第4話「これが噂のゴオライガー」

1.カケル、泡を吹き、ボールに当たる。

「ねえ、知ってる?」


 セーラー服の女子高校生が、教室で同級生に聞く。


「正義のロボット、ゴオライガーがこの地球を守るんだって」


          ○


 どんよりとした空。雲は厚く、朝だというのに街燈が点いている。まだ、雨は降ってきていなかった。4月も後半だったが、肌寒く、教室には詰襟の生徒や、セーラー服に薄手のセーターの生徒がちらほら見られた。


「うほお!」スマホを見ていた樫太郎が変な声を発する。「遂に日本国内でのエナジウムフレームの開発情報が、正式に発表されるってよ!」


 カケルの席の前で、力強く手を握り締める樫太郎。カケルが絶対に食いついてくる、大好物のロボットの話題だ。


「ふーん」


 カケルは外を見たまま、ぼんやりと答える。有り得ない反応だった。

 樫太郎はその「ふーん」から、時計を見てカウントを始める。ほぼキッチリ5秒経ったときだった。


「エナジウムフレーム!?」カケルは机を叩いて激しく立ち上がる。「国内開発のエナジウムフレームが正式発表だって!?すごいな、お披露目とかするのかな?見たいな」


「すごいタイムラグね」腕組みして、困った顔をする鈴。「もう病気ね」


「病気——」樫太郎は右手の親指と薬指で、眼鏡をクイッと持ち上げる。「アリアーシラちゃんロス」


「はあっ!?」カケルは大きい身振りで否定する。「そんなじゃないし!」


「反応がデカいな」

「大きすぎるわね」

「もう三日もたつからな」

「アリアーシラから音沙汰なくなってから」


「そんなことより樫太郎おー」グネグネした変な動きでカケルが言う。「もっとEFの情報くださいようー」


「そんなことより?」


 鈴はカケルの襟首を左手で掴む。


「そんなことよりって何?気に入らないわね。大体あんたアリアーシラの何が不満なの?あんな綺麗でかわいい子から結婚迫られるなんて、あんた100万回生まれ変わっても無理よ?さっさとOKしないから逃げられちゃうんでしょう!?」


 ガクガクと激しく前後にカケルの頭が揺さぶられる。


「まあまあ母さん」樫太郎が鈴をなだめようとする。「たいがいの男は、結婚と言う二文字に対して怖気づくものだよ。カケルも付き合ってくださいだったら二つ返事だったかもしれないが、なかなか婚約から始まるってのは難しいのじゃないか?はっはっは」


「誰が母さんか!」


 鈴は樫太郎の襟首も掴むと激しく揺さぶる。カケルの口から、ちょっと泡が出た。


「蓮尾君?」

「はあっ!?」


 怒る鈴が声に振り返ると、担任教師が恐る恐るこちらを見ている。


「ホームルームしたいんですが?」

「あ、すいませーん」


 カケルと樫太郎をぞんざいに投げ捨てると、そそくさと自分の席に着く鈴であった。


          ○


 テレビの中、ワイドショーのコメンテーターが言う。


「ですからね、このゴオライガーと言われているロボットは、神宮路財団の保有するゴオラインのことを直接指してる訳では無いんですよ」

「では、何なんですか?」

「解りません」

「解らないで、あんた、良く仕事出来てるなあ。次は家庭の知恵のコーナー」


          ○


 降り出した雨は強くはなかったが、じっとりと、湿気を伴っていた。体育館で体育の授業を受けるカケルは、バスケットボールをしていた。湿気のせいか、いつもより息がしづらく、体の重さを感じる。


 四月というタイミングで、体育館を男子と女子に半分わけて、体育の授業が行われるというのは貴重である。女子はお気に入りの男子がどの程度運動が出来るのか、男子は女子にどれだけ良い格好を見せられるのか、そこに数々のドラマが生まれる。


 カケルは基本、スポーツ全般が苦手ではない。むしろ何でも、人よりこなせるほうだ。だが逆に、特化するものも全然ない。人並み以上だが、一流には成れないタイプだ。だから彼は部活も、運動部ではなく写真部に在籍していた。


 カケルは相手のボールをパスカットすると、ドリブルしてゴール下へと向かう。ディフェンスを一人躱すと、さらにドリブルし、ランニングシュートを決めた。


「やるな頼光!」

「ナイシュー頼光!」


 部活でやってる者には敵わなかったが、そうでないもの相手にはすこぶる強い。

 クラスメートとハイタッチしながら、カケルは思う。スポーツは良いなあ。余計なことを考えなくて済む。でも、それにしてもアリアーシラ、どうしちゃったんだろう。もう三日にもなるぞ。大体なんだ、急に俺の前に現れて、急にいなくなって。気になってしょうがないだろ!否。気になんかしないぞ。俺はこの限られたと言われる青春の中で、スポーツを楽しむと心に決めたのだ!


 ああ、スポーツ!


 なんだかよく分からない独白をしたカケルは、ふと、体育館の用具室の方を見る。


 ——アリアーシラ!?


 用具室から出てきた青い髪の体操着の少女に、カケルの視線は釘付けになる。


「カケル!」


 樫太郎が叫ぶ。カケルの頭部、当たり所の良くない所に、バスケットボールが直撃する。ゆっくりと倒れ込むカケルの視界の中で、彼は用具室から出てきたのが、チアの応援用の青いポンポンを被った同級生の女子だと確認する。アリアーシラではない。


「ごはっ」


 倒れるカケル。駆け寄る樫太郎と鈴。


「重症だな」樫太郎が呟く。

「重症ね」鈴が答えた。


          ○


 たくさんのマイクを前に、間宮総理が発表する。


「これが現在、日本が開発中のエナジウムフレームです」


 総理の背後の大型モニターに、グレーの機体が映し出される。全長は18メートル。人型で、戦闘機の後部を背中に背負ったような形をしている。あまりヒロイックな感じはないが、兵器然とした格好良さがあった。


「神宮路財団の保有するラインマシンと共に、日本国内に留まらず、国連地球防衛軍との協力の下、世界各地での対アポイントメント活動に使用されます。先ずは自衛隊に3機。その後も増備予定です。このエナジウムフレーム、通称EFの配備により、今後はアポイントメントによる脅威が軽減されることでしょう。また、世界各国は、国連地球防衛軍の主導の下、それぞれの国でのEF開発に力を入れており、完成の暁には、世界規模での対アポイントメント活動が展開される予定です」


 総理の説明が一通り終わると、記者団の質問へ移る。


「総理、エナジウムフレームの個体名称を教えてください」

「『EFJ01旋風』です。まるで旋風の如き、旋回能力と機動性が売りです」

「せんぷう——。ゴオライガーではないのですね?」

「はい。名称は旋風です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る