3.パイナップルパフェ追加で。
ワンピースの上に、染め物のアロハシャツを試着した鈴が、くるりと回って見せる。鮮やかな黄色に南国風の模様が可愛いアロハシャツだ。
「良いわね、お鈴ちゃん。お姉さん買ってあげちゃおうかな!」
ノースリーブにゆったりしたロングスカートの来花が、回る鈴を満足げに見る。鈴は慌てて手を左右に振った。
「そんな、いただけませんよ!」
「良いから良いから。お姉さん、高給取りだから」
微笑む来花を見ながら、そりゃあ勤めてる場所が場所だから、高給取りなんだろうなと鈴は思う。
「じゃあ、服じゃなくって、パフェ、おごって貰えますか?」
「おお、上手な切り返し。じゃあお姉さん、パフェおごっちゃおう!」
鈴はアロハシャツをハンガーに掛けながら、楽し気に服を選ぶ来花を見た。女同士の買い物がよほど楽しいのか、終始ご機嫌だ。
でも。と、鈴は足元にある複数の紙袋を見る。荷物持ちは連れてくるんだったわ。
「お鈴ちゃーん?これなんてどうかしら?」
「はいはーい。今行きますねー」
まあ、一人は子供みたいに海辺の生き物観察に行ったし、一人は埋めてきちゃったし、しょうがないか。
そう思いながらふと、鈴が店の外を見たとき、そこに伝と見知らぬ外国人の女性が歩いているのが見えた。
「来花さん、あれ——」
鈴に言われて、来花も店の外を見る。
「伝さんね」
「誰だろう、あの人」
「分かんないけど、ヤラシイ体してるわね」
あんたが言うか。と、鈴は突っ込みたかったが、その言葉をぐっと飲み込む。
「追うわよ」真剣な顔で来花が言った。
「えっ?」
「こんな面白そうなもの、見逃す手はないわ」
来花に言われて、鈴は一度彼女を見た。それから同じ真剣な顔つきになると、伝の方を見て「はい」と答えた。
○
会話が弾んでいるのか、伝は自分たちをぬるぬるとつけて来る怪しい紙袋女二人組に全く気が付かない。そして喫茶店を見つけると、そこに入った。
「お鈴ちゃんのパフェもクリア出来そうね」
「ごちそうさまです、お姉さま」
来花と鈴も、伝に続く。ちょうど良い具合に、仕切り板で区切られた斜め向かいの席に座ることが出来た。伝がこちらに背中を向けているなど、完璧である。
「何話してるか聞こえますか?」鈴がこそこそ来花に聞く。
「保険がどうだの言ってる」
「勧誘ですか?」
「違うみたい。自分の身の上話してるみたいだわ」
この土地の保険の浸透率がどの程度なのか、知りたい。そう言って伝は午後からの行動を皆と別にしていた。基本、保険の勧誘は自分の担当地域があるものだが、伝はそれが特別に免除され、日本全国での勧誘を許可されていた。
「仕事しに行ったと見せかけて女と逢っているとは、見かけに寄らずやるわね伝さん」
聞き耳を立てている来花の前にシークヮーサージュースが、その向かいの鈴にはパイナップルパフェが、それぞれ運ばれてくる。
「うわあ、美味しそう!」
鈴はパフェの一番上に乗るパイナップルを、一切れ食べる。
「あまぁーいっ」
聞き耳を立てていた来花だったが、鈴の反応にパイナップルが気になる。
「一切れ、貰っても良い?」
「どうぞ、どうぞ!美味しいですよ!」
来花はパイナップルを口にする。とたん、芳醇な甘みが口いっぱいに広がり、適度な酸味が後から追いかけて来ては、その甘みを強調する。
「あまぁーいっ!」
その美味しさに来花は思わず、「すいませーん!」と手を振ってウェイトレスを呼ぶ。
「パイナップルパフェ追加で!」
「来花さん、このお店当たりですね」
「そうね、お鈴ちゃん、伝さんに感謝しなくちゃ」
パフェの美味しさに、二人はきゃっきゃとはしゃぐ。はしゃいでから、来花は自分で言った、「伝さん」の単語に気が付いた。向かいの鈴を見ると、「やっちゃった」と言う顔で視線を横にそらしている。
ぎこちなく斜め後ろを向くと、そこに伝の姿はなかった。
テーブルの横に立った影が、パフェを持って来たウェイトレスではないことは、直ぐに分かった。
来花は腕組みして自分を見下ろす伝の方を見ずに、頭を下げて「ごめんなさい」と謝った。
「僕はともかく、彼女に失礼だろう」
伝と一緒のテーブルに着いた来花と鈴が、彼に言われて小さくなる。
「わたくしのことは気になさらずに」マジョーノイが微笑む。「お二人とも、召し上がってください」
来花と鈴は待ってましたとばかりにパフェを手に取り口にして、「あまぁーいっ!」と声を揃える。二人を見ながら伝は、「やれやれ」とため息を吐いた。
「本当に、すみません」
「良いんですよ、気になさらないで」
「それよりも」と、マジョーノイは聞きずらそうに言う。「このお二人は、伝さんとはどう言ったご関係なのでしょうか?」
「そうですね」伝は答える。「同僚——と言ったところでしょうか」
「お仕事の——」
伝の口から男女の関係を匂わす単語が出なかったことに、マジョーノイは、ほっと胸を撫で下ろすのだった。
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