4.カケルの決意とボタンの掛け違え。

「神宮路君。これは君の余興の続きかね?」


 傷み始めた胃の辺りを撫でながら、大統領は聞いた。


「残念ながら大統領、『あれ』は私どもの用意したプログラムにはございません。本来ならば——」


 神宮路は秘書、花音のほうを見る。彼女はすっと神宮路の傍によると、耳元で何か囁く。

 それを聞いた神宮路が、謎の双円錐を見ながら大統領に答える。


「本来ならば、この後、ガイダンの監督によるスピーチですが、残念なことにあれは監督ではありません」

「バカにしとるのか君は」

「いえ、特には」


 ひょうひょうとした態度の神宮路に大統領がキレそうになったとき、不意に机に大きく両手を叩きながら総理が立上がった。


「とうとう、来てしまったのだな?」


 苦悶の表情を浮かべる総理に、神宮路は「はい」と答える。


「情報が確かならば、あれは異星人『戦闘星団ゼールズ』の汎用無人戦闘兵器『タイラード』で間違いないでしょう」

「ああ、この日が来てしまったのか——」と机にうなだれる総理。

「異星人だと?」大統領が神宮路に聞いた。「君は本気でそんなことを言っているのか?」

「本気でなければ、あんな巨大ロボットを建造しますか?」


 お前ならやりかねないと大統領は思ったが、うなだれる総理の態度にこれは冗談ではないと感じた。


「ゼールズ——それが相手の名前なのかね?」

「そうです大統領。それがこの星が戦わなくてはならない『敵』の名前です。総理、自衛隊の出動を要請します。ただし、くれぐれもこちらから先に攻撃しないように」

「分かった、至急何とかしよう。大統領、急いで避難を!」

「総理、あなたはどうするつもりなんですか?」

「私はここに残ります。神宮路君の情報に間違いがなければ、あれは非武装のものを攻撃しません。それにこの特別観覧席は、もしもの時のために相当頑丈な造りになっている。神宮路君、まずは観客の避難を優先しよう!」


 各々がそれぞれの仕事に取り掛かる中、大統領は一度深く深呼吸すると、ゆったりと椅子に掛け直した。


「大統領!早く避難を!」

「いや、いい」大統領はSPを手で制する。「私もここで見届けるとしよう。にわかには信じ難いが、目の前で起きていることは事実のようだ。異星人とのファーストコンタクト。その大事な場面から真っ先に逃げ出したとあっては、良い恥さらしだ」


          ○


「本日のイベントは終了しました。皆さま、お気をつけてお帰りください——」


 アナウンスが流れる中、続々と退場して行く観客たち。そして代わりに、続々と集結する自衛隊戦闘車両。一部の観客は、ガイダンのアニメ監督のスピーチがなくなったことや集結する自衛隊に騒いだが、神宮路のスタッフと自衛隊の協力のおかげで観客の誘導は順調に行われていた。


「すげえ!自衛隊の見本市みたいだ!」


 次から次へと現れる自衛隊の兵器の名前を連呼しながら、カメラのシャッターを切る指が止まらない樫太郎。兵器オタクでもある彼は、もう大興奮である。

 そんな樫太郎を一瞥すると、カケルは鼻にあてたティッシュで鼻血の具合を確かめる。


「お前、後からメモリー没収されても知らないぞ」

「そんときゃそんとき!されたら最悪、されなきゃラッキー!」


 小躍りして、ファインダーから目も離さない樫太郎。没収されてしまえ、とカケルは心で呟く。鼻血が止まってるのを確認してから、カケルはアリアーシラのほうを見た。


「『タイラード』」


 巨大な二つの双円錐を見る彼女の表情は、怒っているようにも悲しんでいるようにも見えた。


「『アポイントメント』を使いもせず、偵察型で相手の出方を見る。『あの人』らしいやり方です」


 風が強くなり始めた。アリアーシラの長い水色の髪と、白い軽やかなロングスカートが風に揺れる。


「どなたか、私の『クウライン』の手配を」


 誰とは無しにアリアーシラは周りの者に言った。カップルの観客に偽装していた不自然なくらい美人な女性。神宮路の秘書花音の双子の妹、『紅間来花こうま らいか』は答える。


「アリアーシラ。あなたも知っての通り、『クウライン』は整備中よ」

「では、私が『ゴオライン』で出ます」

「気持ちはわかるけど、あなたは『クウライン』の適合者なの。『ゴオライン』を操縦することは出来ないわ」

「それでもこのまま、何もしない訳にはいきません」


 アリアーシラは真剣な眼差しでガイダンを見た。私が、私がやらなければ。そう思うアリアーシラをカケルが制した。


「君!」


 急にカケルに声をかけられ、アリアーシラはカケルのほうを向く。カケルは振り向いたアリアーシラの両肩を掴んだ。


「ねえ、君」

「は、はい」


 カケルの真剣な表情にアリアーシラの頬はほんのり赤く染まる。


「君は、あれと戦おうとしているの?」

「はい。おそらく自衛隊の戦力では、あの兵器タイラードを退けるのは難しいかと」


「なら、俺が戦う」


「えっ?」


 カケルの言葉に、アリアーシラは急に真っ赤な顔になる。眼が泳ぎ、手は所在無げにもじもじし、口が小さく開きっぱなしになる。構わず、カケルは続けた。


「君は、俺にガイダンで戦ってくれと言った。俺はその思いに応えたいと思う」


 アリアーシラはカケルをじっと見て、こくりと頷く。


「今、ガイダンには誰か乗ってるの?」

「いいえ。今はオートパイロットです」

「操縦は難しい?」

「パイロットの動きと脳波をトレースするシステムがあります。音声認識とサポート機能も充実しているので、初めて乗ったその日から、タイラード2体くらいなら楽勝です」

「なら俺に戦わせて欲しい。君やオートパイロットより巧く出来ないだろうけど、でも、君が戦うなら、俺がやらなくちゃって思うんだ」

「カケル君——」


 ぽわんと、カケルを見つめるアリアーシラ。その表情を見ながらカケルは、何故だろう、言葉のボタンの掛け違えがあるような気がした。直感的に。


          ○


「司令——」花音の声に神宮路は耳を傾ける。

「各報道機関から問い合わせが殺到しております」


「報道させたまえ」


 あっさり答える神宮路に、大統領が驚く。


「君、こんなことが流れたら、大混乱になるぞ!?」

「遅かれ早かれ分かることです。それに、すべての情報を隠すよりも、ある程度公表した上で規制をかけたほうが巧くいくこともあります。巨大ロボの存在は世界に発信されました。次は、何と戦うのか。これは良い機会です」

「だが、地球が侵略されているという事実は、あまりに衝撃的だ。私だって正直、理解が追いついておらんよ」

「今日知るか、明日知るかの違いです。侵略者の素性については、今日のところは伏せておきましょう。花音君、パイロットに関することは絶対に秘匿させるように。報道機関に圧力をかけても構わん」

「承知いたしました。来花からの情報によれば、頼光カケル様はパイロットとして搭乗なさることに同意されました」

「ゼールズと適合者、その二つが同時に来るとは」

「まさに天の配剤でございます」

「花音君、ゴオラインの偽装を解きたまえ」


「ゴオライン——」その言葉に総理が反応する。


「G計画のゴオラインか」

「そうです。あれこそが我々の、地球の希望の剣ゴオラインです」


          ○


 ガイダンの白い装甲にパパパッと黄色い火花が走る。煙を上げ、一枚、また一枚と、まるで花が散るように白い装甲は地面に落ちていく。


「GEF-01ゴオライン」


 煙の中から現れたロボットを、アリアーシラはそう呼んだ。

 陽光に雄姿を晒す、15メートルの巨人。

 全体のイメージは濃紺。二の腕と太ももは白く塗り分けられ、所々赤が配色された機体は、非常にヒロイックなデザインをしていた。


「ゴオライン——」


 ガイダンの頭部のデザインはフルフェイスのヘルメットのような形だったが、中から現れた顔は目鼻口が造形され彫刻のようだ。

 ゴオラインを見るカケルに、アリアーシラは手を差し出す。


「さあ、行きましょう」

「うん」


 カケルがその手を握ると、二人はゴオラインへと駆け出した。



 残された樫太郎がポツリと呟く。

「アニメ化したら、線が多くて大変そうなデザインだなあ」

「そこ?」

 思わず来花が突っ込んだ。

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