7.ただいまと、強敵。
夕暮れの神宮路邸発着場に着陸するルゥイの宇宙船。少し強い風の吹く中、待っていたのは神宮路と紅間姉妹と伝の四人だ。カケルたちが船から降りてくると、さっそく来花はアリアーシラに抱き着いて喜ぶ。
「お帰り!」
「ただいま帰りました」
ぎゅうっとアリアーシラを抱きしめる来花。そんな二人を見て微笑むカケルの前に、神宮路が立つ。その表情は、真剣で、怒っているようにも見えた。
「カケル君」
「はい」
カケルも真剣な顔で返事する。
「君が今回行った行動は、正直、大変軽率な行動だ。ゴオラインのパイロットである君が、こういった形で不在になり、地球の存亡に係ることは重大な過失だ。今一度、自分が地球を守る先端にいることを自覚して貰いたい」
「はい」
カケルを見る伝と来花。二人も神宮路から注意を受けたのだろう、反省の色が見える。
「だが、ともあれ——」と、神宮路の表情が緩む。「アリアーシラ君と帰って来てくれたことには、心から感謝する。ありがとう」
神宮路の言葉に、皆がほっと一安心する。神宮路は優しい眼差しで続けた。
「カケル君、アリアーシラ君、樫太郎君、三人とも無事で本当に良かった。お帰り。そしてルゥイ補佐官、君の協力にも心から感謝する。ありがとう。良かったら、今日は皆、私の家で夕食をごちそうさせて貰えないか?」
神宮路の申し出に、樫太郎と来花が「やったーっ!」と声を上げる。
「はじめまして」
アリアーシラに声を掛ける伝。
「お帰りなさい姫様。話は来花さんから聞いているよ。僕は稲代伝、グランラインのパイロットだ。よろしく」
アリアーシラは伝に微笑む。まるでガラス細工の花のような美しさに、伝は目を丸くした。
「よろしくお願いします。私はアリアーシラ・ム・ゼールズ。クウラインのパイロットです。お話は私も、カケル君と樫太郎君からお聞きしました」
カケル、アリアーシラ、伝の三人を、花音は感慨深く見る。
「司令。ついにラインマシンのパイロットが三人揃いました」
「そうだな。これで漸く、G計画は一先ずの完成を見る」
「はい。三人にはもう、計画の詳細は伝えてあります」
「では、敵の動きを待つばかりか」
「はい。たった今、連絡が入りました。敵アポイントメントを確認。単発の物とは形状が違います」
「ゼールズ側の発表はいくつだと?」
「はい——。ゼールズ側の発表では、アポイントメントは20です」
「20か——。ゼールズ側も動き出したということか。——諸君!」
神宮路の声に皆の視線が集まる。
「アポイントメントの接近が確認された。残念ながら晩餐はお預けだ。ラインマシン全機出動!」
ゴオラインのコクピットの中で、カケルは手を握ったり開いたりしながら、プロテクターの着心地を確認していると、来花から通信が入った。
「どう?ラインマシン用プロテクター、通称ラインテクターの着心地は?」
少し厚みのあるバイク用のライダースーツに、金属版のような物が張り付けられた全身用のスーツと、口の所だけ開いた、バイザー付きのヘルメット。カケルの物は青、アリアーシラは赤、伝は黒に近い灰色なのが、モニター越しに確認できた。
カケルが来花に答える。
「すっごく軽くて動きやすい。まるで着てないみたいだ」
「特製のエナジウム合金糸で出来ているの。しかも、動作サポート付き。通常の数倍の身体能力が発揮されるけど、思考波コントロールと連動しているから、意識しないと発動しないから安心して。ラインマシンとのエナジウム因子連動率も強化されるわ」
「カケル君、ヒーローみたいでカッコ良いです」
アリアーシラに言われてカケルは、「いやあ」と照れて、髪の毛のつもりでヘルメットを掻いた。
腕や肩を動かす度、微かな機械音を発するスーツの音を伝は聞く。
「本当に凄い技術だ。これが必要に駆られた、人類の力なのか」
「伝さんもお気に召したようね」来花はそう言って、時計を見た。「そろそろ戦闘開始時刻よ。ラインマシン、全機発進!」
空中に浮かぶラインフォートレスから、ゴオラインとグランラインがブースターで減速しながら地上に降り立つ。その上空には、クウラインが停止した。
○
何もない原野に並ぶ、数十機のタイラード。通常型の中心には、今までと形状の違うアポイントメントが立っている。カケルはそのアポイントメントを、モニターで確認した。
アポイントメントから、枝のように小さなアポイントメントが不規則に生えている。その数19。本体も入れて20ポイントを表現しているのだと、カケルは思った。20か。確か同時1か所に射出出来る最大数だ。これを破壊できなければ、ここから半径600キロもの範囲がゼールズ側の陣地になってしまう。そうなれば日本の首都機能は大混乱だ。それだけは絶対に避けなければ。
カケルはアポイントメントを見てから、そしてその横に立つ、全長26メートルの人型兵器を見る。まるで、黒いビジネススーツを着た細身の人をそのままロボットのデザインに落とし込んだような姿は、他のタイラードと一線を画す存在感を放っていた。
「ティオーン・カカリッド」
アリアーシラが呟く。
「役職者以上、係長が乗ることを許される、ゼールズの主力人型兵器。お兄様は本格的な侵攻を始めるつもりですね」
ティオーン——。
カケルは敵の人型兵器を見た。20ポイントものアポイントメントに、初めて戦う敵の人型兵器。不安は、感じない方がおかしかった。だがカケルは、その不安をねじ伏せる。
「絶対に、この戦いに勝つ」
カケルがティオーンを見つめながらそう言うと、そのティオーンがゴオラインの方へと歩いてくる。挑発行為にも見えるこの行動は、ゴオラインの前まで来ると止まった。その身長差10メートル。まるで大人と子供だ。
「地球のロボットのパイロットよ!」
ティオーンから発せられる、大音量の声。
「びっくりしたな」伝はモニターに映るティオーンの頭部を拡大する。「拡声器か?なんか話しかけてきたぞ。大丈夫かカケル君!」
「はい、大丈夫です」
カケルはゴオライン越しに、ティオーンの単眼を見上げる。再び、ティオーンから声が響いた。
「私の名はアシーガ、『アシーガ・ツッター』。ゼールズ太陽系方面攻略支店、地球攻略担当係長だ!私の姫を返して貰いに参った!」
ティオーンのコクピットで吠える、濃い深緑のツンツン髪に、ダークブルーのスーツを着た男。身長は高く、兵士の例に漏れずしっかりした体つきだ。面長の顔に兎のように円い小さな目をしているが、なかなか我の強そうな表情をしている。
「私の——とか言ってるけど?」
カケルはアリアーシラに聞いた。
「私のことじゃありません!」アリアーシラは首をぶるぶると左右に激しく振る。「知らない人です!聞いたこともありません!」
慌てるアリアーシラなどお構いなしに、ティオーンからの声は続く。
「大人しく私の姫君を返せ。そして潔く参りましたと頭を下げろ!」
頭上のクウラインにその姫がいるとも知らず、アシーガは言う。
「おいたわしい姫。必ずやこのアシーガが助け出します。きっと、地球人のパイロットに騙されて連れ去られたのですね。ああ、姫。おのれ地球のパイロット!何とか言ったらどうだ!」
何だか無性に、腹が立ってきたカケル。ポチリと外部拡声器のパネルをタップする。
「黙れ。ガタガタとうるさい。ものを言いたかったら、勝ってからにしろ」
見上げるゴオラインに睨まれるアシーガ。
「何だと?良いだろう、勝って存分に語ってやる」
「開始10秒前——」アポイントメントから女性の声が響く。
「語る機体が残っていればな!」カケルが叫ぶ。
「5、4、3、2、1、戦闘開始」
「それはこちらのセリフだ!」叫びながらアシーガは、ティオーンに装備された剣を抜き放ち、ゴオラインに振りかざす。一瞬先にゴオブレードを抜いていたゴオラインは、ティオーンの剣を弾き返した。
両者、同時に後方へ距離を取る。そしてまた同時に、斜め上空へと飛翔した。
火花を散らし、ぶつかり合う剣と剣。2機の機体は、何度となく上昇と斬撃を繰り返しながら空へと昇って行く。
上空で戦う2機をモニターで見上げながら、伝はアリアーシラに通信する。
「敵のロボットは、カケル君に任せよう!僕が地上のタイラードを相手にするから、君は空の奴らをお願いする!」
「了解しました!無理はなさらないでください!」
アリアーシラの通信に微笑みだけ返すと伝は、心の中で「でも、無理もしないとね」と呟いて枝のあるアポイントメントを見た。それから、射撃特化型タイラードの狙撃の的にならないよう、グランラインのキャタピラを高速回転させて、機体を滑らせる。その背後に、通常型タイラードが鎌を回転させながら迫ってくる。
これは―。
初めてグランラインに乗ったとき、一度見た光景だ。後方に向けたグランラインの砲身が火を噴く。しかし飛び上がってそれを躱すタイラード。上から来るタイラードを、前回はゴオラインが叩き斬ってくれたが——。
伝は冷静に、今、光弾を放った砲身とは逆の腕を操作する。その砲身は、タイラードの攻撃がグランラインに接触するよりも先に、タイラードの胴体に風穴を開けた。
「2度目はないぜ」
上昇、下降、旋回を自在に繰り返しながら、射撃特化型の狙撃の的を外すクウライン。2機の航空特化型の背後にピタリと付いて飛行する。
「残念ながら速度は——」クウラインから透明な六角形のバリア障壁が出現する。「このクウラインのほうが上です」
クウラインの周りを、ヨーヨーのように飛び回る2枚の障壁が、航空特化型の胴体を、翼をバラバラに切断する。逃げようとした1機も、速度に勝るクウラインに追い越されながらに切り刻まれた。
無理はなさらないでと言いましたが——。アリアーシラは20ものポイントのアポイントメントをちらと見る。今回は無理のし甲斐もありそうです。
「ちっ」と舌打ちをしてアシーガは、ティオーンの剣でゴオブレードを弾くとハンドガンを乱射する。射線を読んだゴオラインにあっさりと躱されるが、距離を取ることが出来た。
このままでは——。アシーガは思う。ズルズルと相手のペースで押されかねない。ならば——!
「係長特権により封印解除!合体!タイラード
アシーガの号令で、1機の航空特化型、2機の通常型、そして1機の射撃特化型が合体を開始する。装甲が開き、中のフレームが連結し、連動し、通常型5個分のコアを持つ巨大な機体、35メートルのマッシブなタイラードVが完成する。
「見たか!1体で5機分の動力を持つ機体、タイラードV!くらえ!」
アシーガが声と共にティオーンの剣を水平に突き出す。その動きと連動するように、タイラードVの頭部に付いた砲身から光弾が発射された。
爆音を上げて、グランラインの横の地面が抉り取られる。
「伝さん!」
「大丈夫だ、直撃じゃない。だが、まともに食らったらヤバそうだ」
追尾性の熱線がタイラードVから放たれクウラインを襲う。アリアーシラはクウラインを高速旋回させ、何とか熱線のエネルギーが無くなるまで逃げ切った。
「アリアーシラ!」
「こちらも大丈夫です」答えるアリアーシラのクウラインを、射撃特化型の狙撃がかすめる。「射撃特化型と連携されるといけませんが、何とかしてみます!」
二人は無事だったが、このままでは苦戦は避けられない。カケルはゴオラインにゴオブレードを構えさせると、タイラードVに突進した。
ガッキィィイン!
超硬質な物が二つ、ぶつかり合う音が響く。タイラードVの作り出した多層バリアと、それに突き立てられたゴオブレード。押し込もうとするゴオラインの後部ブースターから、数十メートルもの大きさのエネルギーの塊が噴き出す。
1枚、2枚破壊したところで、ゴオラインはタイラードVの拳に弾き飛ばされた。
「うわああああ!」
「「カケル君!」」
アリアーシラと伝が声を上げる。
飛ばされたゴオラインが、くるりと空中で一回転して、体制を立て直す。
「大丈夫!」カケルが答えた。「だが、このままではあいつに勝てない」
「ドッキングで、超高速斬撃を試しますか?」アリアーシラが聞く。
「それともこちらとドッキングで、高出力砲撃か?」伝も聞いた。
「いや、ここは——」意を決した表情でカケルは言う。
「『合体』で行く」
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