3.地球は狙われています。

「神宮路!」


 椅子のひじ掛けを叩いて立ち上がると、大統領は神宮路に詰め寄る。


「これは国家間、いや、国際問題に発展するぞ! 現状、世界が必要としている兵器の需要を、明らかに逸脱している。こんなものを造って、いったい何をするつもりだ」


 大統領の剣幕に少しも動ぜず、神宮路は言う。


「確かに、現状、必要のない兵器です。現状は。だがこれから、あの巨大ロボが必要な状況がやって来る。そうなってからでは遅いのです、大統領」

「必要になるだと?この平和な世界にこんな物は必要ない。いやむしろ、このガイダンの存在が、第二第三のガイダンを生む必要性を造ってしまうのだぞ!」

「そうなっていただきたい。いや、そうなっていただかなければならないのです」


「『G計画』」


 ぽつりと、総理が呟く。


「今日ここに呼ばれたということは、そういうことなのだろうとは思った」


 温和な中にも芯のある男、大統領は総理のことをそんな男だと知っていた。だが、そんな総理が、怯えている。大統領は彼らに、何か重大な隠し事があることを感じた。


「神宮路君。あのガイダンは、G計画に記されている戦闘兵器だと考えて間違いないのかね?」

「その通りです総理。我々地球人は、対抗する術を持っていることを世界に知らせる必要があります。外見をガイダンにしたのは、抑止力のイメージを分かりやすく世界に発信するためです」

「奴らは、来るんだな?」

「いつ、とは言えませんが、近い未来に」

「そうか」


 総理は俯くと、暫しの間無言になり、それから神宮路のほうを向いた。その眼は、君の口から大統領に語ってくれと言っている。

 神宮路は頷いた。


「大統領、こんなバカげた荒唐無稽な話があるものかと思うに違いありません。ですが、これは事実です」


 真剣な表情の神宮路に、大統領はごくりと唾を飲んだ。



「地球は狙われています」


          ○


 着地したガイダンに、自衛隊の戦闘ヘリが迫る。戦闘ヘリから発射される三本のミサイル。対するガイダンは背中に背負った10メートルほどの巨大な剣の形を引き抜き構える。剣を手にガイダンはミサイルに突進。すり抜けざまミサイルを斬りつける。斬られたミサイルは爆発し、その爆風を背に、ガイダンは仁王立ちした。

 観覧席から少ない歓声とまばらな拍手が上がる。ほとんどの人は、口をつぐむか開くかの違いはあれど、言葉を失い固まっていた。観覧席だけではなく、世界同時配信の動画を見る世界中の人々が同じような反応だった。


「戦争でも始まんのかなあ」

 カメラの撮れ高をチェックする樫太郎。


「どうか、あなたの力を。カケル君」

 きらきらした瞳でお願いするアリアーシラ。


「ちょっと頭を整理したいです」


 そう言ってカケルは、パーカーのポケットからタブレットケースを取り出す。中身はラムネ菓子だ。


「あ、何ですかそれは?」


 カケルが口にするラムネを、不思議そうにアリアーシラは見た。


「食べる?」


 アリアーシラの手のひらの上で、カケルはカシャカシャとタブレットケースを振る。二粒、ラムネが転がり出た。


「ありがとうございます」


 アリアーシラはラムネを一粒指でつまむと、そっと口に含む。柔らかい酸味と甘味が溢れ、口の中でしゅわしゅわと溶けた。


「美味しい——」


 驚いた顔のアリアーシラに、カケルは「良かった」と優しく答える。ラムネを食べるのは、彼が何か考え事をするときの習慣だ。食べたとたんに脳に糖分が回る訳ではないが、食べたことによって思考の切り替えとリラックスが出来る。


「あのさあ、お前」デジタル一眼の背面をポチポチしながら、樫太郎がカケルに言う。「状況、分かってるんだろう?」

「ああ。でも確定要素が少なすぎる。あのガイダンは何らかの今後想定される『敵』に対しての戦闘兵器で、造ったのはこのイベントの主催者神宮路財閥。ここが富士の演習場ってことから、政府も関与してるかもしれない。そのくらいは解るんだけど——」


 カケルはアリアーシラを見た。


「ここからは詳しく知ってそうな人に聞いたほうが良い気がする」


「——はい。カケル君の言ったことは当たっています。あのロボットを造ったのは神宮路財閥。そして私たちには、これから戦わなくてはならない『敵』がいます。その敵と戦う力を、あなたたち二人は持っています」


「二人!?」


 それまで、他人事のように聞いていた樫太郎が、急に自分も当事者になって慌てる。


「俺も!?」

「はい。ここに会場入りするとき通ったゲートは覚えていらっしゃいますか? あのゲートは、人に宿る『エナジウム因子』を測定するための装置なんです。樫太郎君は普通の人より多くの、カケル君は人よりも非常に強いエナジウム因子を有しています」


 カケルと樫太郎は顔を見合わせる。


「そのエナジウム因子ってのは一体——」

「あの」アリアーシラはガイダンを見る。「巨大ロボットの本当の力を引き出すための因子です」


 カケルに向き直ってアリアーシラは、彼の両手を取り自身の両手で包む。


「カケル君。あのロボットに乗って、私たちと一緒に戦って下さい」


 アリアーシラに手を包まれ顔を真っ赤にしながら、ガイダンを見てカケルは思う。

 小さい頃から、ずっと巨大ロボが好きだった。幼稚園の頃、大好きだったロボットアニメのオモチャで遊んだあの記憶。金属のボディの、ひんやりとした感触は今でも忘れない。そしてこの少女の、柔らかい手の感触も忘れないことだろう。小学校低学年の夢は、巨大ロボのパイロットだった。高学年になると夢は変わった。巨大ロボを自分で造ろうと思った。現実には存在しない巨大ロボを、自分で造ってそれに乗ろうと思ったから、卒業アルバムのなりたい職業は科学者と書いた。中学生になって、物には需要が必要だと知った。そして、巨大ロボには需要がないことを知った。


 だが、今目の前にあるものはなんだ?


 今、俺の目の前には巨大ロボがある。


「俺にあれに乗って戦えと?」

「はい。この星を守る、つるぎになってくれませんか?カケル君」


 あまりに唐突な話だったが、いかにもロボットものらしいなとカケルは思う。俺が、ロボットのパイロットになれる。こんな嬉しいことはない。


「やります。やらせてください。俺はなりたい、ガイダンのパイロットに——」


そう言いながら、カケルはアリアーシラの両手を握り返す。そのときだった。

 

 ひゅるるるるるる。


 上空から飛来する2体の巨大な物体。円錐を二つ、底同士でくっつけたようなその双円錐の物体はとんでもないスピードで落下してくると、カケルたちのいる観覧席の前方1キロメートルほどの所で、空中に停止した。横から見ると縦長の菱形、2体のデザートイエローの物体の大きさは実に20メートル。地表に激突こそしなかったものの、その衝撃は土埃の混じった突風をカケル達の所まで運んだ。

 咄嗟にアリアーシラを庇うカケルと、慌てふためいてカメラを庇う樫太郎。

 しかし突風は、三人を直撃することはなかった。


「あれ?——」


 カケルが閉じた目を開くと、目の前には人の壁があった。


「お怪我は?」


 カケルたちをガードしてくれた青年が口を開く。見ればそれは、カケルの前の席に居たいかにも暗そうなオタクっぽい人だった。今はすっかり、体格の良い好青年に見える。


「対象は無事です」


 気が付けばいつの間にか、カケルたちは人に囲まれていた。背格好の違い、男女の違いはあれど、皆が一様にてきぱきと行動している。とても現状に対しての一般人の反応ではない。


「どうやら俺たちは」カメラを抱きしめたまま樫太郎が言う。「(神宮路の)関係者にずっと囲まれていたようだな」

「そうだな。会場入りしてからずっとか。て、何を抱きしめてんのお前」


 けらけら笑うカケルを、樫太郎はじっとりした眼で見下ろす。


「貴様には言われたくないものだな」


 言われてカケルは、自分の腕の中にすっぽり収まったアリアーシラに気付く。


「あわああ!ごめんなさい!」

 慌てて離れるカケル。もう、病気みたいに顔が赤い。


「いえ、ありがとうございます」

 答えて微笑むアリアーシラの頬はほんのり赤く染まっている。


「ちっ」樫太郎は吐き捨てるように言った。

「マンガか」


 カケルの鼻からすうっと、赤いものが垂れた。

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