3.ピンクと一緒に火星に行こう。①
「ないわよ、そんなもん」
ピシャリと、来花がカケルに言った。
「確かにラインマシンは現状、地球において破格のオーパーツ級テクノロジーよ。でもね、それで手いっぱい。航行用のデバイスなんか造ってる余裕はないの」
神宮路邸の中でも異彩を放つ、往年のロボットアニメの秘密基地を彷彿とさせる建物。ラインマシンの格納庫やラインフォートレスの発着所と隣接し、指令室を備えたこの建物の通路の一角に、カケルたちはいた。
「そんなあ」がっくりと肩を落とすカケル。「通常のロケットなんかで行ったら一体なん日かかるんだろう——」
「アリアーシラのとこに行きたいのね?」
眼を丸くして、じっと来花を見つめるカケル。彼女の言葉の通りだと、無言で訴える。ちょっとかわいいなと、来花は思った。
「手がないわけじゃないわ」
来花はにっこり笑うと手招きして振り返る。ちょうどそこに、通路の曲がり角から現れたピンク色の物体が衝突した。衝突したにも関わらず、ぷにゅんと、柔らかい音がした。
「もおー。誰ですかこの宇宙連合機構のアイドルと曲がり角ドッキリしちゃった宇宙一ラッキーな方は?でもぷにゅん?随分柔らかい感触が——」
座り込むルゥイは顔を上げると、そこには自分の頑張って強調しているそれよりも圧倒的に豊かな胸を持った来花の姿があった。
「なんだ、来花ちゃんか」
ルゥイは小声で、興味なさそうに呟く。
「あら、方法のほうからやってきてくれたわね」
カケルに笑い掛ける来花。その陰から覗き込んだ樫太郎は、ルゥイを見つけると嬉しそうにその名を呼んだ。
「ルゥイちゃん!」
「はぁーい!」ルゥイは自分に関心がある男がいることを確認するや否や、立ち上がってポーズを取り、本人が可愛いと思っているだろう決め顔を見せてくる。
画面で見たときより面倒臭いなと、カケルは思う。
「うわっ!?」ルゥイを見て驚く伝。「テレビで見たことがある人だ」
間違いない。2週間ほど前、地球全体にピンク色の画面を晒している。
「写真良いですか!」樫太郎が手を上げる。「握手は!?サインは!?」
大好物な質問に、ルゥイは満面の笑みで答える。
「写真は3枚まで!サインは2点まででーす。握手もOKだよ。希望の人は一列に並んでくださーい」
無論、並ぶものはいないと思いきや、樫太郎の後ろに伝が並ぶ。並ぶ伝を見ながら、そっちの人かぁと、カケルは思う。
樫太郎は、いつでもお傍にカメラバッグから、えげつない高額一眼レフを取り出すと、えげつない高額単焦点レンズを装着する。
「目線くださーい。笑顔で」
「はぁーい!にこっ!今日はルゥイのために集まってくれてありがとう!(自費出版の)写真集希望の人は言ってねー。在庫確認しまぁーす」
○
警察署の取調室。容疑者の前には、ほかほかのかつ丼が置いてある。
「それ食ったら、話せよ」
「何を?」
「お前が知ってるゴオライガーの情報だよ!」
「知らん」
容疑者は答えると、素早くかつ丼の蓋を開けてがばがばと箸でかき込む。
「おい!こら!勝手に食うな!おい!」
○
「という訳で」顔の脇で人差し指を立てた来花が、カケルとアリアーシラの顛末を掻い摘んで話終える。
「かわいそう」何処がかわいそうか分からないが、聞いたルゥイが眼尻にハンカチを当てる。もちろん、本当は涙など出ていない。
「分かったわ、カケル君。私がゼールズ太陽系方面攻略支店まで連れて行ってあげる」
「えっ」とカケルは驚く。思った以上に話が早い。
「ちょうどクレームでゼールズには行く予定だったし、そっちのお二人さんが写真集も買ってくれたしね」
ルゥイの目線の先には、写真集を小脇に抱えて、ほくほく顔の樫太郎と伝がいる。
「だから、サービス」
○
発着場には、巨大なラインフォートレスと、その横に見慣れない、明らかに地球の物ではない宇宙船があった。まるでシューティングゲームにでも出てきそうな、鋭利な形をしている。
「それじゃあ出発しますけど」宇宙船の扉に手を掛けてルゥイが言う。「乗せていくのはカケル君だけで良いのかな?」
「俺も行きます」樫太郎が手を上げる。
「じゃあ、僕も」
前に出ようとした伝の腕を、がしっと来花が掴む。
「あなたはダメよ」
「えっ、でも僕も行きたい」
純朴そうな目で来花を見る伝に、来花は深いため息を漏らした。
「あなたがいなくなったら、ラインマシンのパイロットが誰もいなくなちゃうでしょう?」
「ほら、自衛隊にもエナジウムフレームが配備されるっていうし、1回くらい、僕がいなくっても——」
「ダメよ」
来花に睨まれて、大男とは思えないぐらい小さくなる伝だった。
○
「結局、ゴオライガーって何なの?」
セーラー服の女子高校生が聞く。
「分かんない。でも、地球を救ってくれるって、あちこちで噂だよ」
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