8.雷神合体ゴオライガー、見参!

 ラインフォートレスの艦橋で、戦況を見守る神宮路の前に、花音が小型のノートパソコンのような端末を用意する。


「とうとう、このときが来たか」


 そう言う神宮路の前で、花音が端末を開く。そこには、『G』のマークのボタンがあった。


「これより我々は、地球救星きゅうせいの剣を手にする。準備は良いか!諸君!」


 神宮路の言葉に、カケル、アリアーシラ、伝の三人が「はい!」と声を揃える。


雷神合体らいじんがったい!ゴオライガー!』


 声と同時に、カケルが、アリアーシラが、伝が、神宮路が、それぞれの前にある『G』のマークを押す。とたん、3機のラインマシンから、途轍もない量のエネルギー波が迸った。


 雷の形をしたエネルギー波を纏い、それに引き上げられるように、グランラインが空中へと浮かび上がる。キャタピラが格納され、前後の装甲が脚立を畳むように閉じた。腰と脚部と化したグランラインの、30度に曲がっていた膝が真っ直ぐに伸ばされ、その巨体は空中に停止する。

 雷を発しながらクウラインは、鳥の足にも見えた部分を左右に大きく開く。それから、胴体の前後を折りたたむと、まるで人間の胸部と腕の形になって空中で停止した。

 2機の変形をモニターで確認しながら、ゴオラインで上昇していくカケル。雷のエネルギー波がその装甲を這うゴオラインは、2機のちょうど中間に収まると、腕と足を背後に折りたたんだ。

 ゴオラインを腹部にして、クウラインとグランラインが上下に挟み込む。3機が完全に繋がると、胸部から頭部が出現する。ゴオラインのコックピットが移動し、頭部に到着すると、角とフェイスガードが開く。最後に胸のパーツが展開して、中から『G』のマークが露出した。


「バカな、合体しただと——?」


 呆気に取られるアシーガの前に、地球の希望が降り立つ。赤と青、そして黒に近い灰色の、25メートルの輝ける巨神。角ばった四肢が、体が、機械であることを物語っていた。


「輝け雷光、轟け雷鳴、蒼き地球を守るため。雷神合体ゴオライガー、正義の光をその身に纏い、猛きいかずちここに見参!」


 拡声器から聞こえるカケルの口上は、世界中に轟いた。世間の噂は情報漏えいだったのか、神のいたずらであったのか、はたまた神宮路の策略であったのか。『ゴオライガー』のその名は、世界に響き渡ったのである。


 実在した希望に、人々は歓喜した。


「こけおどしが——」アシーガはゴオライガーを睨みつける。「やってしまえ!」


 アシーガの声に航空特化型タイラードが動き出す。


「まるで敗北パターンだな!」カケルは叫ぶ。「伝さん!」

「任せろ!デスペラード・ブラスター!」


 ゴオライガーは腰から下がった、元グランラインの砲身であった物が変形した、銃身の長いハンドガンを手にして回転させる。クルクルと銃身を回す間に、伝は残り全ての航空特化型をロックオンした。


「ファイア!」


 伝がそう言うと、ゴオライガーはハンドガンを乱射する。すさまじい速さの連射が終わると、ほんの一瞬間が空いて、空中の航空特化型が全て爆発した。


「ば、ばかな——」アシーガはあきらめない。「行け!」


 7機の通常型タイラードが、鎌を高速回転させ、熱線を発しながらゴオライガーに迫る。だがその攻撃は、ゴオライガーに届くことなく、全てバリアによって遮られる。


「アリアーシラ!」

「任せてくださいカケル君!」


 バリアによって遮られたタイラードたちが、何か得体の知れない重圧に捕まって身動きを取れなくなる。その装甲が、ビリビリと震えた。


「グラビティ・プレッシャー!」


 アリアーシラが声を発すると、タイラードの頭上に六角形のバリアが出現する。バリアがゆっくりと回転すると、タイラードの胴体が捻れ、徐々にタイラードを押し潰して行く。数秒後には、七つの爆炎が上がった。


「化け物め!」アシーガは射撃特化型タイラードで、ずらりと円形にゴオライガーを取り囲む。「ハチの巣になれ!」


 一斉に発射される光弾。しかしそれは、バリアすら展開しないゴオライガーに当たっても、強固な鉄扉に当たるBB弾のような音を発することしか出来なかった。

 コクピット内のカケルの動きに反応して、ゴオライガーが高速で移動する。そして、射撃特化型の輪の一角に到達すると、空を裂く勢いで中段回し蹴りを放った。


 ゴン!ガッ!


 蹴りを食らった射撃特化型タイラードが、勢い余って隣の射撃特化型とぶつかる。それでも勢いは止まらず、次々に隣の射撃特化型とぶつかっては、団子状に連なって行く。


 ゴゴゴゴッゴガガガガガガガ!


 連鎖した衝撃が、反時計回りに射撃特化型を集め連ねて行く。止まらぬ勢いが一周回ってゴオライガーの背後に達しようとしたとき、ゴオライガーは振り返る。


「インパクトォ・ドラァイブ!」


 カケルが発動する、インパクト・ドライブ。ゴオライガーが両の拳を胸の前でぶつけ合う。足先から発生した螺旋状のエナジウムエネルギーが両足を伝わり、腰でさらに加速され、胴を伝い、左腕からのエネルギーと重なり、右腕へと走る。もはやエネルギーの塊と化した右腕の放つ正拳突きは、射撃特化型と接触した瞬間、大爆発を起こした。

 空気が震撼し、地響きが起こる。団子状に連なった射撃特化型は、蹴りの衝撃とは反対方向から来た絶大なエネルギーの波に飲まれ、押しつぶされ、爆散して行く。


 あまりにも圧倒的な力に、アシーガは言葉を失う。危機を感知したタイラードVが、自立行動を起こした。

 タイラードVの主砲を、難なく躱すゴオライガー。

 タイラードVの追尾熱線を、容易にかき消すゴオライガーのバリア。

 機械であるはずのタイラードVが、ゴオライガーに怯んだように見えた。

 それでも拳を突き出すタイラードV。ゴオライガーは片手で受け止めると、タイラードVの巨体ごと押し返した。


「ライトニング・バインド!」


 カケルが左手を振ると、ゴオライガーも同じく左手を振る。稲妻の束がゴオライガーの腕から発せられ、ティオーンとタイラードVを束縛する。


「にごごががぎが!」コックピットで感電するアシーガ。


 カケルが右手を天に翳すと、ゴオライガーもその手を天に翳す。


轟雷剣ごうらいけん!」


 ラインフォートレスから射出された、ゴオライガーの身の丈ほどもある長剣が、ゴオライガーの右手に握られた。ゆっくりと、ゴオライガーは轟雷剣を正眼に構える。


「雷光!轟雷覇斬ごうらいはざん!」


 カケル、アリアーシラ、伝の三人が同時に声を発すると、三人のラインテクターが虹色の光を発する。ゴオライガーから溢れ出る強力なエネルギーが、まさしく雷の光の如く輝き、凄まじい速さでタイラードVとアポイントメントを斬り裂いた。


「一刀両断!」


 爆発するタイラードVと、光の結晶となって大気に溶けていくアポイントメント。爆炎の中から飛び出したティオーンが、「次こそは姫様を返して貰うぞ!」と捨て台詞を吐いて上空へ逃げて行く。

 轟雷剣を回転させ、最後に地面に突き刺すゴオライガー。その光る轟雷剣に、ゴオライガーの雄姿が映るのだった。


          ○


 神宮路邸にある日本家屋で催された晩餐は、20ものアポイントメントを撃退したあとということもあり、大いに盛り上がっていた。

 贅をつくした日本料理が並ぶ中、酒も飲んでいないのに、場の空気で酔った風になった樫太郎が、雄弁に語る。


「そこで私は躊躇なく、腰のパラライザーに手掛けたのであります!」

「あの時はびっくりしたよ」ルゥイがちびっと、おちょこで日本酒を飲む。「あっという間に三人、撃っちゃうんだもん。地球のオタクってすごいね」

「樫太郎君は特別なんだよ」伝がルゥイにお酌する。「オタクなら誰でも出来るってもんじゃない。しかし、そんなことまであったなんて、やっぱり行きたかったなあ」


「戦争、終わったらね」塩でお刺身を食べながら、来花が言う。神宮路の方をちらと見て、「また、怒られるわよ」と伝に釘を打つ。


「私はそんなに怒ったつもりはないが——」神宮路が片手に持つ泡盛の入ったグラスの氷が、コトリと鳴った。「むしろ君たちに怒っていたのは花音君だろう」


 ぱきり、と花音が蟹の脚を折る音が鳴る。思わず、皆が黙った。


「私は必要最低限の、大人としての、行動や発言に問題がないかお二人に確認しただけですが?」


 それが怖いし長いのよ、と言いたい言葉を来花は飲み込む。


「しかし本当にすごかったのはアリアーシラちゃん!」


 一升瓶をマイク代わりに語る樫太郎に、大人たちは「飲ませてないか?」と目くばせし合う。


「ライフル片手に、スーツ姿の男共をばったばったと薙ぎ倒したのであります!」

「すごかったね!」ルゥイが答える。「君にも引いたけど、彼女のあの戦闘力はどん引きだったよ!」


 そう言ってからルゥイは、「あれ?」と周りを見渡す。


「カケル君とアリアーシラちゃんは?」


「しぃっ」と、来花は右手の人差し指を唇に縦に当てて、静かにの合図を送る。それから左手の人差し指で、縁側を指さした。

 向こうに、二人でいる、との意味を解したルゥイは、「良いなあ」と呟いておちょこを口にする。


「俺が!」樫太郎が挙手する。

「僕が!」伝も挙手した。


「うふ」とルゥイは笑う。「ルゥイちゃんてばー、罪作りな女!」


          ○


 後ろから聞こえる騒ぎを余所に、縁側で静かに、月の光に照らされた日本庭園を見るカケル。その横では、縁側に座って足をぷらぷらさせたアリアーシラが、恥ずかしそうにスカートを両手でもじもじと握る。


「カケル君!」意を決したようにアリアーシラが切り出す。「今日は本当にありがとうございました。あなたが迎えに来てくれて、私、本当に嬉しかったです」

「俺が行くまでもなかったみたいだけどね」

「そんなことないです。あなたが迎えに来てくれるのと、私が一人で帰って来るのでは大違いです!」

「そっか、そう言って貰えると、嬉しいよ」


「なかなか直ぐに帰って来なくてごめんなさい」アリアーシラは、空を仰ぐ。「最初は、誰にも会わず、直ぐに帰って来るつもりだったんです。だけど、支店長室を通りすがったときに聞こえた兄の声に、もう我慢ならなくて。その後は、何とか兄とアポイントメント戦争のことで対話が出来ないか試みたんですが、駄目でした」

「そうだったんだ。それで、帰って来なかったんだね」


「はい。それと——」アリアーシラは伏せ眼がちになり、ぷらぷらさせていた足を止める。「どうしても、取りに帰らないといけないものがあそこにあったんです」


 アリアーシラはその細い手で、カケルに紐の付いた宝石を差し出す。首に掛けるぐらいの長さの紐の付いた、青く透明な石。


「カケル君、どうか、これを貰って頂けないでしょうか?」

「これを?」カケルは宝石を見つめる。「君がわざわざ危険を冒してまで取りに行ったんだ、大切な物じゃないの?」

「どうしてもあなたに、持っていて貰いたいんです」


 頬を赤らめ、カケルを直視できずにいるアリアーシラに、カケルは「分かった」と答えた。


「本当に?」

「うん」

「良かったぁ」


 アリアーシラはカケルを見つめながら、その首に宝石の紐を通す。


「この石は、『戦士の石』。ゼールズに伝わる、伝統の文化です」


 心から嬉しそうに微笑むアリアーシラ。だが何故か、カケルの背筋に冷たいものが走る。


「ゼールズでは女児が生まれたとき、その家に代々伝わる戦士の石を、女児に与えます。女児は石を大切に守り、あることの答えとしていずれ男性に渡すのです」


 アリアーシラはカケルの腕を抱く。その締め付けは、腕ばかりでなく心までも締め付けるようであった。


「戦場にて肩に手を置かれ、『俺が戦う』と告げられたことへの、『受け入れる』答えとして」


 青ざめるカケル。アリアーシラは彼の腕を離さない。


「もう離しませんよカケル君?今後は、浮気など絶対に許しませんから」


「うふふ」と笑うアリアーシラに、カケルは血液が頭から流れ落ちて行くのを感じる。そしてそのときふと、後方がやけに静かになったことに気が付いた。

 振り返るカケル。にやにやしながらこちらを見る、樫太郎、伝、来花、ルゥイ。微笑む神宮路。花音が蟹の脚を折る音が、ぱきりと鳴った。


「婚約おめでとお」にやけるルゥイ。

「カケルも立派になって」目頭を抑える樫太郎。

「おめでとうアリアーシラ」乾杯みたいに、焼酎の入ったグラスを掲げる来花。

「やるなあ、カケル君」関心する伝。

「今日はお目出度いことが一杯だな!」神宮路は「はっはっは」と笑う。

 黙々と、蟹を食べる花音。


 カケルはまた一つ、後に引けない状態になったことを悟った。


          ○


 神宮路財閥の力により、たったの二日で、頼光家の間取りは3LDKから4LDKに変貌した。隣の土地が買収され、そこに頼光家と繋がるように、アリアーシラの居住空間が建てられた。

 当初、予定されていたカケルの父と母による抵抗は、カケルの一縷の望みも虚しく、全くの無抵抗で終わったのである。


「父さん、こんなに綺麗で出来た娘さんがお前の婚約者だなんて、本当に誇らしいよ」


「母さん、お前がこんなに立派な婚約者を見つけてくるなんて、本当に嬉しい」


 外見は文句なし、所作から漂う育ちの良さ。品の良い雰囲気。しかも表向きは神宮路の血縁者である。アリアーシラの存在を、カケルの父と母が否定する理由など、どこにもなかったのだ。いや、むしろ熨斗を付けて早く渡したい勢いである。

 大体において、一サラリーマンの家庭が、世界に名だたる神宮路財閥の総帥がわざわざ家にやって来て、姪っ子(という設定)の美少女と、お宅の息子さんを正式に婚約させたいと言って来たら、断ることなど出来るであろうか。

 父母のあまりにもあっさりした陥落にも負けず、カケルは孤軍奮闘、抵抗を試みたが、反対する理由に特に根拠のある訳でも無く。こちらもあっさりと陥落した。


 かくして、アリアーシラの野望はまた一歩、完成へと近づいたのである。


          ○


 鳥よ 鳥よ 籠の中——。


 夢の中の歌声に、はっと、アリアーシラは目覚める。そしてここがゼールズではないことを思い出し、安堵の息を漏らした。

 小さい頃、母が歌ってくれた歌。それは、自分のことを歌っていたのか、それとも私のことを不憫に思い、歌って聞かせていたのか。それとも、その両方か。

 そのことをアリアーシラは、母に聞いたことはなかった。


 鳥よ 鳥よ 籠の中

 鳥よ 鳥よ 籠の鳥

 籠の中には朝日が来るか

 籠の中には夕日は射すか


 私は今はもう、籠の中の鳥ではありません。

 アリアーシラは思う。私は自分の力で籠の扉を開き、飛び立ちましたよ、お母様。

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