6.再会は手榴弾の感触。

 マジョーノイを先頭に通路を進むカケルたち。マジョーノイの案内でたどり着いた通路の10メートルほど先に、他と違う豪華な扉があるのを確認する。見るからにお姫様が入ってそうな部屋の扉の前に、黒いスーツ姿の男が二人立っている。黒いスーツの男はマジョーノイを確認すると、声を掛けてきた。


「秘書官。いかがなさいましたか?」


 言い終わるか終わらないかのタイミングで、パスパスとパラライザーの音がする。黒いスーツの二人は、壁に沿ってずるずると座り込んだ。

 あまりに躊躇のない樫太郎に、ちょっと引くカケルとルゥイ。


「いや、面倒なことになりそうだから」


 そう言う樫太郎のパラライザーの射線が自分から外れたことを、マジョーノイは逃さない。振り向きざまにマジョーノイは、樫太郎の手首を手刀で打ち付け、手にしたパラライザーを落とす。そして振り向いたときの遠心力をそのままに、樫太郎の腹部に膝を叩き込んだ。


「うっ」と唸って後ずさる樫太郎を、ルゥイが支える。


「残念だけど、お遊びはここまでよ?」


 構えを取るマジョーノイ。タイトスカートにピンヒールだというのに、その構えには隙が無い。

 それに対し、ゆらりと、だがスキのない動きで、カケルがマジョーノイの前に立つ。何か言い知れぬ危険な気配を感じて、マジョーノイはカケルに手刀を放った。

 パシッと空を切る音だけがして、カケルは顔のすれすれで手刀を躱す。躱された手でマジョーノイはカケルの襟を掴もうとするが、カケルはその腕を上にいなしつつ、体を屈めながら、彼女の腹部に肘を打つ。マジョーノイはぎりぎりでその肘を抑えて止めた。いや、カケルがぎりぎりで止めたから止まったのだと、彼女は理解した。カケルの肩がマジョーノイの胸の辺りに打撃を加えようとしてくる。とっさに彼女は膝をカケルの腹部に見舞おうとしたが、軸足の膝の辺りをカケルの膝に横から崩され、カクンと膝から崩れ落ちる。

 態勢を崩したマジョーノイを、崩れる力を利用しつつ、カケルは彼女を一回転させ、正面から壁に押し付ける。要所を固められたのか、マジョーノイは身動きが取れない。


「あなたたち、何者なの?」

「ただのオタクの高校生です」


 また、容赦なく樫太郎がパラライザーを撃つ。マジョーノイはずりずりと、壁にもたれて倒れる。

 目の前の光景に驚くルゥイが聞いた。


「君たち、ほんとに何者!?」


 樫太郎が答える。


「ただのオタクです。ヒーローと格闘技関連のオタクであるカケルが、書物やら動画やらで研究しまくり、幼少の頃より鍛錬を重ねて体得したオタク拳法です。俺の場合は、その手のテレビゲームとサバイバルゲームを嗜む、軍事関係オタクの賜物です」

「地球のオタクってすごいんだね」


「まあ、それなりに」樫太郎は襟を正す。「さあカケル、お姫様とご対面だぞ!」


 樫太郎に言われて、扉の前に立つカケル。自分でも分かるほど、一際心臓が大きく鳴った。


「アリアーシラ?」


 カケルは扉に向かって名前を呼ぶ。何かガチャガチャと金属音が扉の向こうから聞こえて、それから、扉の直ぐ反対側に人の気配がした。


「カケル君ですか!?」


 アリアーシラの声だ。


「うん。君に会いに来たよ」


 間違いないカケルの声に、扉の向こうで飛び跳ねて喜ぶアリアーシラ。喜びを噛み締めつつ、扉に戻ると言った。


「カケル君!そこから離れてください!」

「え?」

「そこから離れて!」


 アリアーシラに言われて、カケルは扉から離れる。それと、痺れている黒いスーツの二人も扉から離した。

 少し間があって、ズゴンと扉から鈍い音がした。扉の四隅から煙が漏れ、ゆっくりと扉が開く。


「カケル君!」


 煙の中からアリアーシラは飛び出してくると、カケルに抱き着く。彼女の肩から下がっているベルトに着いた手榴弾のような物がゴツゴツして痛かったけど、カケルはアリアーシラの態度に、迎えに来て良かったんだなと、ほっと安心した。


「迎えに来たよ」

「カケル君!私、カケル君に迎えに来てもらえるなんて、幸せでいっぱいです!」


 二人を見ながら、「おお——」と泣くルゥイ。「良かったあ、本当に良かったあ。ああ、あたしもこんなシチュエーションになりたぁーい!」


 そんなルゥイの手を、樫太郎が握る。


「良かったら、僕がなりましょうか?」


 苦笑いしながらルゥイは、否定を込めて樫太郎の手から自分の手を抜き取った。そのとき、丁字路の向うから、ざわざわと人の気配がする。アリアーシラはカケルから名残惜しそうに離れると、丁字路に向かってライフルを構えた。


「爆音で気付かれましたね。急ぎましょう」


 そう言ってアリアーシラは、丁字路から現れたスーツ姿の男たちにぱらららっとライフルの弾を浴びせかける。ばたばたと、男たちは倒れた。

 樫太郎以上の躊躇のなさに、呆然とする三人。そんな三人にアリアーシラは、「パラライザーだから大丈夫です。後遺症も残りません」とニッコリ笑って言った。



「カケル君、ここにはどうやって来たんですか?」

「ルゥイさんの宇宙船で。発着場に泊めてある」

「では、そこに向かいましょう」


 アリアーシラを先頭に発着場へと向かう四人。ところどころスーツの男たちが現れたりしたが、その都度、アリアーシラが手投げタイプの催涙弾を投げたり、パラライザーライフルで撃退したりと大活躍だ。

 改めてカケルたちは、戦闘星団ゼールズの姫君の力を実感した。

 アリアーシラ無双により、発着場に到着したカケルたち。ルゥイの宇宙船に次々乗り込む。操縦席に着こうとするルゥイを、アリアーシラが制した。


「ちょっとお借りします」


 慣れた手つきで宇宙船を操縦するアリアーシラ。宇宙船は離陸してから、発着場の方を向いた。


「装備は光子バルカンですね?」

「そーだよぉーって、ええええ!」


 アリアーシラはモニターで対人反応無しを確認すると、発着場とそこに泊まる宇宙船に盛大にバルカン砲をばら撒く。


「これで少しは、時間稼ぎになるでしょう」


 アリアーシラの、あまりに純粋な微笑みに、三人は少しだけ寒気がした。


 モニターに映るゼールズ太陽系方面攻略支店が次第に小さくなる。それを見ながらカケルは、アリアーシラに言った。


「良いのかい?もう、帰れないかもしれないよ?」

「構いません。一度は、捨てた場所です。それに——」

「それに?」


「私が帰るところは、地球です」


          ○


「おのれ、地球人の少年め——」


 痺れの残る体をメイド服の女性に介抱されながら、ゼオレーテは怒りを顕わにする。同じく痺れの残るギックーが、介抱されながら言う。


「申し訳ございません支店長。我々が付いていながら」

「お前たちのせいではない、気にするな。そんなことよりも、アリアーシラが、また出て行っただと?しかもあの少年と一緒にだ!おのれ、許さんぞ!」


 怒れるゼオレーテに、痺れから先に立ち直ったらしきリゴッシが報告する。


「アリアーシラ様を乗せたと思わしき船は、地球に向かったようです」

「地球だと——」ゼオレーテはふらふらと立ち上がる。「駆け落ちでもするつもりか。良かろう、ならばこちらも容赦せん。アポイントメントを用意せよ!」


「はっ!」よろよろと、ギックーは立ち上がる。ギックーを支えながら、リゴッシが聞いた。


「支店長、今回のポイントはいかに?」

「20だ」

「20!」


 驚くギックーとリゴッシ。ゼオレーテはクックッと笑う。


「丁度良い頃合いだ。こちらも少し本気を見せるとしようではないか。航空特化型10、射撃特化型20、通常型10だ。『ティオーン』も投入しろ。アリアーシラとあの少年の帰るところなど、制圧してくれる!」

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