第3話 どうやら霊力持ちだったらしい
「――で、君は本当に人語で喋れるの?」
「はい。でもそもそも僕の声が聞こえるような人は、もう最近はめっきり少なくなってますけどね」
そんな風に、目の前の彼・オニキスは言った。
キツネの見た目から出る人語というのは何だかとても妙な感じだが、だからと言って怖いとかは思わない。
不思議なんだけど「彼は悪いモノではない」と心のどこかで解っている自分が居るのだ。
そのお陰でつい先ほどは声を上げてしまった私も、少し落ち着いた今は割と普通に彼と話せている。
「紬さんの家系は代々、霊的な力を持っている……というお話は?」
「いえ、初耳デス」
「やはりそうでしたか。近年は血が薄くなって強い力を持つ人間も生まれる事が少なくなって……美緒様、つまり紬さんのお祖母様が亡くなった今ではもう、私たちの声が聴けるほどの霊力を秘めたお方は、紬さんお一人になってしまわれました」
そう言って、彼は私が淹れた緑茶をズズズッと飲んだ。
座布団に座り前足二本で器用に湯飲みを挟んで飲むその姿は「もしかして猿回しならぬキツネ回しとかしたらお金獲れるんじゃないかな」と思えるくらいには完成された作法だけど、今はソレはちょっと横に置いておこう。
「でも私、霊感とか言われても良く分かんないよ? 今までだって一度もそういうの実感した事とか無いし」
私がそう問いかけると、オニキスが頷きながら言う。
「そうでしょうとも。美緒様がそうなる様に紬さんのお名前を名付けられましたから」
「名前?」
「えぇ。紬さんが生まれた時……いえ、お腹の中に居た時から既に母体から漏れ出るくらい霊力が強かったのですよ。ですから美緒様が、紬さんの事を守ってくれる名を用意したのです」
そう言われて思い出す。
確か昔、私の名前の由来を聞いた時にお母さんが「その名前はお祖母ちゃんから貰ったんだ」と言っていた。
「でも生まれる前って、そんなに早く分かる物なの?」
「えぇ勿論。霊力は生者にも死者にも何かしらの作用をします。紬さんが発していた霊力は周りの人間が霊に対する抵抗力を一時的に得る反面、力を得たい死者も呼び寄せてしまいますから、紬さんがお腹の中に居た間はそれはもう大変でした」
「大変?」
「えぇ。主にお母様が、四六時中悲鳴を上げてなさって」
そう言って、オニキスはキツネ顔で苦笑する。
「どうしても母体であるお母様が最も多く紬さんの霊力を浴びる事になりますからね。普段見えるようになってしまったのです。それだけならば良かったのですが、死者が集まってくるものですから……」
「あぁ、なるほど」
私は実際にそんなものを体験した事が無いから分からない。
けどお母さんがあれだけ過剰なまでにそういった類の話を嫌い、疎遠になるくらいお祖母ちゃんを遠ざけていた理由は分かったような気がする。
多分一度感じた恐怖を二度と感じたくは無かったんだろう。
お祖母ちゃんと血がつながっているのはお父さんの方だから、私を身ごもるまでは耐性も無かった筈だ。
そう思えば猶更だ。
「『紬』という名前の意味は実は色々とあるのですが、霊的なものから紬さんを守るための意味としては『末長い繁栄』が挙げられます。繁栄するという事は『続く』という事。そして続くためには紬さんが生き続け子孫を残さねばならないという事ですから」
その答えに、私は割と軽く「ふーん、そうなんだ」と思っただけだった。
というのも、名前一つでどうにかなるなんて、イマイチ実感が湧かないのだ。
だから躊躇する事も無く「そんなに名前って大事なの?」と聞いてみると、彼は深く頷いた。
「良くも悪くも、名はモノを縛ります。霊力を持つ美緒様が思いを込めて贈ったのならば尚の事です」
「そんなもんなんだ、まぁ良いや。それで? つまるところ私はその『末長い繁栄』のお陰で今まで悪いモノから守られてたから、自分の霊力を自覚する事も無かった……っていう事で良いのかな?」
「そうですね、逆に『末長い繁栄』の副作用で、今までは霊力を完全に封じられていたとも言えますが」
「なるほど。で、じゃぁ何で今更私には君の声が聞こえる様になったわけ?」
私がそう尋ねると、彼は私の右手を指さす。
「ソレのお陰です」
「これ?」
言われて手を開いてみると、そこにはあのキツネのネックレスがあった。
せっかく色は綺麗なメロンソーダ色をしてるのに、厳つい彫のせいで本当に勿体ない。
「その石は、クリソプレーズ。秘められた才能を開花させる石。だから名前によって封印された紬さんの霊力という才能を開放する手助けをしたのです」
「へぇー、この石凄いんだ」
見た感じはホントにただキツネが彫られただけの普通の石だけど。
でも多分コレ、パワーストーンなんだろう。
石の名前は聞いた事ないけど、説明の仕方がなんかちょっとそれっぽい。
「ソレをキッカケに、紬さんの才能は開花を遂げました。なのでこれ以降は、良くも悪くもそのネックレスの有無に関わらず僕達をはじめとした色々なモノが見えるでしょう。ですがそれは、出来るだけ首から下げててください。私たちのようなモノには、それこそが貴女が美緒様の後継である証ですから」
美緒様のお孫様だと分かっていれば、理性あるモノ達は貴女に手を出しません。
そう言って笑う彼に私は少しホッとして、しかしすぐに気付いてしまった。
「ちょっと待って、『理性ある』? という事は、理性が無いようなモノは――」
「霊力が開花された今、もちろんやってくるでしょう。紬さんの霊力はそれだけ特別に美味しそうな匂いをしてます」
「えっ、何ソレかなりヤバいじゃん!」
どうすんの?!
そう声を上げた時だった。
何故だか背筋が寒くなる。
「――あぁ、やはり嗅ぎ付けるのが思ったよりも早かった」
ため息を吐きながらそう言ったのは、正面に座っていたあのキツネだ。
相変わらず澄まし顔で緑茶をズズズッと啜っているが、何でそんなに悠長なのか。
私は背筋にビンビンと、得も言われぬ嫌な予感を感じているのに。
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