7.伝、歓迎される。
倉居生命ビルに突き刺さったアポイントメントを、伝はグランラインのコクピットから確認する。
「ここ、僕の勤め先だ」
「えっ!」
モニター越しに、ゴオラインに乗ったカケルが反応に困ったような顔をする。伝は小さくため息を吐いた。
「良いんだ。さっき君たちから話を聞いて、このグランラインに乗ると決めたとき、今までの仕事はもう辞めようと思っていたからね。あそこには、僕の居場所はないんだ、たぶん、ずいぶんと前から。いろいろ自分に踏ん切りがつかなくなっていただけで」
「伝さん」
伝はモニターに映る倉居生命ビルを拡大表示する。風が吹くたび書類が飛ぶのが見えた。顧客情報だけじゃない。粉飾決済やら不当な勧誘やらの証拠が、今、風に吹かれて飛んで行く。
会社は、建物だけの問題じゃなく、もうダメだろう。
モニターの画像を下にスクロールさせると、ビルの下で書類を集めている上司の姿が見えた。何か喚き散らしながら紙の束を持っているが、自衛隊員に両脇を抑えられて連れていかれる。
小さく、伝は笑った。
「カケル君、僕、無職になりそうだよ」
「その心配はございません」
モニターに、来花の姿が映る。もう寿司職人の恰好ではなく、スーツに身を包んでいた。
「稲代さんがグランラインに搭乗された以上、あなたは神宮路財閥の加護の下にあります。あなたが望めば、三食昼寝付きのグータラ生活を送るのも、神宮路の関連機関で働くことも自由に選択出来ます。これは、あなたがグランラインを降りたとしても、永続的に続く保障です」
「えー?」通信にカケルが加わる。「来花さん、聞いてないなその話」
「君は学生でしょ。なに?学校行きたくないの?」
「そういう訳じゃないけど」
「じゃあ、良いじゃない」
「そういうことじゃなくて、知ってると選択肢が増えるっていうか」
「面倒臭いこと言うわね。良い大人に成れないわよ?」
二人のやり取りを微笑ましく聞いていた伝に、来花が声を掛ける。
「稲代さん、どう?グランラインは操縦出来そう?」
伝はハンドガン型の操縦桿を両手に持ち、少し動かしてから、足下のペダルを踏む真似をする。
「はい、何とかなりそうです」
「グランラインは基本、重装甲で射撃専門の機体です。ちょっとやそっと撃たれても、装甲かその前に表面のエネルギーシールドで弾いちゃうから、安心して戦ってください」
「開始5分前です」
アポイントメントから声がする。緊張するなってほうが無理だなと伝は操縦桿を握りしめる。「筐体に、コインを入れたときの気持ち」伝はカケルの言葉を思い出す。そしてイメージした。ゲームが始まる。敵が現れる。僕は躊躇なくその頭部を打ち抜く。
「開始10秒前。5、4、3、2、1、戦闘開始」
開始直後、ガン!とグランラインのコクピットに被弾音が響く。
「損害無し!」来花から伝に通信が入る。「大丈夫だから安心して!」
そう言われてもな。伝は操縦桿を捻りペダルを踏む。被弾音はあまり心臓に良くない。
グランラインは道路を、後退しながらグネグネと蛇行した。グランラインがいたところにあった信号機が、被弾してバラバラに砕ける。
敵は一体どこから?
伝はモニターに目を走らせるとその姿を確認した。住宅やビルの陰から、時折、ジャンプして姿をみせるバッタのような機体。射撃特化型タイラードだ。
あれか!
伝はタイラードが次に姿を見せそうな場所を予測する。
「ゲームは敵の位置を『覚えれる』けど、現実はそうは行かないか!」
言いながら伝は、横に跳ねながら狙撃してくるタイラードの位置を予測する。予測が当たった分だけ、素早く照準が敵に合う。伝が操縦桿に付いたトリガーを引くと、グランラインの腕にある砲身が火を噴き、砲身から発せられた光弾は、タイラードの中心を打ち抜いた。
「やった!」
爆発するタイラードを見て喜ぶ伝。出来る、僕にも出来るぞ!仕事や恋が上手く行ってなかった劣等感が、すうっと溶けて流れていくような感覚を覚える。
伝は、狙撃の的にならないよう、路上のグランラインを移動させながらタイラードを探す。ペダルを踏む靴の感触が、いつもより心地良いような気がした。
グランラインがいた地面を、敵弾がえぐる。伝はその痕を見て、相手の位置を予測した。遮蔽物を避けて狙撃するため、ジャンプした射撃特化型タイラードが、降下して行くのが見える。
そこだ!
伝がトリガーを引くとグランラインの砲身が火を噴く。タイラードが爆発するのが見えた。
「良いぞ!この調子なら!」
「稲代さん!後ろ!」
来花からの通信に伝は後ろを向く。ビルの陰から現れた通常型のタイラードが、鎌のような武器を胴体の周りで回転させながら、急速に接近して来た。伝はグランラインの砲身を後ろに向けると素早くトリガーを引いた。しかし、タイラードはその砲撃を飛び上がって躱す。グランラインに、回転する鎌が迫った。
○
金属を金属が切り裂く音がして、ゴオラインの前で真っ二つになった通常型タイラードが爆発する。爆煙の向う側には、無事攻撃を免れたグランラインの姿があった。
「大丈夫ですか、伝さん!」
ゴオラインのコクピットから、カケルが呼びかけた。
「大丈夫だ」ゴオラインのモニターに伝の顔が映る。特に問題の無い表情を浮かべる伝を見て、カケルはホッと安心した。
「だが厄介だな」
遠くで、狙撃するためにジャンプした射撃特化型タイラードを、相手が撃って来る前に、伝は撃墜する。
「こうもチマチマやられたら、鬱陶しくてしょうがないな」
「そうですね」
「ドッキングしましょう」来花が言った。「上空から狙い撃ちするのよ。グランライン自体には、上昇する能力がほとんどないけれど、ゴオラインとドッキングすることでかなりの上昇が可能になる。空中での姿勢制御もね。さらにはエナジウム合金の共鳴作用で、防御力も強化される。被弾覚悟で、上空から攻めるわよ」
「了解」カケルは親指を立てて見せる。
「それが一番楽そうだ」伝も同意する。
ゴオラインはグランラインの背後に取り付く。グランラインの後部と、ゴオラインの膝とつま先が連結した。
「上昇!」
カケルの声にゴオラインとグランラインが反応する。2機は少しだけ浮き上がる。グランラインの底部キャタピラが格納され、大型のバーニアが露出する。轟音と共にエネルギーの柱が噴出され、グイグイと連結した2機を空へと押し上げて行く。50メートルほど上昇したところで停止すると、下から射撃特化型タイラードの狙撃が始まる。だが、防御力が強化されたグランラインの装甲に、カンカンと軽い音を立てて弾かれる。
グランラインのコクピットの中で、伝が地上にいる射撃特化型タイラードを次々にロックオンする。
「これでも食らえ!」
伝が叫ぶと、彼の着けているヘッドギアから虹色の光が輝き、彼の右目の前で照準器のような形を作った。グランラインの砲身が連続して光の弾を放ち、次々にタイラードを破壊して行く。
「射撃特化型、全機沈黙!」
来花はカケルに言った。
「さあ!アポイントメントの破壊を!」
グランラインとの連結を解き、宙に舞うゴオライン。まるで雷光の如き速さでアポイントメントに接近すると、それを防ごうとする通常型タイラード2機をあっさりと斬り伏せる。そしてそのままの勢いで、アポイントメントを斬り裂いた。
「一刀両断!」
爆発するタイラードとキラキラと霧散するアポイントメントを背に、光り輝く剣にゴオラインの姿が映った。
○
「君を歓迎しよう、稲代伝君」
右手を差し出して、握手を求める神宮路。その手を、握る伝。
ラインフォートレスの艦橋で、拍手が起こる。
「伝君、君の決断のお蔭で、我々は、そして地球は、また一歩勝利へと近づくことが出来る。ありがとう」
「僕こそ」伝は答える。「迷い悩んでいた毎日と決別出来そうです。これからはよろしくお願いします」
「私のほうこそ、よろしくお願いします」
神宮路は伝に微笑みで返すと、カケルと樫太郎、鈴の方を向いた。
「今回は君たちも活躍だったね。お疲れ様」
3人は照れたように笑いあう。そんな鈴の前に、花音が立つ。
「なかなか、かわいらしいぬいぐるみですね」
「良いでしょ。ゲーセンで取って貰ったんです」
「やるとは言ってないぞ」樫太郎が眼鏡をクイッと直す。「後から料金は請求するからな」
「ええ!嘘でしょ!?あ、あんたあたしの写真撮ってたでしょ、それでチャラよ、モデル代」
「やなこった」
二人のやり取りを見ながら、カケルは笑う。ああ、また今日も、こいつらのバカげた日常を守ることが出来た。本当に良かったと。そう思うカケルの眼に、ふと、伝の履いている革靴が見えた。あまり靴のことは詳しくはない彼にも、それが良いものだということは解った。
「伝さん、良い靴、履いてますね」
「ああ」靴を見る伝の瞳に、もうあの黒いカーテンは無い。
「僕の、自慢の靴なんだ」
○
「カケル君——」
自室の窓から見える星空の中、その中の一つとなって輝く地球を見ながら、アリアーシラはカケルのことを想う。
お身体は変わりないでしょうか?
アポイントメントは撃退していますでしょうか?
お鈴ちゃんに蹴られてはいませんでしょうか?
ああ、あなたを想ってみても、今はしがない籠の鳥。
それもこれも——。
「あの愚かなお兄様のせい」
どよどよと、アリアーシラの背後から黒い重圧が立ち上る。
「愚かなお兄様。わたくしの恐ろしさを、教えてさしあげましょう」
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