3.アリアーシラ、荒れる。
戦闘星団ゼールズ太陽系方面攻略支店支店長室——。
いつ見ても長い名前の部屋だと、『ギックー・デ・シップー』は思い、ため息を吐く。キッチリ七三分けで、男性にしては身長が低い。整った良い顔をしているが、積年の疲れにより随分おでこが後退している。地球人から見れば、その安っぽいプラスチックのような青い髪は特徴的だったが、ゼールズでは特に珍しいものではなかった。
隣に立つ、同じく七三分けの男、『リゴッシ・デ・シップー』。大男で、ギックーのように剥げてはいないが、その代わりあまり顔が良くない。ゴツゴツしている。ギックーと同じようにため息を吐いた。
「兄さん」リゴッシが言う。「戦況報告は気が滅入るね」
「仕方ない」ギックーが答える。「これも仕事だ」
コツコツとギックーは支店長室のドアをノックする。さほど間を置かず、中から「入りたまえ」と声がした。
「失礼します」
背筋を伸ばし、ジャケットの裾を伸ばすと、ギックーは部屋の中へと入る。リゴッシもそれに続いた。
部屋に入ると、豪華な机が有り、その先にこれまた豪華な椅子に座るゼオレーテが居たが、背中をギックー側に向けていた。
「地球攻略推進部部長ギックー・デ・シップー」
「同副部長リゴッシ・デ・シップー参りました」
「うむ」と返事して、ゼオレーテはギックーたちの方へ向き直る。これはゼオレーテが毎回やる行動だったが、支店長もいろいろ大変だなあとギックーは思っていた。
「先ずは報告を」
ゼオレーテの隣に立つ女性が催促する。金色にも見える薄い黄緑の髪を、高さのあるポンパドールに纏めた支店長秘書、『マジョーノイ・チ・ゲッキー』だ。紅間姉妹に負けず劣らず魅惑的なスタイルを、ほっそりしたスーツに包んでいる。クイッと、細く赤いフレームの眼鏡を押し上げた。
「ええ——」マジョーノイをちらと見てから、ギックーが答える。「アポイントメント戦争開戦より、地球時間で2週間が経過しましたが、現在、我々の使用しましたアポイントメントは5、地球に定着しましたアポイントメントは0です」
「うむ」ゼオレーテは机に肘を付き、両手を組んで言う。「芳しい、とは言えん状況だな」
「はい。今のところ、あの巨大人型兵器の出現地域付近に絞ってアポイントメントを射出していますが、ことごとく破壊されています」
「戦闘能力に関しては」リゴッシが続ける。「タイラードの攻撃力、防御力、運動性を大きく上回っております」
「ほほほ。これは攻略推進部長の腕の見せ所ですこと」
口を挟むマジョーノイに、ギックーは心の中で舌打ちする。
「まあ良い」ゼオレーテは手でマジョーノイを制する。「地球側の巨大人型兵器がどこまで出来るのか、保有数はどの程度有るのか、先ずはそこを知りたい。奴らの持つ戦力、それが我々の人型兵器『ティオーン』にどこまで対抗できるものか。まあ、我々の主力兵器ティオーンの前には、地球の兵器など敵ではないが、な!」
「ふははは!」とゼオレーテが高笑いしたとき、支店長室の扉がとんでもない勢いで開いた。あまりの音に皆、目を丸くして扉の方を見た。
「——アリアーシラ?」
驚くゼオレーテを全く気にすることなく、怒りの重圧を纏ったアリアーシラはずかずかと足早にゼオレーテに近づく。
ぱぁぁぁあん!
良い平手がゼオレーテの頬に直撃した。
「愚か者!」アリアーシラはゼオレーテの首根っこを掴む。
「害悪!変態!恥知らず!」
軽快な破裂音を響かせ、アリアーシラの良い平手がゼオレーテの頬をえぐる。
「お、お止めください姫様!」
マジョーノイはアリアーシラに抱き着き、彼女の平手打ちは止めたが、暗闇のような重圧を湛えた力強い眼に睨まれ、怯む。
「わたくしがあれほど嫌がったのに」
鼻血を垂らすゼオレーテを、アリアーシラは見下ろす。
「地球と開戦なさいましたね?」
「何を言うかアリアーシラ」
鼻血を拭きながら、ゼオレーテは言う。
「戦闘と開拓、他星への侵略は我らゼールズが本分!」
「そんなことだから!」
再び掴み掛ろうとするアリアーシラを、マジョーノイが抑える。
「いつまでたっても本国のお父様に頭が上がらないのです!」
「姫様、どうかお慈悲を!どうか!」
「なりません。お放しなさいマジョーノイ。即時停戦なさいませ、お兄様。でなければその性根、骨の髄から叩き直して差し上げます!」
三度掴み掛ろうとアリアーシラは前に出ようとするが、マジョーノイはそれを必死に止める。その姿を見て安心したのか、「ふふふ」と笑ってゼオレーテは立ち上がる。
「最早、停戦などままならん。火蓋は既に切って落とされているのだ!」
大仰に腕を振り上げると、ゼオレーテは豪華な机に有るボタンをぽちっと押した。
ビービービー!
とたん鳴り響く警報。「ひい!」と声を上げて抱き合うギックーとリゴッシ。支店長室の扉が大きく開き、わらわらと、それはもうわらわらと、日本の一部地域にて大量に目撃される所謂メイド服なるものに身を包んだ女性たちが部屋いっぱいに雪崩れ込んできた。
もう、息をするのもしんどいくらいに人が詰まる。
「アリアーシラを自室に閉じ込めろ!」
ゼオレーテの命令に、メイド服の者たちは「はあーい」と一斉に返事する。
「きゃあああ!」
人の波に運ばれていくアリアーシラ。
「お兄様!このお返しはきっとしますからね!覚えていらしてください!」
「ふはは!楽しみに待っているとしよう!」
ぱんっぱんに腫れた顔のゼオレーテの鼻から、赤いものが垂れた。
○
会社に出勤後の朝礼のときなど、主は比較的発言するほうだった。新しい商品についてとか、手続きが変わったからその変更点だとか、そういったことを周知する側の立場だった。意見や質問なども、はっきりと出来ていた。
だが、主に異変が起きる。それは最初、気が付かないくらい小さなことだった。
何か違和感を感じる。
そう思って私はふと、主の方を見た。
その眼が、私を見ている。
厳密には私ではなく、私を含む空間をぼんやりと、だったが、今まであまり見ない光景と、主の表情に、私は嫌な予感がした。
主の眼に、輝きが無い。普段からあまり下を向くことがない主の眼を私が見ることは少なかったが、私を磨いてくれるときの眼とは比べるまでもなかったが、主の瞳には、暗いカーテンを被せたかのように、光が無かった。
会社の方針が変わって行く。
あまり経営が上手く行っていないようだ。
会社を大きくするために、会社が売りたいものを売る。
客が欲しがるものでは無く。
売れないならば、売って来れないお前たちが悪い。
そう言っているように聞こえた。
会社の上層部はとにかく業績を上げたがり、そのしわ寄せは全て下に丸投げしているように感じた。
社員の中には売れない商品を何とかしろと声を上げたり、辞めて行く者も出始めた。
お人好しの主の成績は、下がる一方だった。
以前は、必要な人に必要な保険を提示して売ることが目的だった。だが最近の会社の方針や商品は、客にそれが必要だと思い込ませて、会社が売りたいと思うものを売るやり方だ。主にはそれが耐えられなかった。
主が私を見る時間が増えて行く。朝礼の時だけではなく、歩くとき、立ち止まったとき、公園のベンチに座るとき、玄関で私を脱ぐ力もなく座り込んだとき——。
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