!」

「はい!」

「おう!」


 カケルが、アリアーシラが、伝が、そして神宮路の四人が、それぞれの前にある『G』のマークのボタンを押す。とたん、3機のラインマシンから膨大なエネルギーが溢れた。

 グランラインがゴオライガーの腰から下を、クウラインが胸から上に変形し、最後に腹部に変形したゴオラインを挟み込むように合体する。頭部が露出し、胸に『G』のマークが輝く。


「輝け雷光、轟け雷鳴、蒼き地球を守るため。雷神合体ゴオライガー、正義の光をその身に纏い、猛き雷ここに見参!」


 合体完了したゴオライガーに、右の拳を突き出してくるタイラードV。ゴオライガーはそれを、こともなげに手のひらで受け止める。タイラードVは、続けて左の拳を突き出すが、それもあっさりとゴオライガーに受け止められる。苦し紛れに頭部からタイラードVが放った砲撃は、ゴオライガーのバリアに打ち消された。


「死ねえ!」


 アシーガの叫びと共にティオーンが、手にしたその剣で斬り付けてきたが、ゴオライガーは両手を支点にタイラードVを持ち上げると、ティオーンに激しく叩き付ける。両者に、距離が開いた。


「なぜこんなことをする!」


 アシーガに問うカケルの表情は、明らかに怒りが見えた。


「まだ戦闘開始の合図もない。まだ避難も完了していない。こんなことをする、お前は一体何なんだ!」


「何か——か」ティオーンのコックピットでアシーガは笑う。「何か。そう私はただ、お前を殺したいだけ。最早ゼールズも、アポイントメント戦争も関係ない。ただ、私一個人が、お前という存在を心から消したいと思っている。ただそれだけだ!」


「なら俺は、俺の正義は、お前を許さない!」


「良いぞ!ゴオライガーのパイロット!実に上出来なセリフだ!」


 アシーガがティオーンの剣を振りかざすと、それを合図にタイラードVが大量のミサイルを発射する。

 伝はゴオライガーの左右の腰から下がる長銃、デスペラード・ブラスターを構えさせると、瞬時にミサイル群をロックオンした。


「ファイア!」


 伝の声と同時にゴオライガーはデスペラード・ブラスターを連射し、全てのミサイルを撃墜した。

 間髪入れずに、ミサイルの爆煙の中から姿を現すティオーン。構えた剣を、ゴオライガーに振り下ろす。


「障壁よ!」


 アリアーシラが展開したゴオライガーのバリアに阻まれ、ティオーンの剣は粉々に砕け散る。

「ちぃっ!」舌打ちをしながらアシーガは、ティオーンを大きく後退させた。


「今だ!」


 カケルはゴオライガーを、素早くタイラードVの懐深くまで移動させる。その速さに、タイラードVは全く反応出来ない。


「インパクトォ・ドラァイブ!」


 ゴオライガーの全身のエネルギーを乗せた拳が、下から上へと突き上がる。超大なエネルギーのアッパーカットを食らったタイラードVは、空へと舞った。


「ライトニング・バインド!」


 稲妻の束がゴオライガーの腕から発せられ、タイラードVを空中で束縛する。

 カケルが右手を天に翳すと、ゴオライガーもその手を天に翳す。


「轟雷剣!」


 ラインフォートレスから射出された、ゴオライガーの身の丈ほどもある長剣が、ゴオライガーの右手に握られた。ゆっくりと、ゴオライガーは轟雷剣を正眼に構える。


「雷光!轟雷覇斬!」


 カケル、アリアーシラ、伝の三人が同時に声を発すると、三人のラインテクターが虹色の光を発する。ゴオライガーから溢れ出る強力なエネルギーが、まさしく雷の光の如く輝き、凄まじい速さでタイラードVを斬り裂いた。


「一刀両断!」


 空中で爆発するタイラードV。その光景を、忌々しい思いで見つめるアシーガ。


「おのれゴオライガー。今の私では、貴様を破壊することは出来ないのか。——ならばどうする?どうする?」


 常軌を逸した表情で、アシーガはモニターを見ながら考える。そして、モニターの一角に映る、地平線に目が止まった。


「そうか!その手があったか!憎きゴオライガーのパイロットを殺し、私の意のままにならん姫を亡き者とする。そうだ、この星だ!この星!地球が無くなってしまえば良いのだ!そうだ地球を!地球を壊す!」


 不吉な発言と笑い声を残し、アシーガは宇宙へと逃亡して行った。


          ○


 一時間後。


「戦闘開始——」


 戦う相手のいないそこで、アポイントメントは戦闘開始の合図を告げる。

 ゴオライガーの持つ轟雷剣で、アポイントメントを斬るカケルの表情に、笑みは無かった。


          ○


「あの、誰か——」


 暗闇のビーチにポツリと声がする。


「誰か、いませんか——」


 満天の星空が、眼鏡のレンズに映る。

 砂に埋められた体はやはり、動くことはない。

 流れ星に、樫太郎は祈る。


 早く、誰かが助けに来ますように。

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