5.それが正しいことならば。
自衛隊のタイラードに対する布陣はもう完成されていた。空には戦闘ヘリ、地上には戦車隊、後方にはりゅう弾砲が配置されている。相手の反応次第で、いつでも総攻撃が可能だ。
一機の戦闘ヘリがタイラードとの距離を詰めたとき、それは始まった。
タイラードの上部装甲の一部が開き、筒のようなものが出てくる。筒からは赤い熱線が発せられ、戦闘ヘリのプロペラ軸と尾翼を切断する。パイロットと隊員は即座に脱出したが、戦闘ヘリの本体は地上へと落ちていく。
落下したヘリが地上に達する前に、自衛隊の総攻撃は始まった。
数機の戦闘ヘリから一斉に追尾ミサイルが発射される。しかしミサイルは着弾することなく、タイラードの熱線に焼かれた。焼かれて爆炎を上げる煙の向うから、熱線は物凄いスピードで到来し、ミサイルを発した数機の戦闘ヘリのプロペラ軸を焼き切った。
最初に落下したヘリが地上に達し爆発する。
後方のりゅう弾砲が数基同時に火を噴いたが、着弾するときにはもう、高速で動くタイラードはそこにいなかった。
戦車隊はスラロームしながら、りゅう弾砲を避けたタイラードの移動地点を狙って砲弾を発射する。砲弾は直撃し、タイラードをのけ反らせその装甲をへこませたが、破壊することは出来なかった。
へこませれるなら壊せる。
そう隊員が思ったときすでに、砲身とキャタピラは赤い熱戦に引き裂かれていた。
○
爆風からアリアーシラを庇いながら、カケルは思う。日本の自衛隊はその練度も装備も世界的に見てかなり高い部類だ。それが敵わない。相手が規格外すぎる。
ガイダンの偽装装甲が散らばる中、アリアーシラはゴオラインの足元に駆け寄る。そこでゴオラインの足に付いたパネルを開き中のボタンを操作する。するとゴオラインは片膝をつき、胸部にあるコックピットのハッチが開いた。
「こちらへ!」
アリアーシラがカケルをコックピットへと促す。カケルが乗り込もうとしたとき、不意に彼は嫌な気配を感じてタイラードのほうを見た。
「!」
タイラードに装備された熱線を発する砲塔が、ゴオラインの顔の辺りを狙っている。まずい!と思った瞬間、タイラードを自衛隊のりゅう弾砲が直撃した。
ぐらりと体制を崩すタイラードを見ながら、カケルはどこからか砲弾を撃ってくれた自衛隊員に感謝しつつ、ゴオラインのコックピットに乗り込んだ。
ゴオラインのコックピットの中は、球状に近い形をしていた。全面がほとんどモニターで、外の画像や、おそらくゴオラインの機体情報であろう数値やバーが表示されている。コックピット内部の中央には、腰を乗せる程度の大きさの座席が有り、手首と足首に着ければ体の動きをトレースしてくれるだろうリング状の物と接続されている。ロボットもののアニメやゲームをこよなく愛するカケルにとって、そこは割と見たことがある光景だった。
「ここに掛けてください」
座席の後ろの空間に窮屈そうに収まったアリアーシラに言われて、カケルは座席に腰を乗せる。するとベルトが自動的にカケルの体を座席に固定し、ヘッドギアのようなものがカケルの頭に被さり、手首と足首にはリング状の物がはまった。
「手足を動かすと、ゴオラインは連動して動きます」
カケルが右手をギュッと握ると、モニター越しのゴウラインの手がグッと握られた。
「ここで動ききれない動作や、人には難しい動きは、思考波を読み取り連動させることが出来ます」
アリアーシラの声が、気配が近いことにドキッとしていることも読まれてるのだろうか?とカケルは思ったが、ゴオラインの反応は無いようだった。
「手前のパネルにタッチ、もしくは音声入力で、ゴオラインの主兵装を使うことが出来ます。兵装の正式名称を言わなくても、思考波を読み取り、最適な兵装を自動で使用します」
モニターに映る剣のマークとライフルのマークを見ながら、カケルはゴオラインの主兵装がその二つだと確認する。二つのマークの下にある『G』のマークは何だろう?
「カケル君?」アリアーシラが後ろからカケルを覗き込む。「大丈夫ですか?」
「大丈夫。これなら動かせそうだ」
「素晴らしいです。では、ゴオラインを立ち上がらせましょう!」
カケルはゴオラインが立ち上がる様子をイメージする。ゴオラインの眼が光り、作動音を上げてゴオラインが立ち上がる。
「今タイラードは、ゴオラインが攻撃対象であるかどうか判断出来ていません。ですが、こちらが攻撃手段を擁していると分かれば直ぐに攻撃を開始するでしょう」
アリアーシラに言われてカケルはタイラードのほうを見ると、視線に合わせてモニター上の丸いカーソルが動き、タイラードと重なると赤い色になりカーソルの形が少し変わった。
「これでロックオンか」
「すごいですカケル君!ロボットに乗ったことあるんですか!?」
「ゲームと夢の中ならね」恥ずかしそうにカケルが言う。
「それでもすごいことです。体の動きや思考のトレースのほかに、手元のレバーや足下のペダルでもマニュアル操作可能です。カケル君が大丈夫なら、あんな敵、倒してしまいましょう」
カケルは一度眼を閉じて、小さく深呼吸する。俺には動かせる、このロボットを。
カケルのヘッドギアが輝き、虹色の鉢巻きのような形状の光の帯を生み出した。
ゴオラインは力強く踏み出すと、タイラードへと走る。1キロメートルはあった距離があっという間に縮まり、ゴオラインはタイラードに肉薄した。
カケルはコックピットの中、左手を前に右手を腰に添え軽く腰を落とした。その動きに、ゴオラインは連動する。ゴオラインの突き出した左手と腰だめされた右手が前後に入れ替わり、凄まじい勢いの正拳突きがタイラードへと放たれる。
ゴシャァァァァ!
轟音を上げて吹き飛んだタイラードの本体が中央からひしゃげ、上下に真っ二つに折れる。
タイラードが爆発する中、戦場に残る自衛隊員から大きな歓声が上がった。
「うおおお!」
「やっちまえー!」
声はコックピットの中のカケルにも届いていた。自分があの巨大兵器を倒したという実感と、自衛隊員の声に体が熱くなる。
「カケル君!」
アリアーシラの声に、カケルはもう一体のタイラードを本能的に見た。
「相手はゴオラインを兵器として認定しました!攻撃が来ます!」
タイラードは熱線の出る砲塔をゴオラインに向け、さらに下半身の装甲を展開し、鎌のような武器をくるくると回転させ始めた。先ほどのゴオラインの打撃を警戒してか、距離を取りながら左右に動く。そして砲塔が赤い熱線を発した。
「!」
カケルは咄嗟に左腕を立てて熱線をガードする。避けるべきだったと後悔したが、それは杞憂に終わった。
自衛隊のヘリを、戦車をいとも簡単に切断した赤い熱線は、ゴオラインの装甲を焦がすことすら出来ていなかった。
カケルはゴオラインを直ぐにその場から移動させると、タイラードを中心に滑る様に反時計回りに動き始めた。熱線はゴオラインを追ったが、追いつくことは出来ない。
音声認識での兵装選択、やってみるか。
「ゴオショット!」
それらしい名称をカケルが言うと、ゴオラインは背中に懸架されたライフルを取り出し、右手に構えた。
正解だ。
カケルの腕に装着されたリング状の機器から銃の引き金のような物を手に握らされると、彼は躊躇なくそれを引いた。
ライフルが発した光の弾丸は、タイラードの熱線よりもずっと速く、その砲塔のあった空間を抉り取った。
熱線砲を失い遠距離武器のなくなったタイラードは、高速に回転する鎌を前面に、ゴオラインへと迫る。
「ゴオブレード!」
カケルの声に反応し、ゴオラインは背中に懸架された剣を手にする。
少女は、この星を守る剣になって欲しいと言った。この星を守る力ならば、それは正しいことだ。正しいことならば——。
「この星を守る!正義の力だ!」
コックピット内が一際強く光り輝く。彼の言葉にゴオラインが答え、吼えたかのようにカケルは感じた。
回転しながらゴオラインは急上昇し、接近するタイラードの直上で停止する。そこから全身のブースターを一斉に吹かすと、ゴオラインは光の刃と化し一瞬でタイラードの全身を縦に両断しその後方へすり抜けた。
「一刀両断!」
カケルの声と同時に、ゴオラインの背後でタイラードが爆散する。光り輝くその剣に、ゴオラインの雄姿が映った。
○
「とんでもないものを、人類は手にしましたな」
爆風を背にするゴオラインを見ながら、大統領が言う。
「期待以上の結果です」総理は微笑みながら答える。「これならば、地球は、侵略者の手から守れるかもしれません。なあ、神宮路君」
「残念ですが」神宮路は真顔で答えた。
「今回倒した敵の汎用兵器タイラードは、相手の戦力の中でも最下層のものです。これから来るであろう奴らの本隊は、戦力はずっと上。予断は許さない状況です。ですが、ゴオラインの性能も、良い意味で私の想像を裏切ったものでした。これならば、奴らと、戦闘星団ゼールズとも対等以上に渡り合えるかもしれません」
○
「素晴らしい戦いでした」
開いたコックピットハッチから流れ込む風に当たりながら、アリアーシラは言う。水色のグラデーションの髪が、風にさらさらと揺れた。
「もう大丈夫?」
カケルに声を掛けられたアリアーシラは、少し青い顔でこくりと頷く。衝撃吸収に優れたゴオラインコックピットとはいえ、先ほどの立ち回りは運動神経の良いアリアーシラの三半規管にもダメージを及ぼしたらしい。
「ごめん。君がいるのに、戦うことに夢中になっちゃって」
「気になさらないでください。カケル君の戦いは、大変勇猛果敢で誇らしいものでした」
「ありがとう。やれば出来るもんだね」
笑うカケルに、アリアーシラは微笑み返す。春にしては随分強い日差しの中、温かい風が吹いて行く。数分間、なんとなく黙ったままの二人。先に声を発したのはアリアーシラだった。
「あの——」
「?」
俯き、顔を赤くしてアリアーシラが聞く。
「先ほどの、カケル君の言った言葉。あの、私の肩に手を乗せて『俺が戦う』って言ったあの言葉、あれはあなたの本心と思って良いですか?」
妙なことを聞くな、とカケルは思う。
「うん。もし俺に出来ることなら、そうしたいと思ったから」
「嬉しい——」
青ざめていた顔が真っ赤になるアリアーシラに違和感を覚える。満面の笑みで、アリアーシラは言った。
「出会ったばかりで、まだお互いのことはほとんど何も知りません。でも、こういう出会いもきっとあるんですね」
アリアーシラのキラキラした瞳に、カケルは声が出ない。
「カケル君。私、ふつつかものですが、よろしくお願いします」
凄く素敵な好みの子の不可思議な言動に、喜ぶよりも何か将来への不安を感じるカケル。その不安は間違いではない。ある種の決められたレールに乗ろうとするとき、その決断に不安は付き物なのだ。
——男だから。
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