2.にくとめし、そして出逢い。
空中に浮かぶ、ゼールズが誇る巨大戦艦。飛行船に似た形をした300メートルの戦艦が、表面に施した周りの風景に溶け込む特殊な画像による迷彩と、レーダーの反応を無効化する技術に対する術を、今の地球人は持ち合わせていない。
戦艦の艦橋でマジョーノイは、大型の机に映し出された画像を、拡大したり縮小したりを繰り返す。
「見つけたわ!」
歓喜の声を上げる彼女が見る画像には、海底の砂が見える程透き通った海の上空に浮かぶ、ラインフォートレスが映っていた。
「戦場で地球の兵器を輸送していた航空機よ。きっとこの近くに、あの地球の少年、いやゴオライガーはいるに違いないわ!」
ウキウキするマジョーノイ。
そんな彼女を気にも留めず、アシーガはラインフォートレスの画像を見ると、ニヤリと笑った。
○
「お肉焼けたわよー」
来花の声に、皆が鉄板の周りに集まってくる。水着にエプロン姿という、好きな人にはたまらないだろう恰好をしたアリアーシラと来花が、慣れた手つきで牛ステーキ肉を切り分ける。
「うわあ!」嬉しそうにカケルが、皿と箸を手にして遠慮なく一切れ取ると、口にする。
とたん、緩んでいた顔が真剣な表情になった。
「これは!」
無言で眼を閉じ肉を噛み締めるカケルを、訝しげに見ながら、樫太郎と鈴も肉を口にした。
とたん二人の顔も、劇画かってくらい真剣になる。
「美味しい——」噛み締める肉から溢れる肉汁に感動する鈴。「肉の味はしっかりとするのに、臭みは全くなくて、上品ですらあるわ。焼き方?これは焼き方なの?」
樫太郎の眼鏡が、キラリと光る。
「赤身が主体の部位なのに、しっかりとした肉汁と適度な歯ごたえ、それでいてしっとりとした柔らかさ。そしてはっきりと、肉を食った満足感がある!下処理か?何か下処理に秘密が?」
カケルがカッ!と眼を見開く。
「塩と胡椒、そして肉の運命的な出会い。その出会いを彩るのは、火加減・味加減・食材に対する愛情。これは、愛情と言う名の調理具に調理された、まさに結晶!お代わり!」
喜ぶカケルたちを見て、アリアーシラと来花が「いえーい」とハイタッチする。
「ご飯も炊けました」
カケルたちに、さらなる追い打ちが花音から投下される。
「めし!」
反応するカケル。
「にくとめし!」
反応する樫太郎と鈴。
「にっくと、めし!にっくとめし!」
三人の合唱が始まる。
そんな三人を微笑ましく見ながら、伝が言う。
「若いって、いいですね司令」
「まったくだ。さ、我々もいただくとしよう」
抜ける様な青空。透き通る海。潮風の風味付けと肉と飯と焼き野菜。冷たく冷えた、炭酸飲料とビールと酎ハイ。至上の楽園の一つが、今ここにあった。
食後、片付けが終わった後、なんとなく皆はそれぞれが別行動を取り始める。
樫太郎と鈴は、まだビーチにいた。
ざくっ。
「ねえ樫太郎?」鈴が聞く。
「あ?」満腹で重たい腹を抱えた樫太郎が、ぞんざいに返事する。
「あんた、将来どうすんの?」
ざくっ。
「将来かあ」樫太郎が空を見上げると、ビーチパラソルの骨が見えた。「アポイントメント戦争って、終わりあんのかな?」
「なんで?」
「とりあえず今は、エナジウム因子の保有者ってことで、エナジウム兵器の開発の協力やらなんやらしてるけど、それが終わるときが来るか、それとも平行してか、やっぱり、やりたかったカメラマンの道、目指すと思う」
「そお」
ざくっ。
「お鈴、お前は?」
「あたしはあんたたちと違って、変わりないわよ」
「陶芸家だっけか」
「うん。教室も、通ってるしね。ほかのバイトとかしながらでも良いから、いつか自分の窯を持つんだー。そのために勉強だと思って、大学にも行くつもり」
ざくっ。
「しっかりしてるよ、お前は、実際」
「樫太郎。何だか分からないけど、あんたの夢が、ぶれてなくって良かったよ」
にっこり笑って自分を見る鈴と空の対比に、樫太郎は何か感じるものがあって、カメラを手に取ろうとする。が、手が全く動かない。
後ろ手に持ったスコップを前に出して、鈴は、ざくっとスコップで砂を、樫太郎の全身に山積みされた砂の上にかけると、スコップで叩いた。
身動きが取れず呆然とする樫太郎を鈴はスマホで撮影すると、パーカーを着てどこかに行こうとする。
「ばいばーい」
後ろ姿で、ひらひらと手を振りながらその場を立ち去る鈴。
「えっ?ええええっ!?」
戸惑う樫太郎だけが、砂浜に置き去りにされた。
○
アシーガはどこに言ったのかしら。
住宅街に紛れ込んでしまったマジョーノイは、ため息を吐く。抜けるような青い空を頭上に、周りを白い塀に囲まれ、何だか風景全部が白くなったような錯覚を起こす。家の門に飾られた獅子に似た置物を見ながら、「地球は不思議な文化ねえ」と呟く。
暑い。
事前に調べた日本の気温より、明らかに暑い。
うう——。
ぐったりしながらマジョーノイは、木陰に身を休めた。
情報と、随分違うわね。確かこの時期は、一年でも過ごしやすい時期だったはずでは。
木陰で休むマジョーノイに、しかし、危機が迫る。
もぞり。
生き物の気配を感じて、マジョーノイは恐る恐るその方向を見た。
「ぎゃあああ!」
悲鳴を上げて飛び退くマジョーノイ。そこにはそれはもう大きな、カタツムリが這っていた。見たこともないしかも拳大の生物に、マジョーノイは震えあがった。このまま群がられて、食べられるのではないかまで想像する。
飛び退いたマジョーノイのピンヒールの先には、不幸なことにバランスを崩す小石が絶妙な位置に配置されていた。
ぐらり。
空が回る。
ああ、わたくしはこんなことでこんなところで、転んで死んでしまうのだろうか。きっとわたくしの死体には、あの巨大な虫が這いずり回るのだろう。
スローモーションの中、そんなことを考えるマジョーノイの体が触れたのは、アスファルトではなく大きな腕の中だった。彼女が今まで感じたことのなかった包容力や安心感に満たされる。大きな腕に包まれ、厚い胸板に支えられたマジョーノイは、ゆっくりとその持ち主を見上げた。
「大丈夫ですか?」
灰色のスーツ姿の伝が、マジョーノイを心配そうに見つめる。
「はい——」
答えるマジョーノイは、伝を見つめ返す。
このときのことを後に、マジョーノイはこう語っている。
「一目見たとき、恋に落ちました。はい。わたくしは確かに、それまでは自分より年下の、どちらかと言えば細身の少年が好みでした。ですから、この出会いのときの感情は、それまでのわたくしからは考えられないことでした。自分より年上の、しかも筋骨隆々とした人でしたから。ええ、わたくしの身の回りにもいたんですよ、体格の良い男性は。はい、同僚です。ですから免疫がなかった訳でもありません。そうですね、運命。そんな簡単な言葉で言い表せるのかどうかわかりませんが、確かに私の好みのタイプも、人生も、このとき一転してしまったんです」
このときのことを後に、伝はこう語っている。
「驚きました。倒れそうになっている女性を助けたら、恋に落ちてしまったんですから。はい、そうですね。金髪みたいな黄緑の髪でポンパドールの人なんて、あんまり一般人にはいませんね。僕も、特にそう言ったタイプが好みだった訳では無かったんですが。そうです。好きになった人のことが好みのタイプ。それで良いじゃありませんか」
このときのことを後に、革靴はこう語っている。
「ハイヒール?大好きですよ!それはもう好みのタイプです。ですからピンヒールなんて言ったらそれはもう好みの中でも最高です。しかも蛇ガラ。滾ります。単色なんか軽く凌駕してきますね。え?趣味が偏ってる?そうでしょうか?世のビジネス用革靴の趣味なんて、大抵はこうだと思いますよ」
伝はそっとマジョーノイを立たせると、ゆっくり彼女から腕を離した。
「お怪我はありませんか?」
「はい、ありがとうございます」
赤い顔をした伝は照れたように頭を掻き、マジョーノイは赤い頬の上の眼鏡を直した。
「わたくし、暑さに木陰で休んでいたら、巨大な生き物が現れて、驚いてバランスを崩してしまいました」
「生き物?」木陰を見た伝の視線がカタツムリに止まる。「ああ、なるほど」
伝はごそごそと、ビジネスバックの中から小さな保冷パックを取り出す。
「良かったら、どうぞ」
出てきたサトウキビに、マジョーノイは目を丸くする。渡されたそれは、ひんやりと冷たかった。
「こうやるんです」
伝はサトウキビをくわえると、噛んで見せる。マジョーノイの目が、もう一段丸くなった。
「こう?」
マジョーノイは、恐る恐る真似して噛んでみると、さっぱりした甘みの液体が、口の中に溢れる。
「えっ、美味しい」
「ははは!」と伝は笑う。「僕も最初見たときは驚いたんです。でも、これがとても美味しい。缶やペットボトルで飲む飲料水とは、違った美味さがある。土地の人は中身の芯ごとバリバリ食べる人もいるみたいだけど、僕はそこまでは難しいかな」
サトウキビを噛んでは吸う伝を見ながら、マジョーノイもサトウキビを噛む。暑さにまいってぼんやりしていた頭が、次第にすっきりして行く。そしてすっきりして行くほど、ぼんやりと伝を見つめてしまう自分に気がつく。
「あの——」マジョーノイは言った。「わたくしはマジョーノイ・チ・ゲッキーと申します。宜しかったら、あなたのお名前を聞かせて貰えませんか?」
落ち着いた笑顔で答えながら、心の中でガッツポーズを見せる伝。
「僕は稲代伝。もし時間に余裕があれば、今からお茶なんてどうですか?」
伝の申し出に、心の中でガッツポーズするマジョーノイ。
「喜んで」
「では決まりだ。早速行きましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます