2.こいつ、動くぞ。
特別観覧席にて、『
「『アリアーシラ』様が、頼光カケル様と接触致しました」
「ほう。姫もなかなか大胆だね」
「いかがなさいますか?」
「面白いからほうっておこう。ただし、目と耳だけは開いておいてくれたまえ」
「了解しました」
スーツ姿の女性は名を『
そんな美女を傍に置きながら、先ほどのカケルや樫太郎と違い、ほんの少しの動揺も見せない男、神宮路。日本経済はおろか世界経済にすら影響を持つと言われる、神宮路財閥の総帥である。齢五十も半ばのはずだがその顔は若々しく、三十代くらいに見える。大柄ではないがガッチリと鍛えられた体格は、高価そうなスーツの上からでも分かった。癖のない整った顔からは王者の風格が漂う。
「神宮路君」
彼の名を呼ぶ初老の男性。温和そうな外見の奥に鋭い瞳を宿す彼は、
「我々を呼んだということは、それ相応の理由があるんだろうな」
我々と呼ばれたもう一人の男、ディアドルフ大統領は頷く。アメリカという大国を率いる男の責任感と誇りがその外見にもみなぎっている。
「ただの巨大ロボの模型を見せるために我々を呼んだ訳ではあるまい。何を企んでいる、神宮路君」
「企む?」
神宮路は答えた。
「企んでなどいませんよ。ただ、お二人にお見せしたいだけです。これから始まる、巨大ロボットのショーを」
○
カケルのドキドキは、頂点に達していた。
隣に座る綺麗な子が気になってしょうがない。
声をかけてみるべきだろうか?いや隣に座っているってだけで声をかけられたら気持ち悪くないか。でもだからと言って声をかけなければ始まるものも始まらずに終わりを迎える訳で。ああ、こんなとき、世の中の人たちはどうしてるんだ?
カケルは、視界の端すれすれで少女を見る。
それにしても不思議な髪の色だ。でもウィッグじゃなさそうだし、染めてるような不自然さもない。でも水色の髪なんて聞いたこともない。不思議だ。
カケルが視界の端で少女の髪を見ていると、不意に少女がカケルのほうを見た。思わず彼は、視線を明後日のほうに向ける。
「素敵なカメラですね」
声を発したのは少女のほうからだった。
「は、はい!」とカケルは答えるが、変な声が出た。
「祖父の形見なんです」
「おじいさまの。何だか、あまり見たことのない形ですね」
カケルのカメラはフィルムカメラだ。今のデジタルカメラにはない、フィルムの巻き上げレバーやら、色々なダイヤルやらがついている。
「昔のカメラだから、最近のとは違ってて、あ、でもファインダーなんかは覗くとすごく綺麗なんですよ」
「ふぁいんだー?」
「あ、ここの、撮りたい景色を覗くやつです」
生きてて良かった。
カケルは心から思った。こんな素敵な子と、会話してるぞ俺。
喜ぶカケルを、樫太郎も応援していた。
いいぞカケル。頑張れカケル。その調子でどうか、どうか連絡先を聞くまで頑張ってくれ。行けカケル。貴様の骨は拾ってやる。
樫太郎が下心まるだしでカケルを見守っていると、不意に女性の声で場内放送が流れた。
「皆さんお待たせしました!それでは、ガイダン格納庫、オープン!」
宇宙機装ガイダンの劇中曲が流れる。主題歌じゃなくBGMを使ってくるあたり、分かってるなあと、カケルと樫太郎は感心する。
「ついに始まりますね」
カケルは両開きに開いていく格納庫を見たまま言った。
「そうですね」
答える少女の声は、今までの明るい感じから一転して、重い。思わずカケルが少女を振り返ると、少女は真剣な表情をしていた。それはある種の憂いをたたえていたが、それが何故なのか、カケルには分からなかった。悲壮感すら感じる声で、少女は言う。
「そう、これは始まりです。これから始まる、戦いの」
言葉が何を意味するのか、カケルは少女をじっと見つめる。だが、続く言葉が発せられることはなかった。
「うおお!スゲエ!」
樫太郎の大声とカメラの連射音にカケルは我に返る。視線を移した先では、もうガイダンがその雄姿を陽光に晒していた。
宇宙機装ガイダン。
16メートルの巨人。白を基調に大胆に赤青黄の配色。簡素だがスマートなデザインは、最初の放送から数十年経つ今も色あせることはない。
カケルはその大きさと雄姿に感動しながらファインダーを覗くと、彼のカメラではあまり大きく映らないガイダンを、背景の富士ごと写真に収めた。
「そうやって撮るんですね!」
興味深々でカケルとカメラを見る少女には、もう先ほどの憂いのある表情は消えていた。明るい声明るい表情でカケルのほうを向いている。どうやら彼女には、カケルがスマホのアプリで露出を取ったりフィルムの巻き上げレバーを巻いたり、ピントを合わせるためにレンズのダイヤルを回したりといった行動が面白く見えたらしい。
「私、興味深々です。あなたにも、そのカメラにも」
突然の少女の発言に、カケルの頭は沸騰しそうになる。
「私の名はアリアーシラ。アリアーシラ・ム・ゼールズ。あなたを探していました、『頼光カケル』君」
え?
まだ名乗っていない名前を言われて、カケルの表情が固まる。なぜ名前を?そう聞こうとしたところで、場内アナウンスが遮る。
「ガイダン!起動!」
思わずガイダンのほうをカケルが見ると、ガイダンがやや前掲姿勢になり、右足を上げたところだった。
ズシン。
土埃を上げてガイダンの右足が地面を踏みしめる。
ズシン。
続いて左足。
ズシン。ズシン。
そのまま歩き出すガイダン。
ちょっと待て。
カケルと樫太郎はほぼ同時に「おおおい!」と叫んだ。
突っ込みである。
「どうなってんだ!」吠える樫太郎。「なんだ、歩くって!良いか、1分の1だぞ!16メートルだぞ!我々の想像していたものはその場で動く模型だ!16メートルだぞ、その場で動くだけですごいのだ!手足を動かすってだけでどれだけの機材やらなんやらかかると思ってんだ。それが歩くって!どうなってんだカケルさん!?需要のないものは造らない。それが工業ってものだ。イベントのための動く模型、それは需要の範囲内だとしても、歩く16メートルガイダンって!どこの需要だ!?」
「需要なんてあるか!動く模型と歩く実物じゃあ、費用が違い過ぎる。開発費はとんでもない額に——」
そこまでカケルが言ったとき、二人は今回のイベントの主催者を思い出す。
「神宮路財閥!?」
ズシンズシン。
ガイダンの歩行速度は徐々にスピードを増し、最早走り始めた。
「カケル君」
二人の熱いやり取りなど関係なしに、アリアーシラがカケルの前に立つ。
「お願いです。私たちと共に戦ってください」
両手を胸の辺りで組んで懇願するアリアーシラ。
かわいいとカケルは思う。
彼女の背後で、走り出したガイダンが大きくジャンプする。背面や足裏のブースターが火柱を上げ、あっという間に地上50メートルに達した。空中でガイダンは態勢を整えると、手にしたライフルで遠方の丸い的を狙う。引き金が引かれた瞬間、光弾がきらめき、的は蒸発爆散した。
歓声と絶句の入り混じる観覧席。
その上空には、模型ではなく兵器としての需要を満たしたガイダンがあった。
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