親父の味

影神

5分



俺は田舎から逃げる様にして、



都会へと向かった。



だからと言って、別に。



何かやりたい事があった訳ではなかった。



ただ。両親に反発するかの様に、



夢や希望を胸に抱き、



都会への思いを膨らませた。




俺なら出来る。俺なら変われる。



そう、自分に言い聞かせた。




何故なら、俺は。




デカイ男になりたかったからだ。




ずっと、父の背中を見ていたから。とでも言うのか、、



そう言ったやんわりとしたモノを、俺は目指していた。




そんなものは、普通に。



誰であってたとしても、反対されるのだろうか。




そもそも、考え方が。



幼稚だったのだ、、。




何もやりたい事が無いのに、



結果だけを求める事等、、




可笑しな話でしかないのだ。



順番が間違っている。




そう。頭の片隅に考えがありながら。



到底、叶わない。とも思いながらも。



それでも。



有名になったり、金持ちになったり。



そう言った者に、俺はなりたかったんだ。




何故なら、、両親に。



楽を、させてやりたかったから。




だが。現実は、現状の様に優しくはなかった。



何事にも中途半端な俺は、何も手に付かず。



良く言えば、いろいろな事が経験出来たが、



どれも実にはならず、



途中で、リタイアした。




俺にはそもそも根性が無かったのだ。




陰湿な嫌がらせや、冷めきった人間関係。



期待とは違うリアル。




こうして。夢や希望と呼べるモノとは、、



どんどん。かけ離れて行ってしまった。




そんなある日。



母さんが倒れたとの連絡があった。



俺は直ぐに会社を辞め、帰省した。




親父に殴られるだろうな、、。




どんな顔をして。



どんな言い訳で。




両親に会えばいいのだろうか、、。




ただただ。歳をとっただけ。



いい歳した俺には、何も無かった。




はあ、、。




ため息だけを残して、俺は地元へと帰ってきた。




懐かしい、、。




見覚えのある景色。



都会とは違った、匂い。




「ただいま、」



嘗ての自分の居場所に挨拶をする。




空気がうまい。



ただ。歩いているだけなのに、、



気付けば空を見上げていた。




都会じゃあ、建物が邪魔していて。



空なんて、少ししか見えなかった。




何処までも広がる大きな青空。



そこには雲が。ゆっくりと、流れる。



視界を落とすと、綺麗な緑が広がる。




「あぁ、、。



いいな。」




素直に。そう、



口から、こぼれおちた。




そんなこんなしていたら、



いつの間にか家の前に着いてた。




俺は唾を飲んだ。




覚悟を決めて、



扉を開ける。




ガラガラガラ。



「たっ、ただいま。」




「お帰り。」



そこには、歳をとった母さんが居た。



「動いて大丈夫なん?」



母さん「まあ、少しなら。




これから病院だったんだけど、



入れ違いにならなくて良かったわ。」



「そうなんだ、」



念の為。検査入院するらしい。



母さん「お互いに、、。歳をとったわね。」



「うん、、」



母さんも、もう。いい歳だ。




俺が、時間を無駄にしている間も。



時はお構い無しに、どんどん進んでゆく。




母さん「じゃあね、、。



お父さんは、じきに帰ってくるから。」



そう言い。迎えに来たタクシーで、



病院へと向かった。



「親父と。2人だけ、か、、。」




子供の時も、母さんが出掛けたりした時に、



親父と過ごす事が、たまにはあった。




何と言うか、、。



話す話題もなければ、



話し掛けづらいと言うか、、。




何とも言い表しにくいものだ。




家の匂いに、懐かしい光景。



俺は気付けば、母さんの顔を見て安心したのか、



戻って来れた事が、嬉しかったのか。。



そのまま寝てしまっていた様だ。




「おいっ。こんな所で寝るんじゃねえ。」



目を開けると、親父が帰っていた。



「あっ、あぁ。」



不意の親父にびっくりした。



俺は実家に帰って来ていた事を思い出す。




親父「母さんは?」



「病院に、行ったけど、、」



親父「そうか。




飯は?



食ったんか。」



「い、いや。」



そう言うと。親父は棚から、



カップラーメンを取り出した。



赤いきつね。



何かを話す訳でもなく、慣れた手つきで淡々と。



かやくと粉末を入れると、お湯が沸くのを待つ。




俺はただそれをテーブルに座りながら、眺める。



それは何処か懐かしかった、、。




ピィー!!。



やかんが鳴き声を上げる。




はがし過ぎた蓋から、いい匂いがする。



雑誌で蓋をして、それから5分待つ。




この時間は、いつも気まずい。それに、、



親父との5分は、明らかに5分では無かったからだ。



親父「、、そっちでは、どうなんだ。」



「どうって、、。」




何も言えない。




何も得られなかった。




言葉に詰まった。



話せる事が、、。




何も。



無かった。




ピピピ。




タイマーが音を鳴らす。



親父は時間には、うるさかった。



例え、カップラーメンでさえも、



きちんと決まった時間を守る人だった。




親父「ほれっ。」



渡されたカップラーメンを受けとる。



「ありがとう、、。」



蓋を外し、きつねのいい香りがする。



親父「いただきます。」



「いただきます、、」




お湯は、いつも。線よりも上。



親父の作る赤いきつねは、薄かった。




ズル、ズル、。



湯気は視界を遮るように上がった。




懐かしい。




この光景が。あの頃の記憶が。



いや、、。



この味か、。




親父の味。




旨い、、。



久しぶりに食べた。




この味は、誰にでも味わえる訳ではない。



親父の作った味。それは、



お湯の一滴でも変わるかも知れない絶妙な味を。



洗練されて作られているラインを。



親父が越して作ったものだ。




それは敢えて、そうしているのか。



それとも、つい。入れすぎてしまうのか。



そんな事すらも、考えないくらいに。



俺にとっては、これが。



当たり前だった。




薄味で、優しい味。



ズル、ズル、。



この懐かしい味は変わらないが、



湯気から見ている景色は。



親父の見た目は、、。




あからさまに変わってしまった。




麺を啜る音だけが響く。




「戻ってこい。」



きつねを噛み締めた時。



親父にそう、言われた。




既に、旨味は無く、



スープへと溶けてしまった。




俺には、もう。



味がねえんだな、、。




そんな風に、このきつねに例えた。



落胆し。自らを責めた。




自分を見失ってしまった事を。




無駄な時間を過ごしてしまった事を。




自分が情けなく、どうしようもない事を。




俺は、、。




黙ったままの俺に。親父は、話しだした。



「母さんも。俺も。もう、長くはねえさ。



けど。お前には、まだまだ時間がある。



何をするかも、何を選ぶかも。




全てお前の自由だ。




決まっている事や、目指している事を。



ただ、ひたすら追っ掛けるのは、



根性があれば、出来る。




だが。何も無いところから、



何かを探すのには、もっと根気がいる。




そらあ、膨大な山から小さな落ち葉を拾うもんだ。




だから、皆。それを諦める。



そうして、家族の為や、生活の為と偽る。




見えない未来や、将来と言った現実への。



不安と言った恐怖心から逃げる為の口実としてな?




でもそれらを全部、振り切って。



それでも。探し求められるのは、



前者や後者よりも、




勇気や、情熱がなくちゃ出来ねんだよ。




それを時として。夢を見過ぎているとか。



現実を見ていないとか。終いには、逃げてるとか。



言う奴がいるが。そういうのは全部。僻みだ。




自分が出来ない事を。



羨ましがって、強がってるだけだ。




だからよ。本当にやりたい事を。



自分の成すべき事を追っ掛けられるお前は。




立派だよ。






俺は、薄いはずのスープが。



凄く、しょっぱく感じた。




思考と現実との相違。




気持ちや考え形の相違。




否定する事無く親父は。



優しく、受け止めてくれた。




逃げていただけの俺には。



怒られるよりも、重く。



深味のある言葉だった。




そうして気付かされる。



この歳になっても。



親父の背中には、




まだ。届きそうにも無い事を。




その晩は、いろいろと考えた。



懐かしい過去と、変わってしまった現在。



「俺は、、」




ただ1人で実家に居る自分は。




惨めで、みっともなく思えた。




だが。自分と向き合うのには、充分だった。




検査の結果。



母さんの身体は何ともなかった。



母さん「お父さんとは、話が出来たかい?」



「うん、、。」



母さん「お父さんは、、ああ見えて。



いろいろな事を考えてるし。



私よりも、家族の事を大切にしているのよ、」



「そうかもね、、。」




人生は、人。それぞれかも知れない。



夢を目指すも、目指さないも。




また。それも、人生。




何かを理由にして、折り合いを付けるのか、



何かを言い訳にして、ダラダラと続けるのか。




作り方や方法によって、味が変わるのと、



何だか似ている様だった。




たかが、お湯を入れただけ。



されど、お湯を入れるだけ。




言葉やニュアンス。



受け取り方だけの問題かも知れない。




「母さん。親父、、。




俺、、。」




あなたにも。一度は、、。



こんな経験した覚えがあっただろうか。




誰しもが、一度は通るかもしれない道を。




「行ってきます」




『行ってらっしゃい。』




俺はまた。地元で。



2人に見送られながら、



新たなスタートを切った。




母さん「何かを始めるのに、



遅すぎた事はないのよ。」




この歳にして、母親の愛を。まだ感じた。




恥ずかしくもあり、



みっともないけど。




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親父の味 影神 @kagegami

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