2.カケル、青春真っ盛り。

 降りしきる雨を教室の窓からぼんやり見つめるカケル。時折ぽそぽそとチョコメロンパンを口にしては、ぽろぽろと表面のクッキー地を制服にこぼす。


「露骨に食欲もないのね」


 自分の席から椅子を持って来て、カケルの席の横に座る鈴が、カケルの机に広げたお手製のサンドイッチを食べながら言う。


「どんどん悪化していくな」


 自分の椅子をカケル側に向けて、カケルの席に置いた味噌味のカップ麺を啜る樫太郎が言う。


「しっかし、アリアーシラちゃんがいないと」食卓と化したカケルの机を樫太郎は見る。「どうにも貧相な昼食だな」


「なんだと!」


 怒った鈴のパンチが見事に樫太郎の頬を捉える。


「あたしの作ったサンドイッチに何か文句でも?」

「いや、ないです。俺が言ったのは、俺とカケルの貧しい昼食のことでして」

「ならよろしい」


 ふんっと鼻を鳴らす鈴。小さくなる樫太郎を確認すると、カケルの方を見た。相変わらず、食べてるんだかこぼしてるんだか分からない具合でメロンパンをぽそぽそやっている。好物のチョコメロンパンを口にしてもまともな反応のないカケルが、不憫に思えてくる。


「カケル、良かったらあたしのサンドイッチも食べて。メロンパンだけじゃ、栄養も量も足りないでしょう?」


 言われてカケルは添え物のフレンチフライと彩りのパセリを手に取る。


「ありがとう」


 むしゃむしゃと食べた。


「やあ、ポテトのサンドイッチなんて斬新だなあ、パセリが効いてるのが良いね。美味しいよ」


 ぼんやりした眼でカケルが言う。少なくとも、味くらいは分かってるらしい。鈴はカケルがこのままダメになってしまうのではないかと、何だか悲しくなった。


「こんな美味しいサンドイッチを作れるなんて、鈴は良いお嫁さんになれるなあ」


 そのときカケルは、自分で口にしたお嫁さんの言葉に反応する。


「——およめさん?」


 すっくと立ち上がる。


「お嫁さんだと!」


「カケルの脳裏に、蘇る記憶。それは、たった2週間とは言え、二人の甘酸っぱい愛のメモリーであった」


 樫太郎が急にナレーションする。それは、当たらずも遠からずであった。

 カケルは思い出す。アリアーシラと出会ったときのこと。ゴオラインに乗ったときのこと。樫太郎と鈴と、アリアーシラの四人で囲んでいた、毎日の昼食。朝、毎日迎えに来るどころか部屋まで起こしに来ること。放課後、どこにでも付いてこようとする彼女に困ったこと。

 一部男子にはなかなか、どストライクなシチュエーションである。

 そして毎日、展開されるやたらに高レベルなお弁当。アリアーシラの祖母いわく、「人心を掴むなら、先ず胃袋を掴め」に、見事にハマっていた。

 婚約だ結婚だと騒がれ、毎日困らされていた。そして、あの、謎の黒い重圧。


 正直、本当に怖い。


 それなのに、急にいなくなって、三日も連絡を寄越さないだなんて。

 まさか本当に、逃げられちゃったんだろうか。いや、俺のことはともかく、こんな簡単に地球のことを投げ出しちゃうような人ではないはず。やはり、何かあったのか——。


「確かめる」


 カケルは男らしく、まるで骨付き肉でも食いちぎるかのようにメロンパンをかじると、炭酸飲料で流し込んだ。彼の中では机に置いたのは炭酸飲料のペットボトルではなく、ラム酒かウイスキーのボトルのイメージだ。ぐいっと、腕で口を拭く。


「アリアーシラの所に行ってくる」


 立ち上がるカケル。その彼を見上げて、樫太郎は聞いた。


「行くってお前、どうやって?」

「分からん。とりあえず神宮路邸に行ってみる」


 言ってカケルは、走り出す。


「やるじゃない」鈴は赤く染まった頬を両手で抑える。「不覚にも、ちょっとカッコよく見えたわ」


「やれやれ」樫太郎はカップ麺の器を机に置くと立ち上がる。「あいつ一人じゃ危なっかしいし、付いて行ってやるとしますか」


「いやあんたは午後の授業あるでしょ」


 樫太郎と鈴の間に沈黙が流れる。


「おい、待てよカケルぅ」


 沈黙を破り走り出そうとする樫太郎。鈴が足を引っ掛けようとするが、それをひょいと躱して走り去る。


「ちょっとあんた!」


 走り去る樫太郎の背中を、不機嫌そうに見る鈴。それから、メロンパンの袋やら食べかすやらカップ麺のカラやらの残る机を見た。


「あたしに片付けろってか」


 不機嫌さを増す鈴だった。


          ○


 ガイダンのオモチャで遊ぶ3歳くらいの男の子。


「ねえねえ」

 同じくらいの歳の女の子が声を掛ける。


「それってゴオライガー?」

「違うよ、これはガイダンだよ」

「ふーん。ゴオライガーじゃないんだ」


          ○


 雨が上がりたての住宅街を走るカケルと樫太郎。走りながら樫太郎がカケルに聞く。


「お前、このまま青春真っ盛りみたいに、走って行くつもりじゃないだろうな?」

「まさか。この先から地下鉄乗ろう」


 カケルが答えたとき、彼の横を乗用車が走り抜ける。白の乗用車はハザードランプを付けて、10メートルほど先で停車した。中から、体格の良い大男が降りてくる。


「やあ」


 スーツ姿に、似合いの革靴をはいた男に、二人は見覚えがあった。


「伝さん!」

「どうしたんだい、こんなところで。体育の授業って訳じゃなさそうだけど」


 制服姿の二人を見て、伝は言った。カケルが答える。


「今から、神宮路邸まで行くんです」

「神宮路邸まで?エマージェンシーとか、特になかったよね?」


 左腕に着けられた、カケルや樫太郎と同じGマークのブレスレットを見る伝に、カケルは首を左右に振る。


「ある意味私用、ある意味地球のために、ちょっと遠出して来ます。アリアーシラ、クウラインのパイロットに会いに行きます」

「クウラインのパイロット——」伝は来花に聞いたカケルとアリアーシラの話を思い出す。「そうか。分かった。僕が神宮路邸までは送ろう」

「良いんですか?」

「今、ちょうど空き時間なんだ」


 カケルと樫太郎は顔を見合わせると、「ありがとうございます」と返事する。伝は二人を後部座席に案内するように、車のドアを開いた。


「僕は、神宮路財閥の運営する保険会社に再就職することに決めたよ」

 シートベルトを締めながら、伝は言う。


「グランラインのパイロットとして待機しているだけでも良いって言われたんだけど、それじゃあ、落ち着かなくてね。保険屋を、続けてみることにしたんだ。前の会社はアポイントメントの件と不祥事でもう駄目だったから、とんでもなく良いタイミングだったよ。君たちには、感謝してる。ありがとう」


 車は走り出す。アクセルを踏む革靴は快調だった。


「お礼なんて」樫太郎は後部座席から言う。「伝さんは地球を守ったんですから、それに比べたら何でもないことです。こっちがありがとうございますですよ」


「お前」カケルが樫太郎に言う。「俺に感謝したことないだろ」


「お前は別。むしろ日頃から間抜けなお前をフォローしているこの樫太郎様に感謝しても良いのよ別に。ほれほれ」

「するか!」


「はははっ」伝は笑う。「ほんとに面白いな君たちは。ところでカケル君、君が行こうとしているゼールズの本拠地は、確か火星にあるんだよね?そこまで行く方法に何か心当たりはあるのかい?」


「ありません」

 カケルは真顔で答える。


「でも、あのラインマシンやフォートレスを作り出した神宮路財閥です。きっとロケットや宇宙船の一つや二つあるに違いありません。あ、もしかしたら、ゴオライン用宇宙航行外部ユニットくらいあるかもしれない!」


          ○


「いらっしゃい」

「ゴオライガー一つ」

「うちは、おでん屋だよ。そんなもの取り扱ってないよ」

「じゃあ、玉子と大根とちくわぶ」

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