2.3機目のラインマシン。
「すげえ!でけえ!かっけえ!うひょおお!」
ラインマシンの格納庫で、まるでシンバルを持ったサルのオモチャのように騒ぎ散らかす樫太郎。うるさいな、と思いつつも、自然とスルーしてしまうカケル。世の中は慣れ、である。
「一番手前がゴオライン!二番目がクウライン!三番目のは——」
格納庫の一番奥。黒に近いダークグレーの、全高10メートルはあろうかという巨大な三角形。サンドイッチの横に、砲身のような腕を付けた奇妙な形の巨大な戦車に、樫太郎の目が止まった。
「何ですのん?」
「あれは——」
「GEF-03グランラインです」
二人には聞き覚えのある声だったが、トーンが違うような気がする。その違和感は、声の主に振り返ると、より濃くなった。
外見は、来花である。しかし、髪の長さが違うし、眼鏡を掛けている。本人では無いような気がするが、これだけの美女がそんなにたくさんいるものか?と思った。
「妹がお世話になっております。姉の紅間花音でございます」
深々と頭を下げる花音に、カケルと樫太郎もつられて深々と頭を下げる。
「グランラインは——」花音はグランラインの方を向いた。「完全射撃戦闘型ラインマシンです。汎用性の高いゴオラインのような、斬撃を用いた近接戦闘には不向きですが、近距離から遠距離、射撃による広範囲対応力とその威力は、ゴオラインを凌ぐ性能を持っています」
「花音さん」
カケルが真面目な顔で花音を見た。
「敵に射撃特化型が現れたんだ。出来れば次の戦闘は、グランラインで出撃したいんですが」
「——残念ながら」花音は目を閉じ頭を振る。「グランラインを動かすことはあなたには出来ないのです、カケル様」
「ラインマシンには、意志のようなものがあってね」
カツンと、鉄の通路に靴の音が響く。
「はじめまして、カケル君、樫太郎君。私が、神宮路健巳です」
柔らかいが、決して無個性ではなく、むしろ人を惹きつけるような甘さを持った声。世界経済の影の調律者とも言われる男は、カケルと樫太郎それぞれに握手を交わした。
「そう言った機能を搭載したつもりはなかったのだが」
ラインマシンを神宮路は見る。
「システムから構築されたのか、エナジウム合金の何らかの作用なのか、原因は不明だがラインマシンたちは自我を持っている。話すことも、自ら動くことも出来ないラインマシンだが、はっきりした自我を持ち、意志を表示することがある。これは同じエナジウム合金を使った他の試作型エナジウムフレームには見られない現象だ。具体的には——」
神宮路はカケルに向き直る。
「パイロットの選別。カケル君は小さいとき、大事にしていたロボットのオモチャを、樫太郎君に貸せたかな?」
突然の質問にカケルは戸惑う。頭の中に、大事にしていた合金製のロボットが浮かんだ。
「貸せないことはないですけど、あんまり貸したことはなかったです。嫌っていうか、やきもちみたいな、そんな拒否感です」
「その気持ちを、そのオモチャ側も持っているとしたら?自分の持ち主を、他のオモチャにとられたくないという気持ちを。それに近い感情を、ラインマシンたちは持っている。それは、我々が思う以上にラインマシンのアイデンティティーのようだ。だからラインマシンは、お互いを傷つけあわないよう、他のラインマシンのパイロットの操縦を拒む」
「だからあのとき——」カケルは初めてゴオラインに乗ったことを思い出す。「アリアーシラはゴオラインを操縦出来なかったのか」
「はい!」樫太郎が勢いよく手を挙げた。「私を、そのグランラインのパイロットにしてはいただけませんでしょうか?」
「樫太郎君」神宮路は微笑む。「気持ちは大変嬉しいが、残念ながら君のエナジウム因子はA級だ。一般のものよりかなり高い数値だが、3機のラインマシンは、特S級を対象に建造されている。君を乗せて本来の力を発揮出来ぬまま撃破、という訳にはいかないのだ。分かってくれたまえ。しかし君にも朗報がある」
神宮路は樫太郎の肩に手を置く。
「今、我々は急ピッチで新型のラインマシンの建造を進めている。それはA級のエナジウム因子にも対応した設計だ。良ければ、君も開発に協力して欲しい」
「喜んでぇ!」
樫太郎はうっすら涙目で神宮路の手を両手で握る。神宮路はその手をやんわりと、微笑みを見せながら握り返すと、カケルと樫太郎に言った。
「私たちは現状、君たちに頼らなければいけない状態にある。一人の大人として、未成年の君たちに重責を課せなければならないことを、本当にすまないと思っている。だが、地球の明日のために、君たちの力が必要なのだ。これからも、よろしく頼む」
頭を下げる神宮路に、「止めてください」とカケルと樫太郎は慌てる。
「こちらこそ、よろしくお願いします、神宮路さん」
「よろしければ——」花音が静かに言った。「『司令官』とお呼びください」
カケルはこくりと頷く。
「よろしくお願いします、司令官」
「では早速だが!」
神宮路はくるりと時計回りに回転すると、ビシッと決めのポーズのようなものをとった。
凄い金持ちなのに、大人なのに、自分たちみたいな高校生相手にも真摯な態度をとれる素晴らしい大人、という神宮路への感想が、カケルの中でちょっとブレる。
樫太郎は敬礼して、「ハッ!」と命令を待っている。
神宮路の斜めに構えた腕の向こうから、鋭い眼光が光る。
「君たちには、この男とコンタクトを取って貰おう!」
花音がすっと、資料の画像をタブレットPCで見せる。そこには非常に、人の好さそうな青年の写真が載っていた。
「稲代伝、35歳。
「DENさん?」
「DENさんだ」
画面を覗き込むカケルと樫太郎。
「お知り合いでしたか?」
「ゲーセンで」花音の問いかけにカケルは答える。「何度か見たことがあります。直接は話したことないですけど」
「いつもゲームのスコア画面の1位に『DEN』って書いてあるから、DENさんて勝手に呼んでたんです」
「ならば話は早い」決めポーズのまま神宮路が言う。「早急にその男に接触し、我々の仲間となるよう、説得してくれたまえ。なぜなら彼こそが——」
ビシッと神宮路は、3の数字を指で作り眼前に翳す。
「彼こそが三人目のラインマシン適合者だからだ」
○
主と、白いハイヒールの持ち主との関係は、非常に上手く行っているようだった。仕事帰りのハイヒールが我が家に来ることも頻繁にあったし、逆に私が彼女の家に寄ることも多々あった。
土日など、私は玄関に置いてけぼりにされ、代わりに靴箱の中の、いかつい登山靴や、足の軽いスニーカーの出番となった。出掛けるときの相手はもちろん、白いハイヒールの持ち主だった。それまでも主は土日にも出掛けることはあったが、一人であったり男同士の友人であったりであった。ハイヒールの持ち主と出掛けたときでは主のご機嫌が違う。随伴した靴たちも、一様にご機嫌であった。
楽しい毎日であった。
いずれこのまま、白いハイヒールとは、同じ玄関に住まうようになるだろうと思っていた。
だがこの頃からすっと、主の会社には嫌な気配が漂い始めていた。
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