4.ピンクと一緒に火星に行こう。②

「衛星軌道のデブリ帯を抜けたら亜光速ドライブに入るから、そしたらもう、すぐだよ」


 ピンク色にデコレーションされた操縦席でルゥイが言う。操縦席とは言っても、ほぼ自動操縦のようだ。


「しつもーん!」やたら元気が良い樫太郎。

「はい。メガネ君」

「ルゥイちゃんは良く地球に来るんですか?」

「良い質問だね。お仕事で、神宮路さんの所はときどき来てるよ。今回はエナジウム合金の特許取得の件で来たんだよう」


 聞き覚えのある単語に、カケルが反応する。


「エナジウム合金の特許取得?」

「そう!特許取得。地球でもあるでしょ、特許。あれの宇宙版。今回申請が通ったから、その関連書類の手渡しと報告に来たの。これで地球以外でエナジウム合金の精製が困難になるって、神宮路さん喜んでたよ!」

「それって」カケルは真面目な顔で言う。「今回のゼールズとの戦争以降も見越してってことですよね。正直、エナジウム合金の力は、今のところゼールズ相手に余剰なくらいに感じます。その力を地球側で、精製方法の管理をするってことは——」


「地球以外の星に対する抑止力ってことで間違いないと思うわ」


 真剣な顔で、ルゥイは答える。その綺麗な表情と顔立ちに、カケルは一瞬ドキッとした。


「実際、エナジウム合金やラインマシンの力は、宇宙連合機構から見ても、飛び抜けているものがあるわ」

「ゴオラインで地球を守る方法の一つは、ゴオラインを相手に作らせないこと」

「そうね。今後エナジウム合金は、地球の特別特産品扱いになるから、ほかの星は簡単には入手出来なくなるね」


 ルゥイは少し切ないような顔で、外の宇宙空間を見つめる。


「アポイントメント戦争を仕掛けられる側の星でね、良くあるの。何も出来ずに、一方的に負けちゃう星も。いくら宇宙連合機構で、その文明や文化は保証されるとしても、ひとつの星が戦争で負けていくのを見るのは、あまり良い気分じゃないわ。だからその点、地球は、神宮路さんは、こうしていろいろな方法を模索してやってくれているのを見ると、少し安心するの」


 外の宇宙空間から、カケルへとルゥイは視線を動かす。今までとは一転して、年上の女性の色香すら感じる彼女に、カケルのドキドキは止まらない。


「アリアーシラちゃんに報告だな」


 眼鏡を直しながら、樫太郎はぼそりと呟く。とたん、カケルは背中に冷え冷えの豆腐でも投げ込まれたみたいな気持ちになった。


「バカ!普通に話していただけだろう!」


 露骨に声を荒らげるカケルの顎を樫太郎は鷲掴みする。


「顔が赤い。呼吸に乱れがある」


 さらに次は手首を掴む。

「脈拍が異常に早い。手が汗ばんでいる」


 口を開かせたり、眼を大きく開いたりする。


「貴様、それが今からお姫様に会いに行こうって男の態度か!」

「なんへもひひはらふひはらへのはへへ!(何でもいいから口から手を離せ!)」


「あっはははは!」二人のやり取りを見てルゥイが笑う。「お楽しみのところ悪いんだけどー、二人ともこれに着替えて」


 ルゥイは二人に制服のような物を渡す。


「宇宙連合機構の制服だよ。ゼールズに着いてから、怪しまれないように、ね」


 言ってルゥイはウインクした。

 数分後、宇宙連合機構の職員が二人出来上がる。灰色と青の、交番勤務の警察官みたいな服装だ。


「使わないに越したことないけど」ルゥイが二人に、ハンドガンのような物を渡す。「パラライザーだよ。当たっても死にはしないけど、30分はまとも話が出来ないくらいには痺れるよ!気を付けてね」


 先端にリングが連なったオモチャみたいな銃を、カケルと樫太郎はしげしげ見つめた。


「さあ、そろそろ亜光速ドライブに入るよ!そしたら直ぐに到着だからね!」


 宇宙船は亜光速航行に入る。外の星々の光が線状に流れていく様にカケルと樫太郎は感動する。


「すごいな」カケルが目を輝かせる。

「まるで映画だ」樫太郎もその光景に見とれた。


 直ぐに到着、と言った通り、ものの1、2分で亜光速は終わる。そして窓の外に現れる赤い星、火星。


「おおおお!」たまらず樫太郎が、一眼レフのシャッターを素早く切る。「火星を一眼レフで撮った地球人なんて、俺が最初じゃないの!」


 ばしゃばしゃシャッターを切る樫太郎。ピースするルゥイもその画像に収めつつ、どんどんシャッターを切るうちに、火星は近付き、大きくなっていく。

「あれは——」カケルは火星に複数の、緑の点のようなもの見つける。それは近付くにつれて、巨大な都市の姿を顕わにした。


「あれがゼールズ太陽系方面攻略支店だよ」


 その光景は異様だった。真っ赤な火星の赤い大地に突如出現する緑に包まれた大都市。ドーム状の透明な何かで覆われた空間の中、近未来的な都市群が立ち並ぶ。その中に点在し、また、都市を包むように生い茂る深い森。カケルの知らない火星の風景が、そこにはあった。


「地球は、これと戦っているのか」


 科学技術の違いを、カケルは感じる。そして同時に、湧き上がってくる実感。ゼールズに来た。ここに、アリアーシラがいる。

 宇宙船は都市の中でも一際大きな建物の、屋上にある発着場に着陸する。ドアが開くと、まるで地球の森林のような澄んだ空気が入って来た。


 先ず、ルゥイが降りた。続けて樫太郎が降りようとしたが、なかなか床に足を付けようとしない。


「何やってんだお前」カケルが聞く。

「いやだってお前、火星の重力は地球の40パーセントしかないんだぞ?迂闊に動いたら、どうなることか」


「大丈夫だよ」ルゥイが樫太郎の手を引っ張る。もう、直ぐにデレデレする樫太郎。


「あれ?」


 手を引かれて足を下して、重力が、地球と変わらないことに気が付いた。驚く樫太郎に、ルゥイが説明する。


「ゼールズの本星はねー、地球とほぼ同型の惑星なの。重力とか大気の密度だとか地球にそっくり。人型星人の住む星としては割とメジャーだね。だからそこに住んでいたゼールズ人に合わせて、この都市は重力制御されてるのだよ」


 なるほど、と思いつつも、ちょっとつまらないなとカケルは思う。


「じゃあ、カケル君とメガネ君は、私に付いて来た新人の訓練中って体で。最初にゼオレーテ支店長に会いに行くけど、間違ってもブッコロしちゃわないように。支店長をブッコロしても、戦争は終わらないからね?」


「了解」とカケルは答え、「はああーい」と樫太郎はくねくねする。


「良し!それじゃあ、行ってみよう!」


 通路を歩く三人。行き交う人は皆、一様にスーツ姿で、アリアーシラ程の輝きを持った髪の者はいなかったが、青か緑の綺麗な髪の色をしていた。カケルたちとすれ違うたび、「いらっしゃいませ」とか「お疲れ様です」とか挨拶してくる。


「まるで社会見学だな」樫太郎が小声で言う。

「ゼールズではね」ルゥイが小声で説明する。「君らで言うビジネススーツが軍服であり戦闘服なんだよ」


 ということは、さっきから会う人らは皆軍人か。カケルはタブレットケースからラムネを取り出すと、口に含んだ。

 通路をしばらく行くと、お出迎えの者が二人いた。ギックーとリゴッシである。ギックーは一歩前に出ると、ルゥイに話し掛ける。


「いらっしゃいませ、ルゥイ補佐官。おや、今日はお一人ではないんですね」

「新人のピーチ君とパーチ君だよ。よろしくね!」


「ピーチです」

「パーチです」


 突然振られたカケルと樫太郎だったが、腕を後ろで組んで、なんとなく軍隊風の感じで答えた。


「へえ」ギックーはカケルと樫太郎を順に見る。「小鳥のさえずりみたいな名前だねえ。ルゥイ補佐官の下に就けるなんて、君たち幸運だな」


 本当に就いてる訳でもないが、「ええ、まあ」と樫太郎がニヤつく。

 遠近感を盛大に壊しながら、大男のリゴッシが近付いて来る。


「君たち兄弟?黒髪なんて珍しいね。僕たちは兄弟なんだ、よろしくね」


 なんだか人の好さが滲み出ている。

 この人たちを騙していることに、カケルは少し気が引けた。


          ○


「鳥よ 鳥よ 籠の中——」


 美しい歌声がする。自室に閉じ込められたアリアーシラは、童謡のような歌を歌っていた。


「鳥よ 鳥よ 籠の鳥——」


 くり抜かれた本の中から、金属の部品を手にする。クローゼットの横板が蓋状になっていて、中から金属の細長い筒を取り出す。


「籠の中には朝日が来るか——」


 歌いながらアリアーシラは、カチャカチャと手元を動かす。組み上がって行くのは、地球のそれとは違うものの、見るからにそれだと分かる銃火器だ。1メートル以上あるライフルを組み上げるとハンドガンの横に置いた。

 細く繊細な指と、銃火器のアンバランスさが、美しくすら見える。


「籠の中には夕日は射すか——」


 長い睫毛の映える青色の瞳で、アリアーシラは並べられた銃火器類を見つめる。


「カケル君、もう直ぐです。アリアーシラはあなたの元へ帰りますよ」


「うふふ」と、アリアーシラは明るく笑った。

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