第5話 この家の嗣子
「私たちはずっと、美緒様とここに住んでいたのです。そしてそれを、今日をもって紬さんが継ぎました。ですからここはもう紬さんのお家であり、紬さんはそこに住む僕たちキツネの主であり、この家系の
「いつの間にぃーっ?!」
思わずそんな大声を上げてしまったのは仕方がない事だと思う。
だって急展開過ぎる。
私の大声に周りのキツネが一気にピヤッと跳ね上がったのを、オニキスが必死に「紬さんは美緒様と比べると確かに騒がしくてちょっとガサツな人だけど、僕の話もちゃんと真面目に聞いてくれた良い人だから!」と宥めている。
でもその言い方、かなり失礼。
思わずジト目になってしまうと、周りを宥めて安心した彼の笑顔とかち合った。
瞬間彼は「あれっ? えっ?」とまるで私が何故そんな顔になっているのか分からないと言いたげに狼狽えている。
まさかこの子、自分の失言に気付いてないのか。
私は呆れてため息を吐き、まぁいいやと話を進める。
「っていうか、いつ私はお祖母ちゃんの後を継いだのよ。相続って確か普通子供がするもので、直系のお父さんはまだ健在だよ?」
だから私に直接的な相続権は無い筈だ。
お父さんも特に何も言ってなかったし。
それなのに、目の前のキツネたちはみんなしてキョトンとした顔を向けてくる。
「それでも紬さんは、もうれっきとしたここの主ですよ?」
「だから何で?」
「だって美緒様からの贈り物を『ありがとう』って受け取ったじゃないですか」
いや、確かに受け取った。
その時に「ありがとう」とも言ったかもしれない。
でもそれは「私を覚えててくれてありがとう」という意味で他に他意なんて――。
「因みに他の人間がここに住む事になったとしても、きっと長続きしないと思います。僕らはここから離れるつもりが無いですし、きっと『怪奇現象が起こる』とか言って皆嫌がると思いますから」
「怪奇現象?!」
「はい、主に『常に何かの気配がする』とか『何かがその辺走ってるような音がする』とか。まぁ全て僕たちですけど」
彼等には僕たちが見えませんからね。
平然とそう言った彼に続き、周りのキツネたちからも「そもそも美緒様が認めた者以外との同居なんて許さない」とか「むしろ追い出してやるし!」とか、そんなちょっと物騒な声まで聞こえる。
「そうなると最悪、『美緒様が死にきれず……』なんて話になる可能性も……」
「えぇー、それはちょっと……」
お祖母ちゃん、可哀想過ぎない?
そう思った。
だってそうだろう。
普段はこのキツネたちと賑やかに暮らしていたのかもしれないけど、法事なんかの時には流石に親戚と関わる事は避けられない。
私は行かせてもらえなかったけど、両親が返ってきた後お母さんが何かとお祖母ちゃんの事について愚痴ってたからどんな扱いだったのかは何となく知っている。
それなのに、亡くなった後まで周りに邪険にされ続けるのはあまりにも可哀想だ。
だってお祖母ちゃんは、本当はみんなが言うような悪い人じゃぁ――。
「美緒様は、周りがどれだけ気味悪がっても決して助言を止めなかった。不幸が迫っている時に回避策を教える事を、決して躊躇う事はなかった。忠告を聞かずに結局不幸な道筋を辿った彼らに恨まれても、ずっと」
そう、そうなのだ。
そういう人だからこそ、お祖母ちゃんは敬遠された。
まるで見て来たかのようにそう言ったオニキスは、多分実際に見て来たのだろう。
彼女の後ろでそれを見て来て、その度にお祖母ちゃんを嗜めたのだ。
聞いてくれないと分かっていながら。
私は「はぁ」とため息を吐いた。
こんなの、頼まれない訳にはいかないじゃないの。
「あーもう、しょうがないなぁー!」
私がそんな風に折れると、オニキスは頬を綻ばせる。
「紬さんなら、そう言ってくださると思っていました! そうと決まればまずは、今日の晩御飯の買い出しからですね! スーパーに行きましょう!」
そう言って、タタターッとどっかに行ったと思ったら彼はすぐに戻って来た。
その手には買い物用のトートバックと財布がある。
外を見れば、夕日が少し傾き始めた頃合いだ。
日帰りの予定だったけど彼を見る限り帰してくれる気は無いようだし、私は明日も仕事を休む事にしている。
幸いにも電気も水道もガスも通っていて布団まで完備されてるから、急に泊まるとなったところでまぁ不自由はしないだろう。
「『行きましょう』ってどうせオニキス、君は行かないんでしょうに」
「え? 行きますよ?」
「何言ってんの、そんな耳としっぽを生やしたキツネと一緒に行けと?」
「あぁこれなら――」
ポンッ。
「ほら消せます!」
「えっ、凄い!」
「なんてったって、人を化かすのが得意なキツネですから」
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