4.宣戦布告とピンク色。

 ディアドルフ大統領の口から語られた内容は、先ずは異星人からの侵略行為が始まっていること、昨日のゴオラインの映像に触れ、EF兵器の開発が各国これからの急務であること、そして、これらのことに対する措置として、国連地球防衛軍を発足したことであった。


 演台に立つ大統領を見ながら神宮路は思う。

 ここまではある意味、順調に推移していると思って良い。ゴオラインの存在と、その必要性を示す敵の存在があることは、世界の知るところとなった。国連地球防衛軍なる組織の発足も、願った通りだ。これを機に、各国は各々が対処するのではなく地球としての対処が必要であると認識出来るようになるはずだ。次に問題なのは相手の出方か。


 神宮路は空を見る。


『アポイントメント戦争』に持ち込めれば、地球の勝利は大きく近づくのだが。


          ○


「我々は、個人や国という垣根を超えて——」


 ディアドルフ大統領の演説はまだ続いていた。突然、画面がざりざりと乱れる。カケルは電波のせいかと、スマホを持つ腕を上げたり左右に振ったりする。


 どうしたんだろう?


 カケルが思ったところで、画面の3分の2を見知らぬ男の上半身映像が占拠した。哀れディアドルフ大統領は、3分の1の画面の中で、周りの者たちに状況を把握させている。3分の2の画面を占拠した男は、高価そうなスーツに身を包み、不思議な緑色の長髪をしていた。端正な顔立ちに、鋭く力強い眼差し。一見すると細身だが、服の上からでも、その鍛えられた肉体は分かった。


 どこのイカれたロックミュージシャンだ?と世界が思ったとき、その男は口を開いた。


「我が名は『ゼオレーテ』。ゼオレーテ・ン・ゼールズ。戦闘星団ゼールズ第三継承権王子にして、戦闘星団ゼールズ太陽系方面攻略支店支店長である。はじめまして、地球の諸君」


『敵』の突然の登場と意外に紳士的な態度に、カケルたちは面食らう。

 画面を見ていたアリアーシラが、真剣な顔で呟く。


「——お兄様」


 アリアーシラのカミングアウトに、カケルたちは「ええ!?」と驚く。

 落としそうになったスマホを何とか支えつつ、カケルは聞いた。


「おにい、さま?」

「はい。私の、大変不肖な兄です」


 アリアーシラから、先ほどの真っ黒い重圧が流れ出る。カケルはそれを見なかったことにして、スマホに視線を戻す。


「我々はこれより、地球に対して本格的な侵略行為を開始する」


 ゼオレーテが、さらっと、シャレにならないことを言っている。


「侵略に対して」狭い画面から負けじと大統領が言う。「我々は断固として屈することなく戦う。だが、一応確認はしておきたい。対話という選択肢はないのかね?」

「対話か。ならば二つに一つを選ぶが良い。一つは戦闘による解決。一つは全面的降伏による我々の統治だ」

「統治だと?」

「地球の文化、文明の保護は約束しよう。ただしそれは、我々ゼールズの法による範囲内でのことになる。その上で我々が他の侵略者から地球を守ろう。我が国の属国として」


 戦争回避になるかも知れない発言に、大統領の心はぐらつく。


「詳しい資料を送られたい!」

「良かろう。資料を送付する。だが降伏か否かの返答は、今行っていただきたい」

「なんだと!?先に手を出して来ておいて、議論の時間も与えぬとは、理不尽な!」

「先にだと?先に宣戦布告してきたのは地球側ではないか!」

「なんのことだ?」

「仮にも一星の代表が知らばっくれるとは。最早、対話は意味をなさぬ。宇宙戦闘条約に則り、『アポイントメント戦争』を開始する!」

「アポイントメント戦争——?」


 大統領が聞きなれない単語を口にしたとき、また画面がざりざりと乱れだす。大統領とゼオレーテは6分の1の画面に追いやられ、3分の2の画面を占拠する新たな人物。


「はいはーい!初めての人は、はじめまして!そうじゃない人はこんにちはー!」


 ピンク色のポニーテールとピンク色の衣装が、画面の中でくるりと回る。


「宇宙連合機構の美少女アイドル、太陽系方面担当補佐官の『ルゥイ』ちゃんだよ!」


 ピンク色と眩しい笑顔が、ちょっと眼に痛いなとカケルは思った。


「いまいち、緊張感が持続しないわね」


 鈴は呟く。もう、さっきまでの不安は何処へ行ったのか、ポテトスナックの蓋をバリバリ開け始める。


「まったくだ」


 早速、ポテトスナックをバリバリ食べながら、カケルが言う。鈴はアリアーシラの前にポテトスナックを差し出し、食べろとばかりに容器をくいっと小さく上げる。


「わあ」


 嬉しそうにアリアーシラはポテトスナックをつまむと、サクサクと食べた。


「地球のお菓子、美味しいですね!私、あまりこういうものを食べたことがないので、新鮮です」


 もう、身分を隠そうとすらしないお姫様。

 とりあえず、緊張感がないならないなりに、カケルたちはスマホの画面に視線を戻す。画面の中では、胸と尻を強調した服で、胸と尻を強調した動きで、何やらうごめく人間型のピンク。一部の人間の心だけ鷲掴みして行く。一部の。

 眼鏡を直しながら、樫太郎がボソッと言った。


「可憐だ」


 一部に該当したらしき樫太郎に、皆、ちょっと引く。



「アポイントメント戦争を、私が説明しちゃうよ!」


 やけにデコレーションされた、魔法少女のステッキみたいなマイク片手に、ルゥイは本人は可愛いと思ってやっているだろうポーズを取る。

 眼鏡を手で押さえながら、ぐぐっと樫太郎はスマホの画面に近づく。


「カケル——」

 力強く樫太郎は言う。

「録画しろ」


「断固拒否する」


「いーじゃーん!録画くらいしてくれたって!まあ良い。よく考えたら自分のスマホですれば良いのだ!賢ーい!樫太郎君!それぽちぽちのぷ、と」


 ぐねぐね気持ち悪い動きの樫太郎から、スマホの中の見辛いピンクへカケルたちは視線を移す。画面ではルゥイが、説明する気に満ち満ちている。


「アポイントメント戦争とは、宇宙戦闘条約に則り、宇宙連合機構が管理する、宇宙で一番メジャーな戦争方法だよ!仕掛ける側は先ず、108個のアポイントメントを用意しまーす」


 画面に、細長い楔形の物が表示される。半透明の素材で、色は紫。表面は不規則に面取りされていて、角度と光の加減で色味が変わる。図の横に、30メートルと表示されている。


「対象の惑星にアポイントメントを打ち込み、30個刺さったら攻撃側の勝ち!簡単だね。一回に打ち込めるアポイントメントの数は、20個まで纏められるよ!それ以上は禁止でーす。大体は様子見ながら、ちまちま1個づつ打ち込むよ」


 丸い惑星の見本に、楔がぶすぶす刺さる画像が出る。


「守る側は、アポイントメントを撃たれたら、壊さなくちゃいけないんだけど、すぐは攻撃できません。アポイントメントが地表に刺さって2時間の間は、攻撃側も防御側も戦闘は禁止!その間に戦闘の準備とか、一般市民の避難とかするの。で、戦闘開始ってなったら、アポイントメントから半径30キロ圏内でのみ戦闘を行って下さい。その外からの攻撃は禁止!アポイントメントを纏めて2個以上撃った場合も、これは変わりませーん。開始から1時間で決着でーす。1時間、アポイントメントを守りぬいたら攻撃側の勝ち。破壊出来たら防御側の勝ち!」


 アポイントメントが破壊される映像が流れる。


「壊せなかったアポイントメントは、戦争期間中残りまーす。また、その半径30キロメートルは攻撃側の陣地になりまーす。アポイントメントを纏めて射出した場合は、その個数掛ける半径30キロになっちゃうよ!」


 アポイントメントの周りに、ぽわんとサークルが描かれる。


「戦闘を行うときは、相手のコックピットは直接狙わないこと。もちろん人を直接攻撃しちゃダメだよ!人間を盾にして壁を作るなんて非人道的なことしたりしたら、物凄いペナルティとか取るからね。人命第一!安心安全な戦争を心掛けましょう!」


          ○


「知っていたな?神宮路君」


 演台から、ディアドルフ大統領がニヤリと笑いながら言う。


「はい」

「このルールだからこその、ゴオラインか」

「その通りです」


 神宮路はニヤリと笑い返した。


「あ、そうそう!」大統領の手元にあるモニターの中、ルゥイがくるりっと回ってから彼の方を見た。

「これ、そのままにしても大丈夫ですか?」


 ルゥイの手には、大きな金色のレコード盤が握られていた。数十年も前に、地球を出発した探査宇宙船に積まれていたものであった。

 大統領はなんのことか分からずに画面を覗き込む。


「それは——?」

「やっぱり、地球の人は知らないんだね。これ、宇宙では有名な決闘の申し込み方法なんですよ!個人の場合は決闘、国家間以上なら戦争。相手に金色の円盤を送り付けるっていうのは、そういうことを意味しちゃいまーす」

「なに?」

「だから、金色の円盤を相手に送るのは、宣戦布告なんですってば」

「何だと!」


 狭い画面の中、「ふはは!」と笑いながらゼオレーテも金色のレコード盤を見せてくる。


「我々はしかと受け取った!この戦闘星団ゼールズに金色の円盤を送り付けるとは、なかなか恐れ知らずだな地球人!」


 何ということだ、と頭を抱える大統領。


「知っていたのか?神宮路君」

「はい」

「だからこその、ゴオラインか」

「その通りです」


「あの——」モニター越しにルゥイが覗き込む。「こちらで確認したところ、これと、ゼールズに行ったのと、2枚だけみたいですけど、これ、どうしますぅ?」


 ルゥイが持つ金色の円盤を見ながら、大統領は弱々しい声で言った。


「回収、お願いします」

「はいはーい。かしこまりましたー。あ、それとゼールズさん」


 ルゥイの声が低く、ドスの聞いた感じになる。


「あんたら、今回アポイントメント無しで地球側と戦闘したね?」

「ふん、あれは我々の偵察機を勝手に地球側が攻撃しただけだ」

「交戦になるでしょ、普通、あの状態なら。それにあんたら、先に手ぇ出したし」

「それはタイラードの危険感知機能が——」

「言い訳すんな。ポイントマイナス5。アポイントメント103個からスタート、な」

「——すみません」


 敵もいろいろ大変そうだなと、少しだけディアドルフ大統領はゼオレーテに同情する。大統領のその表情にゼオレーテは気が付くと、しょんぼりした態度から一転、尊大にふんぞり返る。


「それでは、地球人よ!」ぐいっとルゥイの画面を押し退け、気を取り直したゼオレーテが画面の割合を大きく乗っ取る。


「アポイントメント戦争を始めようではないか!」

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