第3話「行け!グランライン」

1.私は、靴である。

 私は、靴である。革製で、先端に行くに従って細くなり、底はあまり厚くはない。黒く、よく磨かれているうちは光る表面をしているが、手入れを怠ると光を失う。まあ、靴の形とか種類によってはその方が良しとする向きもあるから、一概に良い悪いは言い難い。だが、大抵の場合、私のようなビジネスシューズはピカピカにしている方が良いに決まっている。自慢じゃないが、値段もお手頃とは言い難い。私の主が、昇進の記念にと、高価な私を買ってくれたのだ。「革の感触が違う」「履き心地が良い」と、随分喜んでくれたものだ。


 主の名は『稲代伝いなしろ でん』保険会社に勤める月給取りだ。身長は185センチもあり、胸板と背中は厚く、四肢は丸太のようだ。真面目、温和、優しそうを練って作るとこんな顔になるだろうといった顔が、チョコンと太い首の上に乗っている。


「プロレスラーにでも成れば良かったのに」


 主がそう言われているのを、何度聞いたことだろう。

 そうなっていれば、私と出会うこともなかっただろう。

 出会って最初の頃は、そんな風に思うことはなかった。

 だが、今は心から思う。

 私では無く、スニーカーでも履く人生を送っていれば良かったのに。


          ○


「ゴオショット!」


 クウラインとドッキングしたゴオラインが、航空特化型タイラードの前方へ素早く回り込む。ゴオラインが構えるライフルの銃口が光り輝き、タイラードの翼や胴体に穴を穿つ。撃たれたタイラードはキリ揉みしながら落下、山間部の上空で爆発した。


「凄い成長ね、カケル君」


 来花から通信が入る。カケルは照れたように鼻の頭を掻いた。


「ほんとに凄いですカケル君!」


 ぐいっと、割り込むようにアリアーシラからも通信が入る。


「私との連携も完璧です。きっと、二人の相性が非常に良いからですね」


 はははと、カケルは少し困ったように笑う。


「はいはい」

 ぱんぱんと来花が手を叩く。

「その辺にして、さっさとアポイントメントを破壊しちゃって——」


 来花がそう言ったとき、不意にカケルとアリアーシラに緊張が走る。何か違和感を感じて、ゴオラインを横に回避させるカケル。ゴオラインのすれすれを、高速に光弾が通過して行く。


「狙撃か!?」


 カケルは撃って来た敵がいただろう方角を見る。だが次弾は、予測と違う角度から飛んで来た。


 ガインッ!


 硬質音を響かせて、クウラインの防御障壁が光弾を弾く。


 まずい——!


 カケルはゴオラインをアポイントメントの方に向けると、高速で降下する。また別の角度から放たれた光弾が、ゴオラインのいた空間を通過する。


 アポイントメントさえ破壊してしまえば、攻撃は止むはずだ!


 下降したゴオラインはゴオブレードを引き抜くと、そのままアポイントメントを斜め袈裟斬りする。破壊されたアポイントメントは砕け散り、きらきらと大気に消えていった。

 狙撃者が居たであろう森を、ゴオラインは見つめる。ざわっと森が動いたかと思うと中から、細い四足を持ち不格好に長い砲身を上部に乗せたタイラードが、撤退のために上空へと上がって行く。


「——射撃特化型タイラード」


 呟くアリアーシラ。

 カケルは上空に去って行く敵機を見ながら、タブレットケースからラムネを取り出し、ガリッと噛んだ。


          ○


 主は主に、仕事のときに私を選んで履いた。雨の日も、雪の日も、私は屈することなく主の足を守った。主と私とは相互関係である。私は主の足を、尖った石ころやら寒さやらから守り、主は私を、その褒美にとブラッシングし、油を塗り、ピカピカにする。私と主の関係は、他の靴が羨むくらい良好であった。


 人は思いの外、人の靴を見ている。私は主に連れられて様々なところに行ったが、多くの場所で、私に視線が注がれるのを知っていた。その度に私は誇らしく思い、また、私を履いた主を誇らしく思ったものだ。


 主の仕事は順調で、私の仕事も順調であった。主がお客様と呼ぶ人間たちは、私を見ると安心感を覚えているようだった。それが私の仕事の一つでもある。ときには、私がそのお客様との会話の橋渡しになるときもあった。私のことをお客様が褒める。気を良くした主は謙遜しながらも私の話をする。その会話がなんとなくお互いの緊張感や警戒を解し、会話が弾み始める。そうして保険が契約に至った日などは、特に優しい顔で油を塗ってくれたものだ。


 ある日、私は仕事でもないのに主に連れ出された。その日の主は、仕事のときなどに着るスーツとはまた違った、普段より少し高価なスーツを身に纏っていた。いつもより浮かれて、文字通り浮足立っているのが中敷きごしにも伝わって来た。主の向かった先は高級レストラン。予約がないと入れないところだ。こういった所は、絨毯など轢いてあって、非常に心地が良い。ここに私が居て遜色ないことは、なかなか私の誇りになった。主の席の向かいには、美しい白いハイヒールがいた。


 一目惚れだった。


 私は一度で良いから玄関で並んでみたいと思った。

 幸運なことに、主もハイヒールの持ち主に好意を持っているようだった。

 最初は保険の相談などから始まった会話だったが、次第に趣味の話になり、休日の過ごし方になり、幼い頃の思い出話になった。明らかに二人の声のトーンは楽しげに高く、また笑い声が良く聞こえる。レストランから出る頃にはもう、私とハイヒールの距離はすっかり近くなっていた。

 名残惜しそうに主たちが別れる中、ハイヒールが見せた、小さく片足だけ上げた仕草が、私にはたまらなく魅力的だった。

 この後何度か、主たちは逢い、(仕事の帰りは私だったが、休日などは残念ながら他の靴が相手していたが)気が付けば私が夢に見た、ハイヒールとの玄関での並びが実現していた。


 思えばこの頃、主は幸せだったのだろう。仕事も恋も順調に進んでいたのだ。だからこそ、主は私を見ることは少なかった。今のように、俯いて、辛そうに私を見ることは。

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