5.ちょっとだけ変わった日常。
ビィ!ビィ!ビィッ!
カケル、樫太郎、アリアーシラの持つブレスレットがけたたましく鳴り響く。慌てて三人がブレスレットを手にしたとき、強い風とプロペラのローター音が彼らの頭上に飛来した。
大型の戦闘ヘリの側面から、スーツ姿の来花が縄梯子を降ろす。
「カケル君!アリアーシラ!乗って!」
カケルとアリアーシラは頷きあうと、縄梯子に手を掛ける。
「樫太郎君はまた今度ね!」
来花に言われて鼻の下を伸ばす樫太郎の首を、鈴が力強くひん曲げる。縄梯子を昇るアリアーシラのスカートを覗かせないためだったが、樫太郎の首と口から、小さな悲鳴が上がった。
「カケル!」
鈴はカケルを見た。
「事情は詳しく分からないけど、頼んだわよ!あたしの日常!」
見上げる鈴を、カケルは強く見つめ返す。
「頼まれた!」
大きく頷き、親指を立てるカケル。鈴はそれをしっかりと見ながら、にっこり笑い返した。
○
「状況は、どうなっていますか?」
ヘリの中でシートベルトを着けながらアリアーシラが来花に聞く。
「北陸、
「航空特化型——。ゴオラインでは不利ですね。私のクウラインは?」
「調整、後2時間ってところね。戦闘開始には間に合わないわ」
「困りましたね。ゴオラインは白兵戦重視、しかもカケル君の戦闘経験は昨日の一回きり。今のカケル君には、空中戦は難しいかもしれません」
「やってみるよ」
初めて乗る軍用ヘリに興奮する気持ちをグッと抑えながら、カケルは真面目な顔で言った。
「昨日のあの感じなら、何とか出来ると思う」
カケルを見ながら、来花は微笑む。
「頼もしいわね。操作の基本は君が昨日やった通りよ。空中での細かい制御に関しては、ゴオライン側で上手くやってくれるわ。昨日の調子で、バーンとやっつけちゃって」
「調整が完了次第、私もクウラインで駆けつけます。昨日のようにお傍で応援は出来ませんが、安心してください」
頬を赤らめて、もじもじするアリアーシラ。
「ところで」カケルは聞いた。「あのゴオラインは今何処に?それと、クウラインていうのは―?」
「クウラインは」アリアーシラが答える。「特別な造りのエナジウムフレーム、『ラインマシン』の一つで、白兵戦型のゴオラインに対して航空戦を得意とする機体です。今、ゴオラインが何処にあるかは——」
言いながらアリアーシラが外を見る。カケルはつられて同じ方を見た。
「今見えてきたあの、高速輸送機『ラインフォートレス』の中です」
窓の外の巨大な航空機に、カケルは言葉を失う。全長200メートルを優に超えそうなその黒い機体は、ヘリの横からその下方に回ると、緑色のランプを点灯してヘリに着艦の合図を出した。
着艦したヘリに風防の通路が連結され、カケルは案内されるまま通路を進むと、広大な格納庫に着いた。そこには仰向けに寝かされたゴオラインと、見慣れない巨大な戦闘機があった。赤いボディに白い翼を持ったブーメラン型の、最大長が20メートルを軽く超える戦闘機は、まるで腕のような形の支えが、鳥の足みたいに機体下部から伸びていた。
変形か合体したら、超巨大ロボの腕になりそうだ。
鳥足を見ながらカケルは思う。
アリアーシラがそっちに行くところを見ると、あれがクウラインなのだろう。なるほど、航空型のデザインをしている。
「あなたはこっち」
カケルの腕を組んで、来花はゴオラインの方へ彼を連れて行く。
「ゴオラインのスタンバイは?」
「いつでもOKです!」
来花の声に、作業服姿の男が答える。
カケルは、横たわるゴオラインを見上げた。
「俺、行きます」
「よろしく頼むわよ、
戦闘開始10分前。蟹渡海岸にカケルはゴオラインで降り立つ。500メートルほど前に位置する2機のタイラードと、上空で停止する3機の航空特化型タイラード。航空特化型は2機のタイラードを連結し翼を付けたような形で、通常型より明らかに高出力なのが分かった。地表近くのタイラードに守られるように、砂浜に突き刺さったアポイントメントがそびえ立っていた。
海上には数隻の自衛隊艦艇と、空には旋回する自衛隊戦闘機が見える。
ここは——。
モニター越しの風景に、カケルは小学校低学年の頃の記憶を思い出す。
昔、親に連れられて、みんなでここに来たことがある。
ソフトビニールのロボットのオモチャで遊ぶ自分、親のカメラを構える樫太郎、セパレートの水着を着たませた鈴。三人は浮輪で波に乗ったり、砂でお城を作ったり、岩場で蟹を探したりしている。
それは正に、平凡な日常の中の、特別な日。
ここだったのか。
「開始5分前です」
アポイントメントから、女性の声がする。
カケルの中で、幼少の記憶と、涙目で明日からの日常を不安がる鈴の姿が交錯する。
俺たちの昔の思い出だけじゃない。この砂浜はきっと、誰かの日常なんだ。
「10秒前。5、4、3、2、1、戦闘開始」
戦闘開始のアナウンスと同時に、自衛隊の艦艇から砲撃が雨のように降り注ぐ。しかしそれは、アポイントメントに届くことなく、2機のタイラードが展開した透明な防御障壁のような物に遮られる。
「バリアか——」カケルへ、来花から通信が入る。「相手は前回と違って、強力なバリアを展開してるわ。たぶん防御全振りってやつね。厄介な」
「ゴオショット、試してみます」
ゴオラインがライフルを構える。構えると同時に2機の航空特化型タイラードが急降下し、銃口が光を発した瞬間、2機のタイラードと共により強固なバリアを展開して光弾を防いだ。
「ダメか」ラインフォートレスの艦橋でモニターを見ながら、来花は呟く。「ということは当然——」
自衛隊の戦闘機、艦艇から一斉にミサイルが発射される。だがその半分は、上空に待機した航空特化型タイラードより発せられた熱光線により爆破され、残り半分は4機のタイラードによるバリアに防がれた。
「ゴオブレードなら!」
ゴオラインが背中から剣を抜き、正眼に構える。疾風のごとき速さで、アポイントメントへ走るゴオライン。だが——。
「うわあああ!」
ゴオラインのコックピットにカケルの悲鳴が上がる。上空のタイラードと、地上近くの2機の航空特化型タイラードによるミサイルの空爆に、ゴオラインのコックピットは激しく揺れた。
「大丈夫!?カケル君!」
「大丈夫です、ちょっとびっくりしました」
「ゴオラインの損傷はほぼ無いわ、安心して!」
「はい!」
どうする?
カケルはタブレットケースからラムネを取り出すと口に含んでガリッと噛んだ。彼の考え事や気分転換をするときの癖である。
このまま戦っていても、最悪時間切れだ。状況を変えなくちゃ。俺は、アポイントメントを破壊するってことに気を取られ過ぎてる。先ずはあいつらからだ。
カケルは空を見上げる。その動きをトレースして、ゴオラインも空を見上げた。一瞬、軽く腰を落とすと、ゴオラインは飛び上がる。そして勢いはそのままに、全身のブースターを全開にする。
「いっけえええ!」
ミサイルの攻撃をものともせずゴオラインは航空特化型タイラードの1機へ迫る。鋭い閃光が空間を薙ぎ、ゴオブレードがタイラードの機体を真っ二つにした。
「先ず一つ!」
爆発するタイラードを背に、残り二つの航空特化型タイラードへ迫るゴオライン。しかし2機のタイラードは、今の斬撃を警戒してか、ゴオラインと距離を取り始める。
ゴオラインの周りを、一定の距離を保ちながら旋回する2機の航空特化型タイラード。攻め方に迷うゴオラインに何本ものミサイルが再び放たれたそのとき——。
「カケル君!」
ミサイルの直上から無数のレーザーが降り注ぎ、次々に破壊して行く。声とその攻撃にカケルが見上げた空には、クウラインの白い翼が陽の光に輝く。
「アリアーシラ!」
「わあ!カケル君が初めて名前で呼んでくれました!はい!助けに来ました!」
名前を呼ばれたことに喜ぶアリアーシラを、カケルはモニター越しに見つめる。
「良い雰囲気のところ申し訳ないけど」
コホンと小さく咳払いをして、来花が通信に割って入る。
「ゴオラインとクウラインには、ドッキング機能があるわ。連結することにより、運動性能や速度は飛躍的に高まるわ。そのままでも2機で対応すれば行けそうだけど、良い機会だからやってみて」
「了解!」カケルは頷くとアリアーシラを見る。「アリアーシラ!」
呼んだカケルのヘッドギアが光り、虹の帯が長い鉢巻きのように彼の後頭部から生えた。
「はい!」
再び名前を呼ばれて喜ぶアリアーシラのヘッドギアに、ぽんっと虹色の光で出来たプリンセスティアラが出現する。
上昇して行くゴオラインと、一度下降してからゴオラインを追従するクウライン。二つが重なったとき、カケルとアリアーシラのコックピットが一際強く光り輝き、ゴオラインの背中と、クウラインの腕がドッキングした。
今までとは比較にならないほどの速さで飛翔するゴオライン。距離を取ろうとする航空特化型タイラードを追い抜き、光の筋となって斬りつける。2度、3度と斬り付けられたタイラードは、バラバラになって落ちて行き、爆発した。
残った航空特化型タイラードは、熱光線とミサイルを乱射する。
「障壁よ!」
アリアーシラの声と共にクウラインから透明な六角形のバリアが複数展開され、すべての攻撃を遮断する。
「破壊しなさい!」
アリアーシラの命令で、六角形のバリアは一斉に航空特化型タイラードへと向かい、切り裂き、押し潰す。
「カケル君!アポイントメントの破壊を!」
「おお!ゴオブレード!」
ゴオラインは剣を構える。瞬間、ゴオラインは光となる。まさに雷光の如く2機のタイラードへ下降すると、その速さのまま斬りつける。タイラードの展開したバリアは紙のように切り裂かれ、光となったゴオラインはタイラードとアポイントメントを真っ二つに割り、その中心を通過した。
「一刀両断!」
爆発するタイラードと、バラバラに砕けまるで花びらを散らすように空中へ消えていくアポイントメント。それらを背後にするゴオラインが、光り輝く剣に映った。
○
あれから、あたしの毎日はちょっとだけ変わった。
朝の教室で、教科書を机に入れながら鈴は思う。
今までと違うことは、三つ。一つはテレビのチャンネルが増えたことだ。宇宙連合放送。
少し前まで考えもしなかった、宇宙の、地球以外の星の情報なんかを流しているチャンネルだ。名所探訪や、ドラマなんかも流してる。見ると、地球以外にも知的生命体はいるんだなあって、変な実感が湧く。
もう一つは、アポイントメント。こればっかりはしょうがない。自分ちの近くに落ちませんようにって、願うしかない。落ちてくると、カケルたちの変なブレスレットが鳴ったり、カケルがいなくなったりする。
詳しくは聞かないけど、分かってる。
カケルは約束通り、私たちの日常を、守ってくれているんだなあって。
最後の一つは、友達が増えた。カケルと樫太郎とあたしの輪の中に、バカをやるのが一人増えた。
「おはようございます。お鈴ちゃん」
「おはよう、アリアーシラ」
今日も、あたしの日常が始まる。
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