5.DENさんを探せ。

「それで?」露骨に不機嫌な顔で、鈴が言う。「なんであんたたちが人探しなんかしてるのよ?しかも日曜の午前中から」


「教えてやろう」


 きらりと、眼鏡が光る樫太郎。


「我々は崇高な使命を持ってここに臨んでいるのだ。司令からの指令。正に子供の頃からの憧れのシチュエーションが今ここに。これはチャンスなのだ。希望なのだ。私の価値が今ここに定まろうとしているのだ。良いか?我々は必ずや稲代伝さん、スコアネームDENさんを見つけ出しグランラインのパイロットとなることを承諾していただくのだ!正義の為だよアンダスタン。地球の為だよアンダスタァーン!」


「ちょっと良く分かんない」


 分からないというか、最初から聞く耳持ってない鈴が、説明してとばかりにカケルの方を向く。


「司令——、神宮路財閥の総帥から頼まれてね。稲代伝さんて人を探して、グランラインてロボットのパイロットになって貰いたいんだよ」


「司令って」


 黒のシンプルなロングワンピースの裾から見える、フリル付きの白いスカートが可愛い鈴が言う。


「カケルあんただいじょぶ?頭ジャブジャブやられてる樫太郎みたいになっちゃったんじゃないでしょうね?ほんと心配。大体、さっきから良いの?二人して機密めいたことあたしにぺらぺらと喋って!ちょっと、あたし変な人につけられるようになったり、急にさらわれたりするの嫌だからね?」


 二人とも、ほんと良く喋るなあと、何だかカケルは感心する。


「で、住所は?連絡先は?」

 鈴に言われてカケルは、「あ!」と驚いた顔になる。

「聞いてないや!」

「聞いてないな!」


 樫太郎が復唱し、鈴が露骨に嫌そうな顔をする。


「来花さんに聞いてみよう!」


 ブレスレットに手を掛けたカケルの腕を、樫太郎がガッと掴む。真剣な顔でフルフルと首を左右に振る樫太郎の表情に、カケルは以前、寝姿で画面に登場した来花を思い出す。あれから彼女と連絡を取るとき、そういったサービスショットにかち合うことはなかったが、いつまた出会うか分からない。それが今であったら最悪だ。


「大体、なんでお鈴を連れてきた?」小声で言う樫太郎。

「お前が昨日、お鈴のいる前で、今日の待ち合わせ場所べらべら喋るからじゃねえか」

 小声で返すカケル。


「俺か!」と樫太郎は額に手を当てて空を仰ぐ。


「どしたの?」


 首を傾げる鈴に、カケルはブルブル首を振った。


「何でもない。あ、そうだ!いっつもDENさんを見掛けるのはこの駅周辺のゲーセンだから、先ずはそこから回ろう!ああ、それに何だかお腹が減ったなあ!」


 言いながらカケルは周りを見渡し、何とかクレープ屋を見つけた。


「あー、何かすごくクレープ食べたい!」

「良いわね」


 あっさり乗る鈴に、カケルは助かったと安堵の息を漏らした。



 十数分後、ベンチに座るカケルたちの手には、それぞれクレープが握られていた。カケルの手には苺チョコ、樫太郎の手にはバナナチョコ、鈴の手にはキャラメルプリンだ。


「いっただきまーす」


 三人の声が揃う。

 カケルが一口食べると、口の中に、チョコレート特有のカカオの香りとほのかな苦みが溢れる。その中に、苺の甘みと、クリームで優しくコーティングされた酸味が広がる。それらを一体として包み込む、クレープのもちもちとした生地。

 ぱああっと、カケルの表情がほころぶ。


「そっちも美味しそう!」


 ガブリッと、鈴がカケルの苺チョコにかぶりつく。


「おお、苺とチョコの風味が混然一体となって、しあわせ——」


「次!」と、今度は樫太郎のバナナチョコにかぶりつく。


「美味しーい!なんでバナナとチョコってこんなに相性良いのかしらぁ」


 いつものことだなと、やれやれと言った表情でカケルと樫太郎は顔を見合わせる。


「アリアーシラにも食べさせてあげたかったわね、あの子、こういうの好きそうじゃない?」



 すっかり食べ終わると、鈴はカケルに絡み始める。


「あんたたちの分まで食べたんだから、ダイエット付き合いなさいよ?」


 立ち上がって、少し前かがみで、腰に左手を当てながら、右手でカケルを指さす鈴。それを見ながら樫太郎は、自然と後ずさりして、無意識にカメラのシャッターを切っていた。


「何勝手に撮ってんのよ!」


 鈴に言われて樫太郎は気が付く。


「——なんでだろうな?」


 樫太郎は思う。構図が良かったからだろうか?何だかわからねえな。


「モデル代、高いからね?」


 今度は樫太郎に絡み始める鈴。それを見ながらカケルは、ぼんやりと思う。いい天気で、ぽかぽかで、相変わらずの樫太郎と鈴がいて、ああ、和むなあ。あ、何だろう、綺麗な花だ。俺、お花の写真撮るの好きなんだよなあ。

 ぱしゃりと、カケルのスマホからシャッター音がする。

 ああ、上手に撮れた。アリアーシラに見せてあげよう。


「——って」

 カケルは不意に真顔になる。


「こんなことしてる場合じゃねえ!」


 叫ぶカケルに、樫太郎と鈴はビクッとなる。顔を見合わせる樫太郎と鈴。


 そうだ!こんなことしてる場合じゃない!


「その伝さんて人、この近くのゲーセンで見たのね?」鈴がきょろきょろする。

「こっちだ。そこのゲーセンで何度か見た」樫太郎がゲーセンの方を指さす。

「とにかく行ってみよう!」カケルはスマホをしまって歩き出す。


 割と近くにあったゲーセンに、三人はがやがやと入っていく。ガンシューティングのコーナーにはカケルが、その他の所は樫太郎と鈴が手分けして見ることになった。


「いたか?」


 ガンシューティングのコーナーから戻るカケルに樫太郎が声を掛ける。「ダメだ」とカケルは首を振る。


「鈴は?」


 ゲーセンの中、鈴を探す二人。鈴はクレーンゲームのコーナーに居た。


「取れないのぉ」


 涙目で二人を見る鈴。彼女の前にあるクレーンゲームの筐体には、何だか良く分からないまん丸の動物のようなぬいぐるみが入っていた。


「取れないやつだ」

「取れないやつだ」


 顔を見合わせるカケルと樫太郎。悲しそうな目で二人を見る鈴。

 見るからに大物なのに百円設定。重量有り。しかも球体。アームに力がないことは、見ただけで分かった。

 これは最早、取らせる気がないというよりも、強者への挑戦状である。


「俺に任せろ」


 樫太郎が言い放つ。強者の出陣であった。今まで数々の美少女フィギュアを筐体の出口へと誘ってきた腕が、火を噴くときが来たのである。


「そこかあ!」

「もう2ミリ手前!」

「頑張れ樫太郎!」


 終に、そのときが来た。樫太郎の操作したアームが、ぬいぐるみのタグを捉える。タグを引っ掛けたアームは、ぬいぐるみを出口へと運んだ。

 どすん。いい音がして、ぬいぐるみは出口へと落ちる。


「うらあ!」

「やったな!」

「さすが樫太郎!」


 カケルと樫太郎はハイタッチし、鈴は「かあわいいー」とぬいぐるみを抱きしめる。鈴を見ながらカケルは、アリアーシラもこういうの喜ぶのだろうか?などと考える。そういえばアリアーシラはどうしてるだろう。昨日、一度家に帰りますと言ったきり、連絡がないな。家に帰るって、神宮路邸のことじゃなさそうだったから、ゼールズのことなんだろうか。今さらだけど、そんなとこ帰って大丈夫なんだろうか?大丈夫って言えば、こんなことしてて大丈夫か俺?こんなことしてて——。

そのとき、三人は同時に、本来やらねばならないことを思い出した。


 ——こんなことやってる場合じゃねえ!


「もう一回ガンシュー見てくる!」カケルは言う。「ここのゲームのハイスコアは、毎日初期化されるから、今日来てれば、ハイスコアの欄にDENさんの文字があるはずだ!」


 ガンシューティングのコーナーに急ぐカケルに、樫太郎と鈴は続く。

 三人はバラバラにガンシューティングコーナーの筐体をのぞき込むと、鈴が声を上げた。


「あった!これ!」


 筐体に表示されたハイスコアランキングに、2位以下と桁違いな点数差を着けて、トップにDENの文字が光る。


「来てた!」

「ちきしょう、行き違いか!」

「あ、も、もしかしてあたしのせい?」ぬいぐるみをぎゅうと抱きしめながら、申し訳なさそうにと自分を指差し「ごめんなさい」と謝る鈴に、カケルは首を左右振った。


「DENさんは1回のプレイで30分以上は時間が掛かる。さっき俺がここを見たときから30分はまだ経ってないから、いたとしたらここに俺たちが来る前だ」


 もっと早く来ていれば、とカケルは思う。だが、クレープは美味しかった。


「でも、ここにいたってことは、この近くのゲーセンにいる可能性が高い。探そう!」


 カケルに二人は頷くと次のゲーセンへ向かうことにした。移動しながら、鈴は樫太郎に聞く。


「ゲーセンて、ハシゴするものなの?」

「俺とカケルは割と。DENさんのことも、今行ったゲーセン以外で結構見たことあるから、そういうタイプだと思う」

「ふーん。そういうものなんだ」


 歩きながら鈴は、樫太郎に近づく。あんまり近くだったものだから、樫太郎はいぶかしそうに鈴を見た。


「何だよ?」

「昨日ね、アリアーシラから連絡があったんだけど」

「ほう」

「少し留守にするから、カケルのことよろしくって」


 鈴は、より近づいて、声の音量を落とした。


「二人、何かあった訳じゃないよね?」

「おい」樫太郎もつられて声が小さくなる。「アリアーシラちゃん何か言ってたのか?」

「ううん。特には」

「じゃあ、カケルも特におかしな様子もないし、考え過ぎじゃねえか?」

「ふーん。そうね」


 カケルの背中を見ながら歩く鈴。彼女の持つぬいぐるみの毛がもっはもっは上下にと揺れた。

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